69時限目 副会長、犯人を突き止める
次の日以降、姫たちは国王の言う通りに普通に学園に通うことにした
捜査の結果は、オリバートの口から告げられるが、確たる証拠や証言は得られなかったそうだ
頼りになるのは、ベニーの言っていたバニラのような甘い香り
ラディールの推察通りなら、犯人は成人の男性か女性のどちらかになる
だが、先ほどの結果もあって、そうだとは言い切れない
☆
火事から1週間が経った
あれから進展はなく、犯人も捕まらずにいた
「一体、どうやったんだ?」
オリバートは少々焦っていた
☆
ウィリムベール騎士学校では
「会長、そろそろ時間ですよ」
放課後、ベニーに呼ばれたヘレンは会議のために生徒会室へ向かった
「会長、お疲れ様です」
「はい、お疲れ様。気を付けて帰るのよ」
通りがかる生徒たちに明るく接していく
角を曲がれば生徒会室が見える時だった
ベニーが咄嗟に後ろを向いた
「どうしたの?」
「あの臭いだ…」
「え…?」
「病院で嗅いだあの甘い香りだ」
副会長は反対方向へ走っていった
どうして、この学園に全く同じ臭いを漂わせた人間がいる?
いや、それを考えるのは後だ!
先ほどすれ違った男の肩をつかむ
「俺に用か?」
「お前は確か、隣のクラスのイヤロンだったな」
「ベニー。手を放してくれないか?」
その生徒の目は、いつも儚い目をしていた
驚いた様子も微塵も見せていない
もう一つの違和感に気付く
「なあ、何でてめぇの口からあの甘い香りがするんだ?」
隙を入れずに、両側の胸ポケットを漁る
手ごたえがあった
取り出すと、それはパイプだった
状態はかなりボロボロ
長い間使われているようだ
「こいつはどういうことだ?ええ!?」
怒った顔で問い詰める副会長
しかし、イヤロンは怯えるどころか怖がる様子は一切見せない
「ちょっと、ベニー?何してるの?」
ヘレンも駆けつける
彼が持っているパイプを見た
「ま、まさか、彼が…」
「ええ、こいつが犯人ですよ!」
「何であなたがパイプを持ってるの…?」
この国では、成人していない者がパイプを所有または使用すると、10年以上の牢獄生活を強いられる
まして、学園での喫煙は以ての外
このイヤロンという男は、ベニーの言う通り、誰にも気づかれないように喫煙をしていたそうだ
「とにかく、お前の事は姫様に任せる」
二人は彼を連れて、姫たちのいるリベリア魔道学園に向かった
☆
ベニーに襟首を捕まれ、ズルズルと魔道学園に連行されてきたイヤロン
目の前には鬼の形相をした姫たちとルル
後ろにはベニーとヘレン
挟み撃ちの状態での尋問が始まる
「どうして、病院に魔法陣を設置したの?」
「答えてください!!」
だが、無言だ
「何も言わへんかったら、ええとかナメとるんちゃうやろな?」
「てめぇ、はっきり答えろ!!」
「正直に言わないと、ただでは済みませんわよ?」
本来なら、王族に囲まれて尋問されることはこれが初めての事だ
普通の人なら、恐怖におびえ嘘も言えずに自分の知っていることを洗いざらい話しているはず
が、イヤロンはそんな素振りは全く見せていない
「…クク…、ククク…」
妙な笑い方を始めた
「な、何がおかしいの?」
「それはこちらのセリフですね。こんなところでチンタラしている時間なんてないはずですが?」
「何が言いたいんですか?」
「それに、今スオンさんも出かけていますね」
姫たちは驚いていた
スオンというドラゴンの存在は、姫たち以外にも一部しか知られていないはず
なのに、何故この男はそれを知っている?
辺りを見渡しても、彼の仲間らしき人は誰一人いない
いるのは、ただ王都を通りがかっている人だけだ
数人が野次馬として見ているのもいる
「どういうことなの?何で、あなたはそれが言い切れるの?」
「俺にはあなたたち王都の人間の行動が時間のずれなく読めるんですよ」
「あ…、あなた…、特殊能力持ち!?」
姫たちは、学園で習ったある授業を思い出す
☆
この世界には、常人では計り知れない力を持った人間がいる
それが特殊能力だ
これまでに確認されている能力は、物事の数秒後の未来を予知できる、百人の男がやっても持ち上がらない物を軽々と持ち上げる、鍛えてないのに鉄の強度に匹敵した体など
しかし、この特殊能力が現れるの100年に1人の確率だと言われている
実際、過去の資料からもほぼ100年おきに現れていた
そして、このイヤロンの特殊能力は
“王都に暮らす人間の行動を全て時間差なく把握できること”
なぜ、このような能力を持った人間が現れるのか?
原因は不明だが、この力を持った者たちには一つだけ共通点がある
イヤロンは、姫たちの尋問にも全く怯えている様子が見られなかった
つまり、恐怖という感情がない
そう、生きていくために必要な感情や五感の一つが完全に欠けていること
要するに、生まれつきの代償だ
☆
「今更、気付いてももう遅いと思いますがね」
「…え?」
「行かなくていいんですか?」
あの時と同じような予感
姫たちは、急いで屋敷へ戻る
呼吸がつらい
でも、急がないとエルトが…
間に合ってと切に願う
エルトのいる部屋を開けた
「そ、そんな…」
「遅かった…」
それは、心臓を剣で一突きされ、息絶えた少年の姿だった
どうも、茂美坂 時治です
随時更新します