57時限目 副会長、改心する
エルトとスオンを見送ってから数分後
ベニーが目を覚ます
「あ、あれ…?姫…様…?どうして、俺は…生きているんですか…?」
魔物化したときの記憶はあるようだ
「あ、あの…エルトという男は?」
辺りを見回しても、対峙した少年の姿が見えない
「エルトは…、3万のゴブリン軍団と戦っているわ」
エディールがこれまでの事情を説明
「な…、何故姫様たちは彼を止めなかったのですか!?下手したら、二度と帰ってこれないかもしれないんですよ!?」
必死に弁論している姿を見たラディールはクスッと笑う
「ベニー、あなたの心配も分かります。ですが、エルトはどんな敵だろうと絶対に食い止める男です。あなたも、彼の強さは分かっているでしょ?」
「それはそうですけど…」
「大丈夫、絶対に帰ってきます」
自信満々に言う姫
だが、途中大雨が降ってきた
姫たちは馬車の中で待機した
「これは…、無事に生きて帰れるのか…不安になって来ました…」
先ほどの自信はどこへ行ったのか
ラディールは不安の顔をしている
と、エディールが優しく手を添える
「ラディール、私はあなたの言葉を信じる。たとえ、不利な状況になったとしても、機転を活かして勝ってくるはず。そういう男じゃない、エルトは」
「そうだぞ、あたしらだって直にあいつの戦いを見てきたじゃねえか」
「ウチは100%エルトが勝つと見込んどるから、心配せんでええねん」
「私も同じ意見ですわ。彼が負けるなんてあり得ないんですのよ」
姫たちも少年の勝利は確実だとにらんでいた
☆
1時間が経過し、雨もやんできた
外で待機している護衛たちの声が騒がしいのが聞こえた
「まさか!」
ラディールは急いで馬車を降りて、空を見上げる
1頭のドラゴンがこちらに向かってきた
その背には少年の姿も確認できる
「帰ってきた…、エルトが帰ってきた…」
目じりに涙を浮かべる
ドラゴンも姫たちのいる場所へ降り立つ
少年が降り立った瞬間、ラディールはすぐさま彼の胸元へ飛びついた
エルトは少しだけバランスを崩すも、倒れることなくしっかりと受け止める
「お帰りなさい、エルト!」
「ただいま帰りました」
服のあちこちにゴブリンの血がついている
しかし、エルトが疲労困憊の様子もうかがえない
両手にさらしが巻かれているのにも気づく
「スオン、エルトは何かとんでもないことをしたんですか?」
「うん、地面に無数の亀裂を走らせて3万近くのゴブリンを落としたんだ」
そんな技は聞いたことがない
それ以前に、生身の人間が多くの亀裂を走らせることはできないはずだ
本当に彼は何者なのか?
ずっと抱いている疑問だが、確たる答えが見つからない
「まったく、あなたは本当に無茶なことばかりしますよね…」
とため息をついてあきれる
スオンとの会話で一つ疑問が
「さらしを巻いてますけど、指は動かせますか?」
こうですか?
とエルトの指は何の問題もなく動いている
他にも体の節々に問題がないかもくまなくチェックしていく
「ちょっと、ラディール?いくら何でもそれはやりすぎよ」
「エルトの事になるとすぐ必死になるんだよなぁ」
姫たちも今の行動に少しだけ呆れる
「い、いや…、これはその…」
明らかに動揺している
その様子を見ていたベニーは
「はは…、なんだこの光景は…?俺、夢でも見てるのかな?」
一度自分の頬を思いっきり抓る
痛い…
副会長は大声で彼の名前を呼ぶ
その声に皆驚いた
「ど、どうしました…?」
「エルト、何故俺を殺さなかった!?魔物化したら、殺されて当然のはずだろ!?」
魔物化した人間のほとんどは、冒険者や王国騎士団などに始末されることが多い
しかし、エルトは
「殺して何の得になるんですか?」
暗いトーンで話す
「得なんてあるはずないんです。むしろ、僕は逆ですね。殺さずに生かし、たった一つの大切な命を無駄にしてはいけない。これは僕にとっては当たり前の事なんです。あなただって、こんなことで自分の命を終わらせたくはないでしょ?」
ラディールはエルトのそばに行き
「ベニー。エルトは10年前に両親や幼馴染、一緒に住んでいた村人たちを亡くしているんです。彼は、私たち以上に苦しみ続けている。しかし、その苦しみに必死に耐え、たった一人で私たちやヘレンの命を救ってくれたんです」
「エルトが…姫様たちや会長を…」
2か月前の暴走馬車事件や3年前のオストワイアー家別荘の火事は周知済みである
しかし、彼女たちを助けた人物を知っているのは一部の地域の人のみ
ベニーは対象に含まれていない
その事実を知らないわけだから当然の反応だ
同時に、自分はとんでもない人に喧嘩を売ってしまったと後悔が大きく出た
今更だが、何と謝ればいいのか?
副会長の体は恐怖で震えていた
エルトは彼に近づき、ゆっくりとしゃがみ、肩に手を置く
「ベニーさん、僕はこれ以上問い詰めるつもりはありません。あなたが反省しているのならそれで十分です」
ベニーはゆっくりと顔を上げ、エルトの目を見る
「僕は一度、魔物化した人を殺したことがあります。ですが、殺した後本当にこれが正しいのかずっと悩みました。殺さずに助ける方法が必ずあるはずだと。僕はこれ以上、無残な死は見たくない。その人を取り巻く人たちにも悲しませたくない…」
途中、エルトは涙をこぼし、嗚咽も出しながら話す
ラディールが言っていたように、エルトは大切な人たちを亡くしている
その過去を思い出して自分にも同じ目に遭わせたくないという強い思いがひしひしと伝わってくる
「…すまない、エルト…。そこまでして、俺を助けてくれるなんて…」
ベニーも心を動かされたのか、涙を流していた
ゆっくりと立ち上がり、姫たちの方を見る
「姫様方、ヘレン会長。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。俺は、生徒会副会長を辞任します」
だが
「それはダメよ、ベニー」
ヘレンが拒否したのだ
「私が生徒会長として各地を回って3年前の事件の教訓を伝える活動をしているのは知ってるでしょ?」
「ええ。それが?」
「私と一緒にこの事件であなたが得た教訓を広めてほしいの」
ベニーが今回得た教訓
・見ず知らずの人の言葉を容易く信用しないこと
・獣の血といった禁忌の薬を絶対に使ってはいけない
主にこの2つだ
以前の俺なら、会長の言葉などはただ単に聞き流していた
でも、今は違う
言葉一つ一つに重みを感じるようになっていた
エルトが俺の心を変えてくれたからだ
ならば、会長の期待に応えるべきだ
「承知しました。このベニー、会長とともに活動します」
「よろしくお願いね」
二人は固い握手を交わす
エルトは一つ気になっていることをぶつけた
「ベニーさん、クルムさんから数人の女性と肉体関係にあるという噂を聞いたのですが…」
「はああ!!??何で俺が肉体関係を持ってると決めつけるんだよ!?というか、俺に恋人はいないよ!」
噂とは全く別の回答だった
「どういうことですか?」
「俺の姉さんは孤児院の院長をしてるんだ。俺は休みの日はその院の子供たちの遊び相手をしてる。どこの誰か分からないが、それを見て勝手に肉体関係持ってるとか間違った情報を流したに違いねえ!」
「え?じゃあ、ヘレンさんを狙ってるとかは?」
「それも、大間違いだ!」
「わ、私を狙ってるって…」
ヘレンはビクビクしている
「い、いや…、会長!?俺はただ、オストワイアー家に相談したかっただけなんです!」
「…どういうこと?」
「実は…」
「エルト!空を見て!」
突然、スオンが声をかける
少年は言われるがままに空を見る
そこには…
「2週間ぶりじゃの、エルト!」
空中を漂うオレイアス
そして、賢者に抱えられているローブ男2人がいた




