54時限目 少年、魔物と対峙する その2
翌日
エルトたちは登校中、イアンとクルムと合流した
「聞いたぞ、エルト。お前、ウィリムベール騎士学校、生徒会副会長のベニーに喧嘩を売ったんだって?」
「クルムさん、僕が売ったんじゃなくて、向こうが売ってきたんです」
「だとしてもだ!まったく、お前という奴は本当に色んなトラブルに巻き込まれるな…」
「そう言われましても…」
エルトは、気になることを訊いてみた
「クルムさんは、ベニーさんの事はご存じなんですか?」
「まあな…」
微妙な反応だ
「俺が知っているのは、噂だけ…」
「噂…?」
「ベニーは、これまでに何人かの女性と肉体関係を持っているらしい…」
「…は?学校に通いつつ?」
「あくまで噂だからな。そんな奴が、今狙っている女はヘレンちゃんだそうだ」
「ヘレンさんが!?」
「俺の何人かの友達もウィリムベール騎士学校に通ってる。彼らから、そういう情報を聞き出した。ただ、確証がないから噂になっているということだ。エルト、昨日のやり取りで思い当たる節はあるか?」
「はい」
エルトは包み隠さず、昨日の事を話した
「どうやら、その噂は本当のようだな」
「クルムさん、もう一つ聞いていいですか?」
「何だ?」
「昨日のベニーさんの言動から見て、仕返ししてくる可能性はありそうですか?」
クルムは数秒考える
「ゼロ…とは言えないな。仕返しというよりかはお礼参りの方が正しい」
「それは、ウィリムベール騎士学校の生徒を何人か連れ添ってですかね…」
「何とも言えない。ただ、用心すべきなのは確かだ。奴は何をしてくるか分からない」
「ですよね…」
エルトは不安を抱えながら授業を受けた
☆
同じころ、ベニーは初めて学校をさぼり、路地裏にいた
「あの男が言っていた効果は確か2時間程度だったな」
今なら、やれる
そう確信した副会長はローブ男から渡された液体を飲む
何の変化もない
いや、変化があったのは自分自身だ
「な、なんだ…これ…、く、苦…しい…、誰か…助…」
体が震え、強い吐き気に襲われ、声が出なくなる
手元を見ると、体が変化しているのに気づく
嫌だ!
誰か、助けてくれー!!
心の叫びもむなしく、ベニーは巨大な魔物へと変化した
☆
授業中
エルトは急に席を立った
「エルト君、どうしました?」
「ペリーヌ先生、強大な魔物の魔力を感じます…。それも、この学園に近づいています」
「何ですって!?」
エルトの言葉に、教室がざわめく
「ルル!急いで、学園長や姫様にこのことを伝えて、みんなを避難させて!」
「でも、エルトは?」
「こういう時こそ、相棒を呼ぶんだ」
少年は教室の窓から口笛でスオンを呼んだ
ドラゴンの姿になったスオンは、30秒もかからずに学園へと来た
「エルト、この魔力の感じ、人間の魔力も混ざってる」
「スオンも気付いたか…。となると…」
いや、考えるのは後だ
まずは、魔物をどうにかしなければ
エルトはスオンの背中に乗り、空へ飛び立った
「気を付けろよ!!」
「エルトさん、ファイトーー!!」
ルルは、この間に学園長室へ向かった
☆
空を飛んでいる魔物は、漆黒の巨大鳥
「あんな魔物、初めて見た」
「気を付けて、エルト。何だか、嫌な予感がする…」
スオンが魔物を見て怯えるのは初めてだった
人間の魔力が混ざっているということは、おそらく獣の血を飲んだ可能性が高いとエルトはにらんだ
その対処法は、主に2つ
1つ目は、ルディアの時のように大量出血させて薬の効果を一気に弱めること
そして、2つ目は――――
鳥は嘴を大きく開けて、どす黒い球を練っていく
野球ボールほどの球になり、ターゲットを定める
その先はリベリア魔道学園
「まずい!!スオン、横から突進だ!」
「うん!!」
旋回して、気付かれないように近づく
だが、鳥は思わぬ行動に出る
地面に向きを変えた
鳥が球を放出
落下と同時に、巨大な炎の竜巻が出た
不幸中の幸いというべきかその場所は、広大な広場で、人もいないので被害が出ずに済んだ
もし、アレがリベリア魔道学園に直撃していたら、甚大な被害が出る
「エルト、あの鳥やっぱり…」
「うん、あの行動は人間の意思が出てた」
突然鳥がクァーーーー、クァーーーーと声を出しながら暴れだした
今の状況を見る限り、人間の意思が勝っている
確信を得たエルト
「スオン、あの鳥に近づいて」
「オッケー!」
少しずつ近づき
「ちょっと離れるよ」
「え?」
ある程度の距離まで近づいたとき、エルトはスオンの背中から飛び降りた
「エルト!?」
少年は、鳥の尻尾を掴んだ
鳥は暴れて解こうとするが、少年は微動だにしない
エルトは腕に力を入れ
鳥の体を空中で振り回す
これには、スオンも驚いていた
「何なの、あの馬鹿力は!?」
ある程度振り回したところで
「おりゃあああああああああ!!!」
エルトは大声を出しながら、鳥を地面の方へと投げた
あまりのスピードに鳥は制御できずに、地面に直撃し、意識を失った
これこそが、エルトが狙っていた対処法だ
すなわち、魔物の意識を強制的に失わせ、時間の経過で薬の効果を切らす
獣の血の効果は約2時間
この間に、鳥の意識が戻れば、また同じようなことをすればいい
地面に降り立ったエルトとスオン
直後に、街の人たちから称賛の声が響き渡った
「すげえな、お前!かっこよかったよ!!」
「あんな短時間で、退治するなんて!素晴らしいです!!」
「私もすごいと思ったよ、エルト!」
スオンも称賛した
そこへ、2台の馬車が止まった
2人は見当がついていた
降りてきたのは、やはり姫たちとルルだった
「え?もう倒したの?」
「倒したというか、気絶させました」
姫たちはどういうことという顔をしていたので、エルトは自らの考えを話した
☆
「な、何なんだよ!?何で、あいつはあんなに強いんだ!?」
「本当に、何者なんだ?」
とある建物の屋上にローブ男2人組も先ほどのエルトの戦いぶりに驚いてた
「どうするよ?」
「予定を早めるしかない。次の計画の実行に移す」
「了解」
二人組はその場を離れた
☆
1時間が経過し、魔物に変化が現れた
徐々に小さくなっていく
つまり、薬の効果が切れたのだ
一体誰なのか
その場にいた誰もが気になっていた
魔物が人間の姿に戻ったとき、エルトは思わず息を呑んだ
「どうして、ベニーさんが…?」
そこへ、ウィリムベール騎士学校 生徒会長のヘレンが息を切らしながらこちらへ走ってきた
「え、エルト…君…、べ、ベニーの…す、姿…見な…かった…?」
「ベニーさんは…そこに」
エルトは横へ移動し、ヘレンにその姿を見せた
「え?待って…?さ、さっきの魔物の正体ってベニー…なの?」
信じられないような顔をする生徒会長だが、エルトは静かに頷く
「まさか…、死んだの…?」
「いえ、意識を失ってるだけです。時期に戻るはずです」
その時
「大変だーーーーーーーーーー!!!!!!!」
騎士団の甲冑を着た男の叫び声が響いた
「キッシュ!?どうしたの?そんなに慌てて」
「こ、これはエディール様!!今すぐこの場からお逃げください!!」
「え?」
「ゴブリンの軍勢が砦の門まで迫っています」
「数は?」
「約3万…」
「「「「「さ、3万!!??」」」」」
あまりの数だった
だが、エルトは不審に思った
「そのゴブリン軍の動きは事前に把握していたんですか?」
「いや、急に現れたんだ」
「やはり…」
どういうことなのとエディールが質問し、少年は答えた
「砦を守っている騎士たちが事前の情報を入手したら、遅滞なく国王陛下や騎士団長に報告するはずです。しかし、キッシュさんの話で、何者かが人為的に大量のゴブリンを召喚したのは明白です。今も騎士たちがその砦を守っているんですよね?」
「ああ。だが、今砦を守っているのはせいぜい50人だ。あまりにも不利な状態だ。このままでは突破され、民たちにまで被害が及んでしまう」
と、エルトの肩をたたく味方がいた
「私がいるじゃない、エルト」
スオンが一緒に戦おうと言わんばかりの闘気を燃やす
「そうだな」
「ま、まさか…、君とドラゴンが戦うのか?」
少年は頷く
「バカを言うな!!相手は3万だぞ!?絶対に勝てるはずがない!」
「キッシュ、エルトの力を見くびらない方がいいわ。ここは、彼らに任せましょう」
「しかし!!」
「こうしている間にも、突破されるかもしれないわよ!それでもいいの?」
姫の目は本気だ
「分かりました…。エルトといったか…?少しの間、時間を稼いでくれ!」
キッシュはエルトに頭を下げた
「はい!」
「何なら、私たちで殲滅しよう!」
このコンビ、不思議だな…
斥候のキッシュ=ウォルテッドは彼らを見て、初対面なのにどこか頼りある存在だと確信していた
どうも、茂美坂 時治です
随時更新します