51時限目 少年、困惑する
翌日
エルトは目を覚ましたのはいいが、後頭部が少し痛むのが気になっていた
少しずつ昨日の記憶をたどっていく
ヘレンに抱き着かれて、その様子をラディールに見られ、逃げようとした際に滑って頭を床にぶつけたことまでは覚えているが、その後どうなったかは一切知らない
少年はゆっくりと体を起こすと、目の前の光景は驚きだった
姫たちが床で寝ていたのだ
「…なに、この状況?」
エルトはベッドから降りて、気付かれないようにそろりとドアの前まで歩いていく
その時、後ろから誰かの手が少年の左足首をつかんだ
「ひっ!?」
思わず声を上げてしまった
「おはよう、エルト…」
声の正体はルル
「お、おはよう…、というか、何で皆さんがここに?」
「えっとね、話せば長くなるんだけどね…」
「何や?エルトが目ぇ覚ましたんかいな?」
「ふわぁああ…、眠い…」
姫たちも次々と体を起こす
「お、おはようございます…」
姫たちはゆっくりと起き上がる
そして、ヘレンが代表して前に出る
「エルト、昨日はごめんなさい!」
「昨日って…、お風呂場でのことですか…?」
少女は静かに頷き、あの後ラディールや他の姫たちにこっぴどく怒られたことや誰がエルトを部屋まで運ぶかでもめにもめて結局全員で運んで目を覚ますまで待っていたものの、そのような気配は一切なく結局全員その場で眠りに落ちたことを話した
「そうでしたか…。すみません、また皆さんにご迷惑をおかけしたみたいで…」
「迷惑じゃないわ。ヘレンが余計なことをしなければ済んでた話よ」
「面目ないです…」
昨日のトラブルは無事に解決
一行はリビングに行き、案の定ヴィラムが座っていた
「エルト君、昨日は娘が迷惑をかけてしまって申し訳ない。だが、それ以前に君に頼みたいことがあったのだ」
頼みたいことって?
もしかして、あの時何か言いかけた時だったかな
「何でしょうか?」
エルトはなるべく冷静を装う
「私の娘を君の嫁としてもらってくれないか?」
「…はい?」
ヴィラムの頼み事に少年は意図が読めなかった
親子は互いに目を見つめ、コクリと頷く
「エルト君、私は3年間ずっとあなたに会いたい、会いたいって思い続けてきた。そして、ようやくそれが叶った。昨日も話したと思うけど、私には婚約者がいた。でも、そいつは金にしか目がいかないとんでもない男だった。だけど、あなたはそんな素振りは一切見せない。むしろ、優しいだけじゃなく、人を思いやる心を持っている。私はそんな人と歩みたいって心に決めた。だから、エルト君。私と結婚してくれませんか?」
それは、紛れもなくプロポーズだった
「いや…、ええと…」
心の準備以前に、誰が好きなのかはっきりとしていないのが現状である
このプロポーズもすぐに答えられるわけがない
「いきなりというのは分かってる。でも、私の気持ちは変わらない。いつでも返事を待ってるから!」
返事を待つ
すなわち、ヘレンの事も考えなければいけない
これ以上何を言っても曲げないと悟ったエルトは渋々彼女の話に乗った
「ありがとう、エルト君。さっそくだけど、君や姫様たちが住んでる屋敷に案内してくれる?」
そういったヘレンは、なにやらどでかいバッグを持っていた
「あの、そのバッグは?」
「決まってるじゃない。私もそこに住まわせて!」
「……は?」
「空き部屋ってまだあるって聞いて―――」
とエルトはストップをかける
「勝手に話を進められても困ります。そもそも、ご両親から許可はもらってるんですか?」
そう、令嬢とはいえ侯爵の許可が下りなければ話にならない
「私は許可を出したよ」
「…え?」
「ヘレンが君のいる屋敷に住みたいと言って、私は二つ返事で承諾したよ」
「でも…」
「はは、君は意外と心配性だな。だが、君の周りには頼りになる姫様たちがいる。そうは思わないか?私はそれを信じて許可を出したんだよ。どこの馬の骨かもわからない奴なら別だがね」
そう、エルトの後ろ盾は他ならぬ姫たちやルル、スオン
特に、バルムス姉妹はこの国の王女だ
何かあれば、すぐに国王に報告することだって容易だ
学園でもプライベートでも、彼女たちがいるからこそ楽しく生きている
エルトは、そのことに改めて気付かされた
それが皮肉であることも
「姫様たちはどうでしょう?娘をそちらの屋敷に住まわせても?」
最終確認をするヴィラム
「もちろん、大歓迎よ」
「断る理由なんてありません」
姫たちも二つ返事でこの件を承諾した
「エルト君は、どうかな?」
最後にというように少年に確認
「はい、僕も反対する理由がないので、ヘレンさんを歓迎します」
こうして、屋敷の住人がまた一人増えた
どうも、茂美坂 時治です
随時更新します