3時限目 姫たち、緊急会議を開く
「あんな重い馬車をたった一人で止めるなんて…」
「無謀すぎるだろ…」
野次馬の男性から聞かされた言葉で姫たちは、心の中で何かがこみあげてきた
「それよりも、彼の事は大丈夫ですの?」
アデリーヌはエルトの事が心配だった
学園ではあんなにも罵倒していたというのに、どうして自分たちを助けたんだろう?
不思議でたまらなかった
止血できたとはいえ、まだ安心はできない
ラディールの治癒魔法はいわば応急処置
専門の医者がいなければ、彼の容態はさらに悪化する危険がある
「そうね。急いで城に戻らないと」
「でも、どうやって?アタシら、ここから城に戻れるのか?」
そう、彼女たちは馬車での生活に慣れ過ぎていた
街中をほとんど歩いたことがない
むしろ、歩いたところで迷子になってしまう
転移魔法は存在するが、それは超高難度の魔法として誰も使えない
もし失敗すれば自分の身が滅ぶか魔物と化す運命をたどる
仮にエルトを背負いながら歩くとしても城まではかなりの距離がある
どうしようかと迷っていた時だった
別の馬車が彼女たちの前に止まった
「姫様方、この馬車で城まで送ります」
街の人たちが連携の取れた役割で手配していたのだ
「あ、ありがとう」
「感謝しますわ」
姫たちは街の人たちにお礼をして馬車に乗る
馬車に乗っても、二の舞にならないかと不安は少しだけあった
城に着いた姫たちは急いでエルトを運ぼうとするが
誤って地面に落としてしまった
「ご、ごめんなさい!」
「もう一度だ、…って」
「どうしたんですの、ジェミナ―?」
ポタ、ポタ、と赤い液体がエルトの体から滴り落ちる
「ヤベェ、さっきので傷口が開いちまった。ラディール、もう一度回復魔法だ」
「はい!」
先ほどよりもひどくないため少ない魔力量で止血
姫たちはゆっくりとエルトを運んでいく
城の中に入ると、仁王立ちする王冠を被った男がそこにいた
彼こそが、バルムス王国 現国王 オリバート=エル=バルムス
「お前たち、無事だったか。報せを聞いた時は、心臓が止まるかと思ったよ」
「お父様、ご心配をおかけしてすみません」
エディールは国王に向かって平謝り
「それよりも彼を…」
「分かっている。専門の医者も呼んだから、あとはこちらに任せて、お前たちは部屋で休んでいなさい」
エルトは使用人たちに運ばれ、姫たちはエディールの部屋で待機することになった
「さて、緊急会議を開きます」
部屋の真ん中で円のように囲んで座り、エディールは司会をする
「今回の議題は二つ。まず一つ目は、馬車での不可解な点について」
「ああ、あたしもそれはずっと気になってた。平常通りに運転していたのに突然暴走し始めるなんて明らかにおかしいからな」
「そして、馬車の中での魔法は撃てませんでした。」
「さらには、ドアノブまで破壊されて私たちが逃げられないように細工をされていた」
「要するにや、ウチらがその馬車に乗ることを事前に知らんかったら、こんな手の込んだ犯罪は出来へん」
姫たちは、犯人が自分たちを亡き者にするために計画していたと推測
「妨害魔法はあるけど、そこから誰が仕掛けたのかを特定するのは至難の業よ」
「せやなぁ、魔法が使える人はぎょうさんおるし、妨害魔法を使える人も多い。特定したとしても知らんとか白を切る可能性やって高い」
「その時はあたしのパンチで全部吐かせる」
「バイオレンスやなぁ、ジェミナ―。もし違うてたらどないするん?」
「その時は謝るしかねえだろ」
単純やな、と少し呆れるフィルラー
「けど、もう一つ気になったことがあるで。運転手や」
「確かに、あの運転手はおかしかった。あたしが止めろと叫んでも、止める気配は一切なかった」
「そして、私たちが気を取られている間にいなくなっていた」
「馬もな」
「これも、計画のうちの入るんやろうか?」
「その可能性は高いでしょうね。地図で確認してどのタイミングでいなくなるのかを念入りに調べないとできないわ」
ますます自分たちを殺そうとしていたんだと明確になっていく
ここで
「なあ、素朴な疑問をしてもいいか?」
「どうしたの、ジェミナ―?」
「みんな、運転手の顔覚えてる?」
その質問に少し時間を要する
「そういえば、馬車の横から乗りましたけど、あの人帽子を深々と被っていたから顔ははっきりとは見えませんでしたわね」
「ウチもや」
「私も」
みんなして運転手の顔を見ていない
いや、見れなかった
見えていれば、顔をモンタージュされて指名手配される
運転手はそれを恐れて、わざと帽子を深めに被ったと考えるのが妥当
エディールは、もう一つの疑問を妹のラディールに問いかけた
「ねえ、馬車の運転手になるためには資格が必要だったわね、ラディール?」
「ええ、ただその運転手が資格を持っているかどうかはわからないですね」
「どういうこと?」
「資格を取得していれば馬車協会のリストに登録されますが、人身事故などで資格をはく奪されればリストから除外されます。運転手がその中の一人だとすれば、誰なのかがますます分からなくなってしまいます」
「ムウゥ…」
エディールは悔しいとばかりに頬を少し膨らます
「いずれにしても、犯人が誰なのかは分からない。今後は、お父様たちが調査すると思うわ」
「そうだな」
この議題はここで終わった
「もう一つの議題に入るわよ。私たちを助けてくれた彼について」
「えっと、彼の名前は何でしたっけ?」
「エルト=ファイザーだ」
「よく覚えていますわね、ジェミナ―」
「一応、全校生徒の名前は把握してるんでね」
たった一人で暴走した馬車を止めてくれたエルト
自分の身がボロボロになるのは明らかなのに、なぜそこまでして助けたのか?
その疑問がさらに深まっていった
「そういえば、彼はどこの出身ですか?」
「確か、スラム街の出身だって聞いたわ」
「治安の悪い場所で育ったのか…」
「せやけど、おかしくないか?学園では不良として有名だった。そやのに、ウチらや他の生徒誰にも喧嘩を売ることや誰に手を出したわけでもなく、ただ遅刻だけで不良扱いするのも変な話やで」
「言われてみればそうだな。でも、休み時間にはいつも学園の庭にいるって聞いたことがあるぜ」
「学園の庭ってそんなに距離がありましたっけ?」
「いや、なかったと思う。正確には、あたしらが通る廊下とは反対側にあるからな。気付かないのも無理はないか」
「それでも、休み時間は20分と長い。一体彼は、そこで何をしていたんでしょうか?」
「聞いた話では、庭を荒らしまくったとか花を全部摘んだとか色々らしい」
「うーん、それでも悪い人ではないと思うのよね」
一人の人間に対して、ここまでの議論をするのは初めてだった
ドアのノックが聞こえた
「姫様方、陛下がお呼びで御座います」
使用人の声に応えて、姫たちは国王の元へ向かう
そこには少し暗い顔をする国王と医者
「お父様、お呼びでしょうか?」
「ああ、まず彼の容態についてだ。セドリック」
医者のセドリックが説明をする
「処置は完了しました。ただ、彼の体は酷いの一言に尽きません。普通の人間ならとっくに死んでもおかしくないほどです。それを、ここまで持ちこたえるなんて信じられません。一体、彼はどこで体を鍛えたんでしょうね?」
と呆れる
「一命は取り留めましたが、手や足が動かせなくなるといった怪我の後遺症が出る可能性が高いです。そのことも覚えておいてください」
後遺症
その言葉で姫たちはゾッとした
もしそうなれば、自分たちのせいでエルトの人生を滅茶苦茶にさせたと世間から批判を浴びる日々を送ることになる
最悪の場合、王族から追放されることも
自分たちはなんてことをしてしまったんだと後悔した
「私からも一つお前たちに伝えておかなければならない」
国王は重い口調で次の言葉を発する
「エルト=ファイザーについてだが、彼の戸籍がないことが分かった」
「「「「「…え?」」」」」
どうも、茂美坂 時治です
随時更新します