2時限目 少年、暴走馬車を止める
エルトは学園を去り
その足でとある路地裏に向かう
「エルト、お帰り」
「ああ」
出迎えたのは小さな女の子
その子は地面に魔法陣を張り
そこから彼の目的地へと転移
そこは彼の住む家
「ただいま」
「帰ったか」
妙齢の女性が出迎える
彼女の名前はオレイアス
「学園、退学になった…」
エルトはそう言った
「そうか…」
「それだけでいいのか?」
「むしろ、お主を強制的に学園に通えと言ったのは妾じゃからな。妾にも責任がある。さすがに無理があったか」
「僕もこの力じゃ無理だろうなと最初から気付いてたけどな」
「じゃが、もうこれでこりごりじゃろ?」
「ああ、ここにいる方が楽しくてしょうがない」
「なら、庭の手入れをしてくれんか?」
「喜んで」
そう言って、エルトは手入れ道具を持ちながら庭に向かう
「あ、エルトだ!」
「お帰り、エルト~♪」
小さな女性たち
この世界では精霊と呼ばれている存在だ
「ただいま、みんな。庭の手入れをするから手伝ってくれ」
「「「「「「は~い!」」」」」」
精霊たちは鼻歌を歌いながら作業する
彼の帰りを待っていたのだ
食料となる野菜や果物を収穫していく
「ねえねえ、エルト。今日の晩御飯は何?」
「そうだな。野菜だけというのもな」
「フフン、そう言うと思って、これを狩って来ました」
精霊たちの後ろにあるのは
ワイルドボア
つまり、イノシシだ
「でかしたぞ!よし、今日は僕が極上のステーキを作ろう!」
「やったーーー!」
「エルトの料理楽しみ~」
彼女たちはウキウキ
エルトもウキウキ
彼にとってはこの家が癒しの場所でもあり帰る場所でもある
エルトは学園の事はほぼ忘れて家の仕事に没頭していた
学園退学から1か月が過ぎた
「エルト、この野菜王都の市場に行って売ってきてくれんか?」
「オッケー」
籠に入った大量の野菜や果物
家には入りきれなかったようだ
エルトの家では時々こうして、少しでも稼ぎになればと野菜などを市場の人たちに売っているのだ
総重量40キロにもなる荷物だが、エルトは軽々と背負う
「じゃ、行ってきます」
王都 ルリッカはいつも多くの人でにぎわう
そんな街中を大きい荷物を運んでいるエルトはひときわ目立つ
「すごいな、あの人。俺だったら、あんなでかいの運べないよ」
「お兄ちゃん、すげえ!」
周りからも称賛の声
「この角を曲がれば市場だな」
その時
後ろから何か音がした
その音は次第に大きくなっていく
ゴオオオオオオオオオオオオオオ
その正体は馬車
しかし、馬はいない
猛スピードで王都を駆け抜ける
「キャア!?」
「な、何だ!?」
周囲の人は驚きの声
真ん中を歩く人も避ける
しかしエルトは
「何で馬車が!?」
馬車の中をよく見ると
「人が乗ってる!まてよ、この先って…」
エルトは頭の中で王都の地図と照らし合わせる
「行き止まりだ!このスピードでぶつかれば確実に死ぬぞ!なんとかしなきゃ!」
そういっても、彼の実力は皆無といっていい
何の力もない少年ができることは何か
答えはただ一つ
「絶対に止めてやる!」
エルトは馬車の延長線上に立つ
「お、おい、兄ちゃん!危ないぞ!」
「今すぐこっちに来なさい!」
周囲の人たちから声を掛けられるが、エルトは無視
魔力値1でも自分に魔法掛ければ多少は防げるはずだ
エルトは身体強化魔法をかける
生身の一人の人間が700キロ以上重たい馬車を止めるなど無謀すぎる
しかし、彼には一つの信念がある
“誰かが困っていれば、必ず助ける”
エルトの両親がいつも口癖に言っていた言葉
その信念を貫かなければ両親の想いに応えられない
行き止まりまで約800メートル
自分の身が持つかどうか
いや、そんなことを気にしている場合じゃない
エルトは背負っていた籠を前にして止める構えをする
距離はだんだんと縮まる
10メートル…5メートル…
そして
激突
「フン!」
馬車を籠で受け止めて足でガガガと止めようとするが止まる気配などない
逆にエルトの手や腕、足からは血があふれ出す
「ウッ、グウッ…、何のこれしき…!」
痛みをこらえながら必死に止める
次第にエルトの力は抜けていく
だが、彼は諦めなかった
火事場の馬鹿力とでもいうようにエルトは力を振りしぼる
「止まれーーーーーーーーーーーー!!!!!」
もう自分の身はボロボロになってもいい!
中の人が無事にいてくれればそれでいい!
・
・
・
・
・
やがて馬車は止まった
行き止まりの壁のほんの3メートル手前まで
「や、やっと…と…とま…った…」
エルトはそのまま意識を失いその場に倒れる
☆
その日
学園トップ5の姫たちは馬車で城へ向かう途中だった
学園10位以内に入ると、授業の参加日数などに関係なく自由に行動できる校則がある
彼女たちはそれを利用していた
「バルムスの城に行くのは何年ぶりだろうな?」
「私も久々ですわ。国王にお会いしたいんですもの」
ジェミナ―とアデリーヌは楽しそうだった
「アデリーヌ、お父様に会うのは難しいと思うわ」
第一王女のエディールが否定的な言葉を交わす
「どうしてですの?」
「言うのを忘れていたけど、お父様昼から外出されるの」
「そうでしたの…」
少しショックの顔を見せるアデリーヌ
その時
馬車が急にスピードを出した
「な、何?」
「何で速くなったんだ?」
姫たちは戸惑った
「おい!馬車を止めろ!」
運転手に話しかけても何の返事もない
それどころか、馬に鞭を叩き続ける
スピードはさらに上がる
「クソッ、こうなったら魔法でぶち破るしかねえ!」
「そうね!」
魔法を発動するが
何の反応もない
「魔法が…出ない?」
もう一度やっても同じだった
「じゃあ、ドアを破っていきましょう!」
ドアにはロックがかかっている
それどころか、ドアノブまで外されてる
「ねえ、どうなってるの!?」
魔法が打てない、外に出る手段も断たれた
密室の馬車で少しずつ焦りの顔を見せる
運転手の方を見ると
「いない…?」
運転手の姿、それに馬もいない
猛スピードのまま王都を駆け巡る
「ねえ、この先って確か…」
「行き止まり…」
「ヤベェよ、アタシら死んじまうのか?」
「そんなの嫌ですわ!」
「お陀仏ってか…、短い人生やったわ…」
絶望の顔になった
「みんなで一緒に固まりましょう」
エディールは彼女たちの肩を掴んでしゃがもうとアイデアを出し、彼女たちもそれに賛成し実行
もう距離も縮まってきた
ああ、私たちは死ぬんだな…
もう考える余裕すらなかった
・
・
・
・
・
しかし、馬車が行き止まりにぶつかる音はしない
そっと目を開けると
「あ、あれ?止まって…る?」
「ああ、それもギリギリでだ」
「私たち、助かったんですの?」
ドアに手を掛けると、今まで開かなかったのに開いた
「な、何よ、これ…」
エディールの視線には道に血の線がずっと続いていた
おそるおそる後ろを振り返り
「キ、キャァアアアアア!!」
「どうした!?」
「ひ、人が…」
彼女たちが見たものは、全身から血があふれていた男
「な、何で…?」
「ウチらがこの人を殺したんか?」
ジェミナーは男が抱えている籠を持ち上げようとするが
「な、何だよこれ…?すげぇ重てぇ!!」
魔法に優れている彼女でも持ち上げられないほどだ
「中に何が入ってるんだよ!?」
ヤバい物でも入ってるのか?
半信半疑で籠のふたを開ける
「これ…野菜か?」
籠にびっしりと敷き詰められた野菜
それよりも、男の人が
「それっ」
フィルラーが浮遊魔法を使って籠を動かす
ようやく顔が見える
しかし、彼女たちが見たのはわずかながらにも見覚えのある顔だった
「…え?」
「嘘…だろ?」
「どうして…この人が…?」
「信じられへん…」
「夢で…あってほしいですわ…」
そう、1か月前までリベリア魔道学園で最下位男だの目障りだのと蔑んできたエルト本人が血まみれで倒れていた
死んだのかと思い、エディールは口元に手を当てる
弱いが息はある
が、危険な状態であることに変わりはない
「ラディール、回復魔法を!」
「で、でも…、魔法が…」
馬車の中では発動できなかった
しかし馬車の外ならどうだ?
エディールは賭けに出た
「とにかく、回復魔法を!急いで!」
「は、はい!」
ラディールの手から魔法陣が構築された
つまり、魔法を発動できたのだ
エルトの止血は収まった
しかし、傷口は完全に塞ぎ切っていない
学園トップクラスの実力といえど、効果には限度がある
「おーい、大丈夫か?って、姫様方じゃないですか!?」
街の人たちが駆けつけてきた
彼らは姫たちの安全を確認したところで、連携の取れた役割分担ですぐに各国の国王に報せが届けられた
「あの、何でこいつはこんなに血まみれなんだ?」
ジェミナ―が一つの疑問を投げかける
野次馬の一人の男性がこう答えた
「彼はですね、その籠をクッション代わりにしてあなた方が乗った暴走馬車をたった一人で止めたんです」
「「「「「なっ!!??」」」」」
姫たちは驚きを隠せなかった
どうも、茂美坂 時治です
2話連続です




