●第9話● 俺は総司令、グレナデン・シロップです!
前を向く2色の濃度が異なる紫の縁取り発光。
胸のラインが大きくエロい。これはエロチシズム。スタイル抜群のお姉さん登場。
半分禿げのおじさんは思わずそこを見ちゃう。……いや二十歳だって!
………なんかごめんなさい。真剣に戦っている皆に謝りたい心境。でもしょうがないじゃん!
紫の女子から放たれる二重音声。
『んもぉーガッキくーん。クレイドンの位置遠すぎ—!』
(主人公は遅れてくるってヤツでいいじゃーん)(それだーわかるわかるー!)
「しょうがないのだよー。不都合がどこからくるかまではさすがにわからないのだ。ユウっちゃが頑張ってそこまで連れてきてくれたのだから、やることやってくれなのだよ」ガクキはやれやれといった感じに応えた。
「ランミミ。状況は理解されておりますね?」ソガキがランミミと呼ばれた巨大女子に促す。
『OKソガッキ。おまかせあれだよ!』
(呼び名のほうが長いってうけるー!)(ソガキっちにしよう!)(もっと長いじゃーん)(あははうけるー!)
『おっしゃー一発ぶちこんでやりますか!』
(もうユウちゃんごといっちゃうか!)(なにそれかわいそー)((あはははっは))
そう言うと、ランミミはユウたちの方向へダッシュを開始。胸が揺れる。いやぁ、縁取りされた光が揺れる。これがまたエロ……すみません。真剣に戦っている皆に謝りたい心境(2回目)。
「なぁ、なんでランミミは濃淡のある2色なんだ?」
俺はモニターを観ながらGSに問いかける。
『ランとミミで1人のPSWなんだYO!』
「つまりは2人でポッドに入って巨大化しているってことか?」
『そうだYO!』
よくわからんがもう受け入れる。そうなると気になるのは状況よりも、ランとミミどちらの外見が反映されてるんだろう? とかそんなくだらないことばかり。見るからに実際もさぞかし美人なんだろう、やっぱ俺の夢の女子想像力は……以下略。
『ただしソルファ消費量も倍だYO! 短期決戦型のPSWなんだYO!』
短期決戦型か……だから後発出撃だったりするのだろうか。
ガクキが「ユウっちゃ。聞いての通りなのだよ。ランミミがあと20秒ほどでそちらに着くのだよ」と言えば、「ユウ。2人の初撃はいつもと同じです。わかっていますね?」とソガキが続ける。
「はいッ! わかっています。と言いたいところですが……体がいうことをきかな……」
ユウが受け止めている手と体の半分ほどが、すでに不都合の中に飲み込まれていた。ユウの顔もモニターごしには見えない。青い髪の光も泥の下からかすかに光って見えているだけだ。背中からお尻、そして足だけが見えるその姿はどこか艶めかしい。彼女は全身と足に力をかけ、踏ん張って不都合の進行を抑えている。
「こうして不都合を抑えることはできるのですが、体が飲み込まれていきますッ」
「相手は泥のような体なので仕方ありません。ランミミの攻撃まで堪えてください」
「は、はいッ」
猛ダッシュでやってきた最中のランミミが叫ぶ!
『ユウちゃーん。止まれないから、早くどいてどいてー! あぶないよー!』
(これもう間に合わなくない?)(じゃ攻撃やめちゃう?)(止まれないのにどうやってー?)(そうだったー)((あははは))
「そ、それが、体の自由がきかなくて……」
ユウが答える。
「おい! GS! あの紫、ユウに突っ込むぞ!」慌てる俺。
『ランミミの脚力はエル以上なんだYO!』
ん? どういうこと?
ユウにぶつかる直前、ランミミは宙高く舞い上がった。
『いっくぞー! ランミミドリルキーック!』
(今日も張り切って回っていこー)(おー)(目をまわそー)(おー)(たのしーねー)(ねー)
不都合の遥か上までジャンプした濃淡の紫色は、空中で回転ひねりを加えながら落下していく。その幾何学な縁取りが空中で巻糸がほぐれるかのような美しい一つの紫の線となる。
何回転しているんだ? そう思った矢先、ゆっくり落下していたはずの体は鋭角にそのまま不都合の上部、ユウの体ひとつぶん上あたりに突っ込んだ。つま先からめり込んでいくランミミのドリルのように回転した体は、不都合の中心をえぐり進んでいく。飛び散る無数の不都合の泥のような物体。そして、彼女たちはそのまま不都合を貫通し、ユウの反対側へと着地する。不都合の体には丸く大きな穴が開き、キャタピラが停止、移動自体が止まった。
ユウは体を不都合から引き抜き、肩で息をしていた。
そうか、泥みたいなもんだから、横への移動は重くて難しくても、体を後方へ引き抜くのはそれほどでもないのか。ユウの映像を観ながら、ひとり納得する俺。
『いっちょーーあがりーー!』
(ほんと泥みたいだねー)(パックに使えるかなー)(なにそれ、ちょーツボる!)(あはは)
「ダメです! ユウ離れてください!」ソガキの声よりも早く事態は動いた。
穴が開いた不都合は、体全体を前かがみに倒しながら、上部のすべての泥を下へと流しはじめた。そう、目の前に立ち止まっていたユウごと飲み込んで。アッという間だった。
目の前に見えるのは淡い光を放つ、キャタピラの付いた泥の小山という表現がぴったりだった。
「ユウぅうううう!」俺は部屋で叫ぶ。
『死ぬことはないYO!』GSは冷静に発する。
いや、そういうことじゃないでしょ。落ち着きすぎだよお前!
『落ち着くのはシロップだYO! 彼女は決戦兵器なんだYO!』
わかっている、わかっているけど! あの黒髪の……俺のことを心配し、慕ってくれている女の子が、あんな泥の中に……って慕ってくれてるのは俺だけど俺じゃないか……複雑。いや、そうじゃなくて!
『でもビーホール演習地跡を攻撃されるのはまずいYO!』
「その演習地跡って何なんだ?」
『地下にソルファの研究施設があるんだYO!』
「ガクキは不都合がそれを狙うのを予見して、先回りしてクレイドンを設置していたということ?」
『そうだYO! PSWは統一政府の認可も下りている防衛兵器なんだYO! ガクキ様は天才なんだYO! YOYOYO!』
ん? ちょっと待て、政府とかあるんだ? そりゃあるか。今まで気にも留めてなかった。で、ここはやっぱり防衛軍みたいなもんなのか。
「俺らしか戦っていない気もするけど、政府は不都合を止めるのに協力したりしないわけ?」
『シロップ、少しは考えろYO! 馬鹿かYO! いつ現れるかもわからない相手にどうやってあいつらが迎撃体制をつくるんだYO!』
ということは……え? どういうこと?
『不都合は出現する場所も時間も不確定なんだYO! 過去の事例でも出現時間は最長で10分なんだYO! つまり一瞬で現れて一瞬で目標を破壊するんだYO! 不都合が現れてから出撃したって、間に合わないんだYO!』
な、なるほど。そのために、こちらも瞬時に迎撃できる体制が必要で、それが投影型決戦兵器であるPSWということなのか。
「でもビーホール演習地跡? ってそんなに重要な研究施設なら、政府軍の配備とかもされているんじゃ?」
『司令なら、ない頭ひねって考えろYO!』
こ、このくそモニターめ。その司令はこうやってベッドの上で機械と戯れてますけどね! けっ!
『……PSWの秘密を知られるわけにはいかないんだYO!』
教えてないってことか。てか、それじゃ協力のしてくれようがないじゃねえか。まぁいい、もう全部受け入れる。……ともかく俺たちは、対不都合の決戦部隊ということには代わりがないようだ。
「ユウ聞こえますか?」
「ユウっちゃ!」
少年たちは交互に問いかけるが返答はない。
「あと何分です?」ソガキは前方のスタッフに向けて言い放った。
「あと3分20秒……ですが、ユウがこのままではもちません!」
ソガキは顎に手をつけ考えこむ。
「ユウっちゃ!」……反応がないことを再度確認したガクキが叫ぶ。
「最悪の事態を想定するのだよ。ユウっちゃを強制射出…」
「待つのです!」ソガキがそれを制止する。
「でもあれなのだよ、今ユウに浸食があるとまずいのだよー」
「わかっています」ソガキは再び手を顎にあてた。
『よーし、ユウちゃん救出大作戦決行だぁああー!』
(決行って結構って発音すると逆の意味になるねー)(ほんとだー、ラン頭いいー)(はっはっはーそれほどでもーあーる!)(あははは)
ランミミはクラウンチングスタートの恰好をとった。すると両足の光が、縁取りの曲線が波を打つように膨れ上がる。力を溜めているという表現がしっくりきた。筋肉が肥大しているのだ。足をつけている地面がへこみ周りが盛り上がる。破壊された木々がその上で踊るように動いた。そして……
『GO!』
(だっだーん)(だだだだーん)((ゴー!))
大地を蹴ったランミミはそのまま直線に飛んだ。頭から真っすぐ、ダーツのように。そして右手を前に突き出し拳を握る。
「あのまま突っ込むの!?」
『YO-ランミミは脚力を生かした格闘が得意なんだYO!』
とはいっても、あれじゃユウにもぶつかるんじゃ?
ランミミの拳は泥の小山の上部左端を突き抜けていく。
ドドドドドドと音を発しながら泥を削り取って不都合の前方に着地する。削られた体の中に一瞬ユウの右半身もみえたかのように思えた瞬間、不都合の上部の泥がまた崩れその隙間を埋めていった。
『あたしたちの水平パンチをー!』
(ユウちゃんいたよねー)(いたよねー)(連続水平パンチで救出だ!)(いっちょやったるかー)
「ランミミ、いけないのだよ。不都合が動き出したのだよ!」
ガクキの声に反応したランミミは、取り直していたクラウチングスタートの態勢をやめて不都合を見る。
たしかに不都合はユウを飲み込んだ小山のままキャタピラを動かし前進をはじめていた。
「いけないのだよー! 不都合をそれ以上近づけては!」
『っんーもうぅ! ガッキくーん、アイツをおさえればいいんでしょぉー!』
(ユウちゃんにはあとでご飯をご馳走してもらおう)(してあげるんじゃなくて?)(あれどっちかな?)(一緒に食べれば解決!)(おーあったまいい!)
ランミミはそのまま不都合を正面から受け止め、足に力を入れた。紫の濃淡が膨らむ。しかし不都合はそのスピードを落としたものの、少しずつ前進している。
『なにこれー! 止まらないよぉー!』
(手が体に入っていく! すごいねー)(ねー。泥パック泥パック!)
水平パンチって名前だせえなとか考えちゃうほどに、俺はこの状況を見ることしかできない。
『1分もすれば射程圏内だYO!』冷静にGSが発信する。
しかし俺に何かできることはないのか。……ユウ、君は本当に大丈夫なのか?
「わかっていますが、しかし……」ガクキに何かを促されたソガキはモニターを見つめる。
そのとき不都合の山の頂上の泥の中から電車のレールのようなものが延びていった。そしてその線路の上に貨物列車のようなものが現れた。不都合の淡い光を吸収するかのように、強く濃い鮮やかな輝きを帯びた貨物列車だ。
「来ますっ!」スタッフの誰かが叫んだ。
『ランミミ!』オッドアイ少年たちが声を合わせる。
『わかってるよおおおお!』
(これ本当に泥なのかな?)(なんでなんでー)(奥がもっと柔らかいんだよねー)(名探偵ミミはユウちゃんのお尻だと思っておるのだよ)(おおっなんという名推理!)(うけるー!)
ランミミは受け止めていた手を引き抜くと、後方に飛びのく。その反動で不都合とレール、貨物列車が揺れた。そのレールに強烈な浴びせ蹴りを一閃。レールの方向が傾くと同時に、かなりの速度で線路を駆け抜けレールから射出される貨物列車。次の瞬間、貨物列車が飛んで行った方向から爆発音と恐ろしいほど高く燃え上がる炎が見えた。ランミミの蹴りで、砲撃の軌道をビーホール演習地跡から逸らすことに成功したのだ。
あの不安定なレールが砲台で、貨車が砲弾かよ。どうなってんだ、ここの世界観。すべてを受け入れようと思っていた俺も、これにはびっくり。
『やったあああああ!』
(お手柄ランちゃん)(お手柄ミミちゃん)(こりゃー今日のラーメンは最高な気がするね)(よーし奮発してミルクもつけちゃお!)(おーわかってるねー)
ランミミは高笑いをしたあと、不都合を止めるべきかこのまま射出される次の砲撃を迎撃するかの指示を司令部に投げる。
『すぐに次がくるYO!』
そんなGSの発信はすでに頭に入ってくることなく、俺はユウのことを考えていた。
ポッドの中にいるから、実際にあの場で不都合に取り込まれているわけじゃないのなんてわかっている。でも、さっきガクキが言っていた「今ユウに浸食があるとまずいのだよー」という言葉が頭から離れない。いやだ、ユウに何かがあったら嫌だ。
(「……私が必ずあなたの記憶を取り戻してみせます!」)
例えユウが何か俺に隠し事をしていたとしても、この言葉に嘘はないはずだ。俺に何か、俺ができることはないのか! ベッドに腰かけ頭を抱える。
『シロップ落ち着けYO!』
「2撃目、来ます!」
「ユウの強制射出を! このままではユウが!」
スタッフたちのさまざまな声と、さきほどの方向に再び伸びるレール。前進する不都合。
指示を待ち立ちつくすランミミ。
「ユウっちゃ! ユウっちゃ!」ガクキはユウに語り続ける。
「……だ、だい…じょ……です」
か細い声が司令室に響く。
ガクキはその声を聞き、「おおおっ」と笑顔を見せた後、髪の毛をぐちゃぐちゃにかき回し、ソガキに向け言った。
「 ……もう時間がないのだよ。あれしかないのだよ!」
「…………そうですね」
ソガキがため息をつき、GSを触った。
『シロップ! キタYO!』
GSから音声が響く。ソガキの声が聞こえた。
「シロップ様。本来は休息をしていただきたかったのですが……不甲斐なく申し訳ございません。お力をお貸しください」
「ああ」
特権。フォームチェンジ解禁……。
俺は倒れていたことなど忘れ、すぐに部屋を飛び出した。……このとき頭にはユウのことしかなかったようにも思う。
『シロップ! 司令室は部屋を出て左手奥だYO!』