●第8話● もう何を信じてよいのやら
『YO-シロップ! YO-相変わらず変な顔!』
GSという機械から発せられる音声……だよな?
「ジー、ジーエス?」
『そうだYO-!』
なんだなんだ? AIか?
「お、お前会話ができるのか?」
『できねーYO-!』
「できてるじゃねえか!」
『できねーYO-!』
……く、口が悪いAIだな。
俺は再び布団に潜り、横を向いて自分の腕を見る。
『戦闘モードに入っているのに、自分の部屋で寝るんじゃねえYO!』
あ、ここやっぱり俺の自室だったのか。オシャレだなー、なんて寝転がりながら部屋を見渡す。
『運営も雑務もガクキ様とソガキ様たちに任せてるくせに、戦闘中ぐらい働けYO!』
ん? やはり、ソガキたちに仕事を任せていたのかとその音を聞いて思った。
俺のイメージとしては、非戦闘時はミーティングだらけな印象というか、司令という職種はもっと忙しいものだと思っていたから、すごく腑に落ちた。俺は自由に外を歩き回れたし、何よりこの緊急事態に特例だからといって部屋で寝ていていいのも不自然に感じてはいたんだ。創設者じゃないのかよーグレナデン・シロップよ。
夢だから別にいいけどさ。ただ司令なのに蚊帳の外ってのはちょっと凹む。
モニターからケタケタした笑い声。
『記憶喪失からのその顔じゃ死にたくなるYO!』
そうなんだよって、なんだ、このくそモニター!
「お前、さっきまでの会話、聞いてたのか?」
『そりゃそうYO! 主電源を切られない限り、聞こえているYO!』
ん? そもそもコイツ、俺が記憶喪失なのを知ったうえで「働けYO!」とかいじってきてたのか。性格悪いな、おい。
「まぁそんなわけなんだ。いろいろ教えて欲しい」
それでも休んでいる身としては、今はコイツに頭を下げて情報を集めておくのが最善手か……。
『その前にソガキ様が主電源を切った理由がわからないYO! その間、何があったのかを話せYO!』
あーそこね。GSを切らないといけない理由。こっちだってよくわからないんだよなー。
「話すも何も、いつ主電源が切られて、再び主電源が入ったのかを知らないんだよ」
『司令室の席を立ったところまでは記録しているYO!』
……あ! もしかして、俺がシャーレを落としてソガキとぶつかったときに切られたのか!
主電源が再び入ったときは、すでにこの部屋でガクキがやってきていたという。
ソガキはガクキに「メモリー交換のための再起動」と説明していたそうだ。
とりあえず、俺はGSに主電源が切られていた時間、自分の身に起こったことのすべてを話した。
すると『そういうことかYO!』と相槌をうち、AIのくせに事情を理解したらしい。有能だな。
主電源を切った理由の見解については特に何もなかったものの、俺の記憶がないことに関しては、GSはGS自体のことをいろいろと教えることでフォローをしてくれているようだった。
ただコイツの喋り方だと頭に入らないので、箇条書きにしてまとめておく。
GSについてわかったこと。
・グレナデン司令のサポート兼情報把握機械として作られた
・のちに全スタッフに手配され通信機器として使用されている(すべての端末の状況もわかるYO!)
・グレナデン司令のGSのみ対話可能AIを搭載(それがオイラだYO!)
・以前のグレナデン司令とは相棒のような存在だった(ほんとだYO!)
・対話可能なことを知っているのはガクキ・ソガキのみで、ほかのスタッフには秘密にしてある(シロップと話してたのは主に部屋の中でだYO!)
「つまりお前はいつも俺と行動し、ほとんどの状況を理解してきたってことか」
『そうなるYO! シロップとはほとんど一緒に行動してたYO! 主電源を切るような残酷なこともされたことないYO!』
それが今回、主電源ごと落とされたと。ソガキは俺のGSがほかのスタッフのものと異なり、通信端末以外の機能があることを知っている。もちろん録音といったメモリー機能があることも知っているのだろう。そうなると、やはり理由のカギはそこにあるような気がする。
『シロップはときどきオイラを外して出かけてたYO! どこ行ってたかまでは知らねえYO!』
ケタケタというモニター音。不快だ。
電源こそ落とさないが、グレナデン・シロップは自らGSを外すこともあったと。……んーなんでだろう。
俺だったらどんなときに、GSを外して出かけるだろうか。サポート端末のGSをスマホに置き換えたとして……スマホを手放しているとき、か。わからないけど、女子と会っているときとかかな、なんて。彼女なんていねーからわからないけど。
ん? 女? いるじゃん彼女!
もしかして、ユウと会っているときは外してた……とかそんな感じか? そうだとしたら、わかる。「グレッピ」とか「おいでおいで」みたいな会話をメモリーされるのを嫌がったに違いない。とくにGSは口が悪いから、すごくいじってきそうだし!
ひとつの解答にたどりついて嬉しくなった反面、あの誠実でかわいいユウが、俺ではなくグレナデン・シロップの彼女なんだという事実を改めて実感してしまい、少し凹んだ。
『シロップ。お前の話、おかしな点があるYO!』
考えごとをしていたので、いきなり発せられた音声に少し驚く。
『ソガキ様とユウの発言が食い違ってるYO!』
「どこが?」
『なぜユウは出撃してないのかYO!』
……え? どういうこと? ……たしか
(「僭越ながら申し上げます。ユウの戦闘開始まであと15秒、不都合リミット残り30秒。そこから算出される解答はひとつにございます。ユウ出現後、エルをフォームチェンジ解禁、迎撃には10秒あれば事足りるかと思われます」)
ソガキはこう言っていた。これはGSも聞いているはずだ。しかし、GSの主電源が切れていた、つまり俺がユウの部屋にいたとき、彼女はこう言っていた。
(「私、エルちゃんが心配でそれでも無理矢理出ようとしたんだけど、ダメだったよ」)
出撃命令を出したソガキと、出撃しようとしたけどできなかったユウ。これは食い違っているのか? 単純に数秒の誤差があるだけで、出撃しようとしてたのはたしかだし……あんまり気にするようなことじゃない気もするが。んーわかんねー。
『それだけじゃないYO!』
「え? まだあるの?」
『ユウはどうやってソガキ様からシロップのことを聞きだしたんだYO! 不自然不自然YO!』
ん? 俺のことを記憶喪失だって伝えたからじゃないのか?
……あれ、でもユウは、俺と2人で会っていることも内緒にするようなそぶりを見せていたよな。それを隠してどうやって話を切り出していったんだろうか?
『もうひとつあるYO』
えーまだあるの。もういいよー。もうお腹いっぱい!
『外壁の扉、なぜ開いたYO!』
……そう、実はそれに関しては不思議に思っていた。あの外壁、陽がある状況で、俺が行ったタイミングで、なぜ開いたんだ……。
だめだ。頭がオーバーヒートで、熱風にさらされた以上に煙を吹き出しそうになる。
そこにさらに発信するGS。
『シロップはいつも言ってたYO!』
「なんて?」
『ユウには気を付けろってYO!』
はああああああああああ?
それフラグじゃん。絶対ヤバい裏があるヤツじゃん!
「ユウに気をつけろ」って言いながら、なんでGSを外してまで逢瀬してるの? なんなの? グレナデン・シロップ! さすがに突っ込むわ。しかも、ユウのぬくもりが今この夢の中にとどまりたい最大の理由なのに、そこつぶしてくるのはやめてくれー。
あーもう無理。もう考えることの許容量いっぱい。
『といったところでだYO! 記憶喪失シロップ! もっとGS様に知りたいことを聞くがいいYO!』
なんかもういいや。ちょっと無理、ただでさえクラクラしてるのに。すでにこの情報量を整理するだけでお腹いっぱい。
『もうなんもねーんかYO! つまんねーヤツになっちまったYO!』
このクソ腕モニターうるせえ。考える事すらできねえ。あ!
……も、もしかして。
「なぁ、GSって……Gグレナデン・Sシロップの略か! お前、俺が作ったAIだったりするのか!?」
『ちげーYO! GSだYO!』
はいはい。そっちねー。
だから俺のGSが対話可能なことを2人は知っているのか。……あれ? でもなんでほかのスタッフには内緒なんだろうか。
と、思ったけども、もう余計な事を考えるのはやめよう。わけわからないが加速する。
……時を同じくして、GSのモニター上に赤い点滅が起こった。
『不都合と接触するみたいだYO! 観てみるかYO?』
「ああ、観たい」
夢の中の世界を理解するという、自分でも何を言っているかよくわからない状態だけど、GSからたっぷり聞いた情報すらまとまっていない状況だけど、今は実戦を見ておいたほうが理を知るには最適だと思った俺は即答する。
……本当はちょっとユウを見たいという気持ちはかき消した。
GSはデスクの上のモニターを遠隔で立ち上げた。そこには司令室を引きで見る映像が映った。おそらく俺の席の後方上部の無数のモニターのひとつがカメラになっていて、俯瞰で全体が見渡せるんだろう。大きなモニターには夜の町、今回は山の中の廃墟といった感じのところが映っている。その中心には腰の高さほどの木々に囲まれた青い光に縁どられた少女……ユウが、身をかがめ息を殺して潜んでいた。
そのモニターを見つめるソガキとガクキの2人の後姿が手前に見える。そっくりだからたぶんそうだ。
「ユウっちゃ! 来るのだよ、北北東なのだよ!」おそらく右側に立っている少年が叫んだ。
「はいッ!」
体のラインが幾何学模様で縁どられてるってやっぱエロいよなぁなんて、ユウを見ながら先刻の彼女のぬくもりを思い出す俺。
ゴゴゴゴゴ
その音は少しずつ、そして確実に大きくなる……カメラがパンして映し出された、前方の山の尾根の間から巨大な物質が現れた。泥山の塊のような巨大な物質。じんわり内側から光っているので形がわかる。下部の両脇にキャタピラらしきものがついていて、樹木や家を破壊しながらゆっくりとこちらに進んできていた。山ほど大きいとは言わないが、高層ビルぐらいはあるぞ……この泥山。
これが不都合か?
前回の俺(仮)とはまったく異なる形状。というか、また俺(仮)が来たら気持ちが複雑すぎてまともに見られそうもないから、良かったといえば良かったかもしれない。俺が女子に殴られたり、逆に腕を引きちぎったりするの嫌だもの。ユウに対してならとくに。
「不都合目視確認。いきますッ!」
ユウはその縦にも横にも3倍もあろうかという物質を相手に向かって走り出す。青い光が流線を描き残像となる。彼女はトンファーのような武器を手に構え、不都合と接触の際に下部の両サイド、キャタピラの上あたりを殴り、駆け抜けると翻し、逆サイドにも同じ攻撃を加えた。不都合の泥のような体がはじけ飛び、物質にくびれのようなえぐれができる。
ユウすげええええー!
なんだあのトンファー!
俺はその映像に釘付けとなった。
『あれがユウの武器シャンヴァーだYO! でも効いてないYO!』GSが反応する。
え? めっちゃえぐられたじゃん……ってあれ、不都合の上部の泥のようなものが下へ波をうって降りていき、先ほどと同じ形態に戻った。
「ユウっちゃ! ダメ。抑え込める?」ガクキの指示がユウに飛ぶ。
「やってみます!」彼女は正面から不都合に掴みかかり、体をぶつける。その衝撃による砂煙でモニターの視界が一瞬悪くなるが、ユウの声が聞こえてた。
「なんとかなりそうですッ!」
青い光が3倍はあろうかという淡い光を受け止めている。キャタピラの空回りする音だけが響いた。
「ユウっちゃナイスなのだよー!」
「おおおっ」
歓声が上がる、司令室。
ユウすげえええええー!(2回目)
俺はその映像に釘付けとなった(2回目)。
ただ、さっきまでここで泣き崩れてた女の子だとは思えないーー! こええええー!
そのときそれまで黙っていたソガキが口を開いた。
「ユウ、不都合残り5分です。そのままいけそうですか?」
「攻撃してこないので、抑えるだけなら何とかなりそうですッ」
再び盛り上がる司令室。
『これはダメだYO!』とGSが発信すると同時にソガキが言った。
「ダメそうですね。ユウ、そのまま南南西に導いてください」
ん? 何でダメそうなんだ? 不都合の動きを止めてるじゃん……あ!
不都合がキャタピラの回転数を上げ、ユウの体を押し返していた。はたからはそんなに動いているようには見えなかったが、それでも確実にじりじりとユウは押されている。
「はぁはぁはぁ、ソガキくん。このスピードなら5分持ちこたえられそうだけど……今、進路を変えさせる方が難しくて……」
「それでも何とか進行方向を変えていただけると助かります。出撃前の先刻、かの不都合より砲台が出現し、ウォイド山が跡形もなく消し飛びました。その方向を察するに……」
「不都合の目的地はビーホール演習地跡とふんでいるのだよー。ボクの読み100点満点なのだよー」ガクキが続ける。
俺は状況を飲み込めず、GSに尋ねた。
『ビーホール演習地跡の直線状にあったウォイド山を消し去ったってわけだYO!』
「え、つまりどういうこと?」
『あの不都合、遠距離射撃型だってことYO! 射程距離に入ったら演習地跡にぶっ放すYO!』
そ、そういうことか。
『このまま抑えても2分で射程距離内入るYO!』
それめっちゃヤバいんじゃ。もちろん、その施設が何なのか? 何で壊されたらいけないのかはわからないけど、ヤバいのはわかる。
『でもガクキ様の予想的中発言ありだYO! 今回は勝ったYO! どっかで寝てる司令がいなくてもいけるYO!』
GS、コイツ……やっぱ嫌なヤツだ。
司令室にユウの声が響いた。
「ど、どうやって進路を変えさせれば? 抑えているので精一杯ですッ!」
「シャンヴァ—を右キャタピラにさせますか?」
「シャンヴァ—を右キャタピラにさすのだよー」
オッドアイ少年たちの重なる声。
ユウはシャンヴァーと呼ばれる武器を腰から再び外すとキャタピラにぶっさした。一瞬動きが止まるキャタピラと不都合だったが、キャタピラが逆回転をしたかと思うとむしろ力強さを増したように見えた。しかしその反動で、方向が南南西に変わる。
「ソガキとガクキってすげーな」
『今更気づいたのかYO!』
いやでも、たしかに方向は変わったけど、ユウを押し戻しているスピードが上がってる。だから、その角度からでもいずれ砲撃は届くんじゃないの? あれ、どういうことだろう。
「ううううううッ」ユウの唸り声。
巻き起こる砂ぼこりとキャタピラが巻き込む泥、そして不都合自体との接触を続けるユウはもう泥だらけだ。かぶさる泥で青い光がところどころ消えて見える。ジリジリと不都合に押し続けられるユウ。
「あと30秒……20秒……」スタッフの声が司令室に連呼される。
なんだよそのカウントダウン。ヤバイ匂いがする。ユウちゃあああああん、がんばってくれーーー!
「10秒……」
「そろそろなのだよ」ガクキがそう呟いたとき、俺は顔を手で覆う。……ユウ!
『ぱんぱかぱーん! ユウちゃんよくやったねー! もう安心してくれたまえー!』
(ぱんぱかぱーんより、じゃっじゃーんがいいよー)(あはは、ツボるー!)
音程の違う声が2重に響く。
ユウの遥か後方で、左半分濃い紫、右半分淡い紫の2色の光……女性が……片足を上げて白鳥のポーズのような姿で立っている……。
なんだ、この緊迫感のない感じは。
『PSWチャンピオン! ランミミちゃん、ただいま参上!』
(ランそれ言うならもとだろー)(あはは、それツボるー)
…………まーた、変なのが出てきた………。