●第6話● 世界でいちばん熱い日に
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
沈黙をやぶったのはエルだった。
「珍しいじゃない。こんなところにくるなんて」
あからさまに動揺する俺。
そうなの? ど、どうしよう。
だとすれば何か話さないと、余計に不自然に思われてしまう。
「そうか?」
「何いってんのよ。ここPSWの居住区画じゃん。誰かに用事でもあった?」
あーそういうことか。俺は思いついた言葉をかける。
「お前に用があったんだ。先ほどの戦い、ご苦労だったな。大丈夫か?」
エルは左腕をさすりながら「あー」と声を漏らし、続けた。
「そーいうことね。大丈夫よ。フォームチェンジの件を謝りにきたってわけ? 気にしてないわ。……ただワタシ、気付いたらポッドに戻っていたのよ。司令がなんかしたの?」
フォームチェンジ解禁の件。トラウマになるぐらい凹んだから許してくれ……。
そして「司令がなんかしたの?」の問いかけ。
「いや、何も」
「……やっぱりね。じゃ、そっちからはどう見えてたの?」
返す言葉が見つからなかった。
正直よく覚えていなかったのだ。ボタンに指を乗せひたすらモニターを見ていたはずだったのに。光がすべてを包んでエルも俺(仮)も消えたと思っていた。だが、改めて思い返すと、すべてがシャットダウンのように暗闇に包まれたような気もする……。
「ねぇ司令……これって“消失の日”に似てない? 人型が現れたのも。もしかしたらワタシ、戦う前からこうなることがわかっていたのかもしれない」
「……消失の日」
「もう3年も経ったのね。ワタシの人生は……人類はあの日からすべて変わった……って、司令も同じか」
乾いた笑いとともに、ツインテールをなびかせ下を向いた少女は、両方の拳を自身の胸の前で合わせる。
「次はもっとうまくやれるから、大丈夫よ。ご飯を食べたら気力も回復したわ」
「そうか、それは良かった」
俺はそう答えたが、頭の中が意味不明。
えーと、消失の日って何ですか? 俺の人生が変わった日?
……何のことかを聞いたらまずいよな? 怪しまれるよな?
……ユウに口止めされてるしなぁ。でも、なんとかエルから情報を引き出せる方法はないだろうか?
「……まぁ、心配してくれてありがと」
……しかし、この子。戦闘中は水色だったからはっきりとはわからなかったけど、顔のパーツが縁取れるほどに目鼻立ちが美しく端正な顔をしている。なんていうか、欧米人的な? そんな顔立ちと小柄でツインテールというギャップ。強気そうな性格なのも個人的にはポイント高いわ。
……まぁ「エルちゃん」呼びはできそうもないなとは思った、なんか話してみたらちょっと怖い。
「お礼言ってあげたんだから、何とか言いなさいよ!」
……俺ってば、もしかして夢に理想の女の子を登場させる能力でもあるんじゃないか? もちろんユウとエルの2人にしか会っていないし、自分の好みが小柄な子っていうのは夢で知ったわけだけど。
「あのね! 何黙って見てるのよ、気持ち悪い」
エルは前に出した手を腕組みに変えて大きな声で言い放つ。
「本当に大丈夫そうだなと思ってな」
びっくりしたー。やばいやばい。自分の能力に見惚れて考え込んでいたなんて言えない俺は、取り繕った。
「大丈夫だって! だからこうやって帰ってきてんでしょ………」
そこまで言いかけてエルは、俺の後方を覗き見るような姿勢をとった。
「さっきガッキがいたような気がしたのよ。で、ちょっと話そうかなって、部屋に入る前にここまで来たんだけど」
ガッキ? ああ、ソガキか。
「そしたらガッキじゃなくて、司令だったってわけ。ワタシ、ガッキと司令を見間違えるなんて、相当疲れてるのかもしれないわ」
「あんな戦いのあとだ、疲れて当然だ。ゆっくり休むといい」
……エルよ、お前は正しいぞ。俺は君のおかげでそのソガキを見失った。
……どうしよう。このへんにいて、また誰かに見つかるとやっかいだ。俺は行く場所も帰る場所もなくしてしまったのだから……司令なのに!
本当はエルにもたくさん聞きたいことがある。
羅列しただけでも、
・左腕なんであるの?
・右足変なふうに曲がってなかった?
・なんで巨大化したの?
……盛りだくさんだ。
でも俺は堪える……ユウのあの顔が浮かぶから。
「たしかに、今日はいいところがなかったかもしれないわね。……でもどんな終わり方であれ、不都合を止められたんだから……終わりよければすべてよしだわ! ミミもランもユウもいなかったわけだし!」
自分を鼓舞しているようにも聞こえた。
……俺からはエルが一方的にやられていた……とは思ったが、口に出さないでおこう。
それよりミミとランって誰だ? 巨大化する少女がまだほかにもいるということなのか? なんかもう知らないことだらけで、この夢の主人公のはずなのにボッチ感がすごいんだけど。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
足の裏から伝わった振動が頭の先へと抜けていく。
「この却放出の音がなくなる日まで、絶対に消失の日のことは忘れない。人がまた陽の下で活動できるように………それじゃ、司令。もう遅いし休むわ」
エルは振り返り廊下を歩き出す。ツインテールが歩みに合わせて右に左に揺れる。
いやいや、待て待て。
今、サラッとすごい重要なことを言わなかった? 俺の聞き間違い? 人がまた陽の下で活動できるように? ん? 消失の日って、太陽を消失した日ってこと? たしかにさっきモニターで見た世界は暗かった。え? 太陽ないの?
「た、太陽なくなっちゃったの?」
やばい、普通に言っちゃった!?
エルは足を止めない。
「そんな冗談、笑えないわよ」
こちらを向いて軽く会釈すると、エルは部屋に入っていった。
……ユウ、ごめん。
今聞いておかないとダメな気がしたんだけど、その前に普通に声が出ちゃってた。でもエルに怪しまれなかったみたいだから、今のはノーカンということにしてくれ!
……それにしても気になるのはエルの発言だよな。行き先もなく、ここにとどまることもできないのなら、なおさら確かめてみる価値はありそうだ。俺はこのPPRと呼ばれる建物の外に出てみることにした。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
この建物は地方都市にある、中央が吹き抜けになっているショッピングモールみたいな感じだなと歩いていて思った。さっき司令室からユウの部屋へとたどり着いたときは気が付かなかったが、今は周りを見る余裕がある。エレベーターらしきものが見当たらなかったので、とにかく階段を見つけては降りていく。却放出の音が大きくなっていくからだ。5階分は降りただろうか?
……しかし、なんで降りているだけでこんなに疲れるのだろう? 壁に反射する自分を見ては、歳か? そんなツッコミを入れる。そもそも疲れる夢とか何なの?
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
これまでにない音の大きさ、振動がすさまじいフロアにたどり着いた。
そしてまさしくその衝撃はこの目の前の壁の向こうから聞こえる。ほかのフロアと変わらない反射するピカピカな壁。そこに設置された、なんてことのないほかと同じ形の扉に近づく。この扉がほかのものと異なる点は横にある開閉スイッチが指紋認証になっていたこと。あきらかに今までより厳重だ。
……でも俺、司令だし開くんじゃない? と触ってみると、案の定簡単に扉は開いた。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
壁全体に防音効果があったのだろう、開いた扉からすさまじい音の波が押し寄せた。
やべーうるせええええ。急いで扉の中に入る。
「外じゃないな……」
扉の奥は薄暗かった。そして暑い。ぼんやりと見える先には窓も何もないただただ高い壁がそびえ立つ。床には無数のライトが設置されていた。足元から上空に向けて等間隔に配置されたそのライトの光で、暗闇の中が噴水のイルミネーションの中にいるような幻想的な空間を作り出していた。
「これ本物の水だ」
ライトの光で見える小さい水の粒。間違いなく水、つまり霧の中にいる感覚と同じだった。
あまりの異空間で忘れていたが、そこでも確実に轟音が鳴り響いていた。横を向くと幅5mもあろうかという大量の水が流れ落ちている。
「滝?」
扉の周囲こそ屋根で覆われてわからなかったが、上から下へと物凄い量の水が降り注いでいた。バケツをひっくり返したようなというレベルではない。
地面を見ると床部分に格子状のパネルがあり、流れ落ちた水は地面に吸い込まれるようにその隙間へと消えていく。俺の立っている場所から奥の壁へと直線状に延びている通路の左右は、この床が半分くらいまで続いていて水を吸収していた。
パネルに当たった水の粒が弾ける。噴水のイルミネーションのようだと思ったのはあながち間違いではなく、通路両脇のライトの光と大量の水が作り出したミストシャワーのようなものが、この空間全体を霧がかかったような幻想的なものに変えていた。
水に手を伸ばしてみると、触れた瞬間に一気に水圧にもっていかれる。
「いってーーーー!」
温水? 夏の日に実家の庭で水を撒いたときがフラッシュバックする。最初にホースから出る水は、日光により熱せられた温水になっている。……そんなことを思い出した。
空間を半分ほど進み、来た方向へ振り返る。
そこには出てきた扉の周囲以外は水に包まれた巨大な建物……常に流れる水の塊があった。
却放出……つまり冷却水の放出か!
そう結論付けるのに時間はかからなかった。
「音の正体は流れ続けるこの大量の水だったのか」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
(「この却放出の音がなくなる日まで、絶対に消失の日のことは忘れない。人がまた陽の下で活動できるように………それじゃ、司令。もう遅いし休むわ」)
エルの言葉が脳裏に浮かぶ。陽の下で活動できるようになるのと却放出の音が消えるのがイコールだとすれば、消失の日の正体はひとつだけだ。
俺は水の建物PPRを背にし、幻想空間を抜け高くそびえる壁側へと向かった。つまりこの壁は外壁。この壁と水でPPRを守っているのだ。ここまできたら確かめるしかない。ジャージも髪もすでにびしょ濡れのおっさんは扉を探すが、それらしきものは見当たらない。
「んだよっ! ここまできて!」
落胆し、もとの扉の位置まで戻ってくる。それと同時に扉の直線上にあった外壁が足元からゆっくり開いていくのが見えた。そりゃそうか、普通に考えれば扉同士は最短距離の通路でつなぐよな!
……でも何で開いた?
上方へと上がっていく外壁の隙間から見えてきたのは……真っ赤な光だった。
なんだ? 俺はさらに光へと近づいていく。もう少しで辿りつく頃、外壁は俺の腰の位置まで上がり、止まった。
「あ、暑い」
いやそんなもんじゃない。これは「熱い」だ。その表現でも生ぬるい。まだ確かめてもいない。だけどこれ以上は近づけそうにもないと直感で悟る。
……やはり冷却が必要な理由は、この外の温度だ。
突如、外壁の光から吹き込む強烈な熱風。
服は一瞬、縦半分の髪も一瞬、すべてが一瞬で乾き、ついでに俺は気も失った。