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●第5話● おっさんに恋した少女と蚊帳の外のおっさん



「グレちゃんは抱きつくと絶対胸を触るのに、あなたは何もしなかった」


 それが俺がグレナデン・シロップじゃないとユウが見破る根拠になったらしい。

 知るか! というか、胸って触って良かったの!? 恋人ってそういうものなの?

 抱きついたものの、どうしていいかわからなかったんだよ! いい匂いするし!

……あぁ、自分の夢の中で、女免疫ゼロを指摘された。 

 もうなんかすごく凹んだ。


「もちろん、最初から言動も怪しいとは思っていました。それであなたは誰なんですか? グレナ司令はどこにいるんですか?」


 さっきまで「グレちゃーん、おいでー」とか言っていたのと同じ女の子だとは思えない、強い警戒を全面に出して問い詰めてくる。手には黒い木刀のようなものをいつの間にか握っていた。


 あれで殴られたら相当痛そうだ。おとなしくすべてを話すべきだろうか?


 いや、待て待て。

 夢の中で「これは夢なんだよ」なんて話を誰が信じるわけ?

 しかも相手は150cmもない女の子。あんな武器があっても、さすがに楽勝なんじゃね?


「何をブツブツ言っているのですか! 話さないのなら、皆を呼びますよ」

 ユウは右袖を捲り、腕時計のような物質に手をかけようとする。


 おお。特撮モノの通信機器みたいだ! と俺が感激していると、ユウはその物質に顔を近づけ声を発しようとしている。


 タイチ、今すぐ考えろ。

皆に伝えられていいのか?

 夢の世界の住人に夢オチを伝えると、大抵悲劇的なドラマになるぞ。目覚めも絶対悪い。

 それより逆に考えるんだ。

 ここは夢なのにどこかリアルだし、現実と理想が混在したやたらと不思議な世界だ。どうせ起きるなら、最後にユウに状況を話していろいろ聞いてみても面白いんじゃないか?

 世界を知るためには、きっと皆に知られるよりも、1人の味方を作るほうがいい。

 今はその好機なんじゃないか?


「あー待って待って。わかったから! 話すから! むしろ聞いて!」

 俺は考えがまとまる前に声を発していた。ユウは手を止め、こちらを見つめる。真っすぐに大きな瞳で。


「では聞かせてください。私のグレちゃんはどこに?」

 耳が痛いほどに、声が大きかった。


 それから俺は、ユウに体験したことのすべてを話した。

 ご飯を食べようとしていたら、いつの間にか司令室にいたこと。きっかけはユウの声だったこと。巨大なモニターに映る映像に驚いたこと。エルを救えなく絶望したこと。ユウのぬくもりに救われたこと。すべての状況が飲み込めていないこと……そう、夢であること以外を。


「……エルちゃんは大丈夫です」


 その言葉のあと、ユウは黙って聞いていた。そして最後にひとつだけ質問があった。

 記憶喪失の可能性を示唆する内容だったが、俺があまりにも鮮明に、ここで気が付くまでのことを覚えていたためか、それ以上は何も尋ねてこなかった。俺の世界についても何も。疑問にすら思わないのだろうか? 


「……それで全部ですか?」

「ああ」


……ユウは泣いていた。大きな声とは対照的に、小さくすすり泣いていた。

 もっと疑われるというか、信じてもらえないとも思っていたので、このリアクションは意外だった。


「信じられない。……信じたくない。…でも現実に……目の前にいる…あなたは…グレナ司令じゃない……」


 ユウは泣き崩れた。黒いベッドの上に。もはや俺に対して、先ほどの敵対心のようなものも感じない。

 そうか、最愛の人がいなくなったのだ。いや、いるけど中身が違うのだ。俺の過去話なんてほとんど頭に入っていなかったのかもしれない。


「なんかその……ごめん」

「……あなたに…謝られても…………あっ、ソガキく……」

「ソガキがどうかしたのか?」

「少し……」

 ユウは眼をこすりながら、ベッドから起き上がる。

 そして部屋を出ていこうと、俺の方を見もせず、前を通り扉へと向かった。


「ちょ、ちょっとどこ行くんだよ。俺も君に聞きたいことがあるんだ」

「あとで答えられることはお話します。ただすぐに確かめたいことがあるんです」

 何か焦っている節がある、ソガキと何か関係があるのか?


 彼女は部屋を出ようと扉の前で立ち止まる。


 待て待て、夢の住人に洗いざらい話したんだから、今度は教えてくれるターンじゃないの?


「ここで少し待っていてください」


 え? どういうこと? ここで1人でユウの帰りを待ってろって?

 嫌だよ、何も知らないのに不安だよ。しかも、抱きついたとはいえ、さっきまでまったく知らない女の子の部屋で待っているのなんてごめんだ。不安も手持ち無沙汰も極まるよ。


 とはいえ、ここを出たところで行く場所もないのだけど。

 んー。逆にこの子は何とも思わないのか? 外見以外はまったく知らない男を自分の部屋に待たせることを。

 いやそれとも、俺が行く先がわからないことまで知った上での言動なのだろうか。


「今の話は誰にもしないほうがいいと思います」

 彼女は横にあるスイッチに触れ扉を開けると、伏し目がちにこちらを見て言った。


 あ、なるほど。誰にも会わせないためか。そっちの都合はわからなくもないが、俺は彼女を呼び止めた。


「ちょっと待ってよ。ユウちゃん!」


 ユウが一瞬固まる。


「その顔で、その声で、そんなふうに私を呼ばないで!」


 そう言い残すと同時にユウは部屋を出ていった。

 オートロックで締まる扉の音だけが部屋に響いた。



…………………………………………………。


 ん? なんだこれ。

 さっきまで女の子に抱きついていたとは思えない展開。そもそもユウに話して、味方にするはずだったような? 心の片隅には、ここから2人の新しい恋がはじまっちゃったりする淡い期待とかもしてたんだけど……。

 しかも、もし今夢から覚めたら何もわからずじまいじゃない? 

 あれ? あれれれ? なんだこれ。

……でもあの子にとってみたら、こんな見た目でも最愛の人なんだよな……。


ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 重低音のような振動が伝わってくるだけの静寂が世界を包む。俺は黒い部屋の中でしばし立ち尽くし思いを巡らせた。


 グレナデン・シロップ。

 お前は何者なんだ? 

 この施設の司令という地位にあり、部下からは恐れられつつも、絶対的な信頼を得ている権力者。さらに若い女性パイロット(?)と秘密裏な関係にすらある男。

 俺はユウの部屋の真っ黒な縁の鏡台に映る自分の顔を改めて見る。うーん、やっぱり外見に魅力があるとは思えないが……この男は一体。


……おっと、ユウの深刻な姿を見たからか、少し感傷にひたってしまった。

 ここは俺の夢だ。もっと軽く考えよう。

 しかしまぁ考えれば考えるほどこの夢はやばいな。主人公である俺を差し置いて、どんどん物語が進行していく。主人公が部屋で待たされるだけの夢ってあるの? 聞いたことないんだけど。


 あ、そうか。これは女の子の部屋の中を漁ろうというフラグなのかも。この夢はもしや、間接的にいろいろな俺の願望を叶えてくれる、最上級の夢オブ夢なんじゃないか? 


……鏡には半分禿げた親父のエロい顔が映っていた。



ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


……そんな勇気もないので大人しく部屋で待つ俺。時折、鏡を見たり、必死に過去を思い出そうと試みるも、コンビニの海苔弁を開けた以降の記憶が曖昧だった。


ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 この振動はいつまで続くのだろうか。


ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 感覚が研ぎ澄まされていく。地鳴りはより鮮明に聞こえる気がした。

 そこに足音が部屋に近づいてくるのがわかる。やっと帰ってきたか。足音は部屋の前で止まった。扉の前に人の気配を感じる。


ビー……ビー………


 ん? これは部屋の呼び出しベル? 誰かがユウの部屋を訪ねてきた?

 鏡台の横にあるモニターの下部が光ったと思うと、部屋の前の映像がモニターに映し出された。


……ビー……ビー…


 ベルを押すその男は俺も知っている男。

 ソガキだ。


 なぜソガキがここに? ユウはソガキのところへ行ったのかと思っていたのだが。


……ビー……ビー…


 俺は息を殺してその映像を見ていた。

 しばらくすると、ソガキはモニターの視界から消え、映像自体もベルの音とともに消失した。


 変な汗をかいた。ユウの部屋に司令がいたらまずいからだ。……いやそれだけじゃない。ユウが思わせぶりなことを言った相手が、部屋に現れたからだ。

 少し迷ったが、俺は恐る恐る扉を開けて、廊下を見渡す。奥の通路を右に曲がる影だけが見えた。ちょっとつけてみるか? 俺は部屋を出た。


 あ、しまった! と思ったときにはもう時すでに遅く。オートロックでユウの部屋に入れなくなってしまった! やっちまったーー! 

もう選択肢はあの影を追いかけるしかないじゃないか……。



 俺が奥の影が消えた方向を曲がろうとしたとき、後ろから声をかけられた。


「司令?」


「うはっ」

 思わず驚いて声が出た。


 振り向くとそこには2本の長い髪。

 ツインテール女子(仮)ことエルが、下から俺を見上げていた。

 あれ、思っていたより小さい子だな。

 でも、やっぱり外見はモニターごしに見た巨大な女子そのままだ。もちろん水色でも輝いてもないけど。


 ん? ……左腕があるぞ???


 驚きのあまりキョトンとする俺を、不思議そうな顔で返し見るツインテール。

 固まった姿勢のまま、変な時が流れる。



ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 振動でツインテールが少し揺れたように見えた。



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