●第4話● 「タイチと「シロップ」と黒髪の少女」
俺は成瀬太一、20歳。
友達からは「タイチ」と呼ばれている。恋人なんかいたことはない。
俺はグレナデン・シロップ、40歳(推定)。
仲間(?)からは「司令」とか様付けで呼ばれている。恋人はユウ。黒髪の女の子。整った顔立ち。見方によりゃロリってやつ。
俺はタイチ……コンビニで……
「ちょっとッ! 聞いてるのッ?」
「うわっ」
俺はつんざくような声で心臓が飛び出しそうになった。
ベッドに腰かけた彼女は、錯綜している俺に呼び掛けていた。
そうだ、ユウは声が大きかった……。びびったー。
「ねえねえ、なんで最初は渋っていたのに、出撃許可をくれたのー?」
「そ、そうだな……」
ユウは屈託のない笑顔で俺に問いかける。
答えを持ち合わせていない俺は、何と答えていいかわからない。
「いいんだけどねー! 私としてはその気持ちだけで満たされました!」
「そうか、それは良かった。ユウよ」
「その喋り方もういいよー。いつもみたいにユウちゃんで、お願いしますッ! グレナ司令ッ! あははは」
なんだ、ユウと2人のときは堅苦しい口調じゃなくていいのか。
恋人だっていうし、そんなもんなのかな。
「……肝心の出撃はダイブまでしたんだけど、後から来たソガキくんに止められちゃってー」
「ん? ソガキが?」
「ちょっと待ってくれって。私、エルちゃんが心配でそれでも無理矢理出ようとしたんだけど、ダメだったよ」
ユウは「ごめんね」と手を合わせてこちらに向けて舌を出す。
「せっかくグレピーが許可してくれたのになぁ」
なるほど。だからソガキはあのとき謝ってきたのか。
(「申し訳ございませんでした。ユウの出撃はもっと早く、やはりシロップ様のご指示通りに……」)
ダイブと出撃。ユウが何かに乗り込もうとしていたのはたしかなようだ。
しかしなぜだ? なぜソガキは俺の命令に逆らった? 俺が絶対の権力者じゃないのか?
……まぁもう夢から覚めようとしてる俺には関係ないけども。
「それよりッ! レイって誰よ!」
うっは。ここでそれ言う? 俺は必死にごまかしながら、話題を逸らす。
「ところでエルはどうなった? 無事なのか?」
「エルちゃん? 今頃、ご飯でも食べてるんじゃない?」
「え? あの怪我で?」
「グレプー! もうッ! 何言ってるのよー! 当たり前でしょッ!」
グレプー? 俺のことか? さっきはグレピー? だったよな。
できれば呼び名をころころ変えないでほしい。反応がしにくい!
だって俺はまだグレナデン・シロップって名前が、自分自身でも馴染んでいないんだから。
それにしてもエルがご飯を食べているとはどういうことだろう。
あの子、俺(仮)に腕を引き裂かれていたよな……。
「それよりッ! 戦闘後すぐ私の部屋まで来てくれたのが、とてもうれしいですッ」
そうか、無意識に歩いていたつもりだったが……ユウの部屋の前にいたんだよな。
まぁ本当は通り過ぎたけども。
「ちゃんとバレないように来れた? ソガキくんとかにつけられてない?」
彼女はシーッと人差し指を口の前に持っていくジェスチャーをしたあと、扉から顔を半分出して左右にキョロキョロと廊下の様子を伺った。
そして振り返り、扉を閉めて「大丈夫でしたーッ! えらいねーグレッピッ!」と語尾を強めて笑顔を見せた。
ようやく俺はあたりの様子を確認する。
黒い何やらよくわからない調度品が多く並ぶ部屋。ここが女の子の部屋だとは……あまり信じたくない。
もっとピンクとかでかわいらしい家具とか……もしくはおしゃれなアンティークとか……そんな女子部屋の理想像があったんだけど。
しかも俺の恋人……彼女なんだよね、この子。かわいくてうれしいんだけど……。
よく見たらユウが座っているベッドも真っ黒だし、フレームには黒い蛇みたいな蔦がたくさん絡まっている。
……ごめん、ちょっと悪趣味とすら思った。
ま、なんだかんだ夢ってうまくいかないもんなんだなー……もう慣れたけどさ。
……あ、そうか。あれだ。グレナデン・シロップは40歳(推定)の縦半分に禿げているおっさんだ。
こんなヤツの恋人になってくれるような若い子だもの、「男は外見じゃない!」的なすごくいい子であることは間違いないだろう。
少しぐらい変わっているところがあってもおかしくないよな。
うんうん、そうに違いない。
そんなことを考えていたら、なんだか無性にいろいろなことがどうでもよくなってきた。
さっきまで凹みの境地にいたはずなのに、不思議と笑いがこみあげてきた。
「なになに? なんで笑ってるの?」
「いやいや、なんかホッとしちゃって。ユウのギャップも含めてさ」
嘘じゃない。この子の明るさは今の俺には本当に尊い存在に思えた。
「私はこれでもPSWの時とはちゃんと演じわけてます。……できる子ですから!
それよりグレピィー、今日も頑張って司令官したね。私がいい子いい子してあげるッ!」
ユウはベッドの上で手を広げ、「おいでおいでー」と言わんばかりに真っすぐにこちらを見つめている。
か、かわいい。こ、恋人って、2人のときはこんなにも甘いものなのか。
20年間彼女なしの俺にはまったくの未体験。うひょう。
「ユウちゃーーん」
俺は闇のベッドに咲く、一輪の赤い花に向けて一歩を踏み出す……。
……いや、待て待て。
何を馴染んでいるんだ、俺は。
かわいい女の子と恋人モードをやっている場合じゃねえだろ。
この世界についてや、エルのことを詳しく聞くとか、やることがあるだろ。
……いやいや、待て待て。
それいる? もう夢から覚めるんだからそんなのどうでもいいじゃん。
どうせだったら、最後にこっちもある種の夢だった女の子とのイチャイチャを楽しもうよ。
かわいい子が手を広げてベッドで待ってるっていう、現実じゃありえないすごい絵が目の前にあるんだぜ?
思考する間もなく……勝負は一瞬でついた。
理性は負けたのだ。
「ユウちゃーん!」
「グレくーん!」
ユウに抱きつき、ベッドに押し倒して目を瞑る。
ああ、いい匂い。
……いい夢だった。
***
ー完ー
***
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
どのくらい時間が経ったのだろう。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
ん?
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
なんだこの振動は。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
遠くの方で地鳴りのような感覚が全身を襲う。この部屋自体を揺らしているように思える。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
俺は目を開ける。やっぱり自宅じゃない。
そこに見えるのは愛おしそうに見つめる大きな瞳と柔らかい感触。
まだ夢から覚めてはいない。
「もうこんな時間かー。そもそもがデッドタイムぎりぎりの迎撃だったしねー」
「……この音は何?」
「PPRの却放出でしょう……って、グレくん?」
ユウはそんなことを呟きながら、俺の頭を撫でていた手を止める。
ぴぃぴぃあーる? 却放出? また知らない単語だ。
「ごめん、却放出って何だっけ?」
「え?」とユウは一瞬驚いたあと、俺を起き上がらせベッドに座らせた。
そして服装をただしながら、「PPRを守るための装置でしょう」と続ける。
その言葉から推測するに、この建物はPPRという名前のようだ。
PPRを守る装置が却放出……この地鳴りの正体か。
俺はどんな状況なのか確認しようと、ベッドから立ち上がり部屋を見渡した。
しかし、窓すらないこの部屋からは何もわからなかった。
「そんなことより、あなた誰? グレナ司令じゃないわね?」
ユウの矢のようなセリフが背中越しに俺を射抜いた。