●第3話● ツインテール女子絶叫す。俺も絶叫す。
俺は成瀬太一。20歳。
居酒屋のバイトを終えて、まかないだけでは足りなかった腹を満たすべく、帰りにコンビニで海苔弁当を買った。深夜、ネット配信を見ながら食べるのが至福の時間なのだ。
そして自宅に着くなりソファに腰かけ、ネットを点けるよりも先に、むしろ海苔の上に載っている白身魚のフライをすでに食べていたような気がする。
でも記憶は曖昧だ。そこからは覚えていない。
ここはどこだ。
今見えるのは、水色に縁どられ苦痛の表情を浮かべるツインテール。その接点に赤い光が混じり、モニターからは燦然とした不思議な世界が広がっている。
「グレナ司令! フォームチェンジ解禁を!」
「ユウの出撃準備はどうなってる!?」
「エル、もう少し耐えて! あと1分半よ!」
けたたましい声が交錯する司令室だったが、俺はボーッとその状況を眺め考えていた。
そう、今わかっているのは、目の前に映る変な髪型。縦に半分禿げている変なおっさんの驚いた表情。
まさかこれが俺の姿なのか?
年齢も40歳近いんじゃないか?
いくら夢だからって、この見た目にグレナデン・シロップって、おふざけ設定にもほどがあるんじゃないか?
いや、待て待て。
きっと司令とは、それなりに歳がいってないと締まらないから、この設定なのでは?
だからさっきのソガキってヤツは、ビビっていたのかもしれない。
なにせ、この外見のおっさんは怖すぎるもんな。
……そうに違いない。
威厳があるという設定のおっさんなのだ。
俺は半透明のモニターに向けて、いろいろな表情をとってみる。
しかし髪型のせいもあってか、どうやってもふざけてるようにしか見えないし、自分だとは思えない。
20年間生きてきて、いきなり変な髪型のおっさんですと言われても、全然しっくりこない。
……どうせ姿が変わるなら若い司令のほうが良かった。
というか、俺にしてほしかったよ。敵じゃなくて。
いや、待て待て。
まぁ夢だし、それでもいいんじゃね? と考えてみる。がしかし。
……やっぱ、だめだって。
こんなの憧れのシチュエーションでもなんでもねえよ。たぶんこの外見じゃヒロインとのロマンスとかもねーぞ。
もう起きようかなぁ。
いや、待て待て。
そんなロマンスは最初から期待してないだろ。もう少しこの世界を楽しもうよ、なんか状況ピンチっぽいし。
さっき世界を救うって決めたじゃん。
……やる気はだいぶなくなったけど。
俺はそんな自問自答を繰り返していた。
「ぎゃあああ」
しかしその声で我に返る。
モニターに映るエルの伸びた左腕が俺(仮)に掴まれ、さらに引っ張られていた。
エルの叫び声が司令室に反響する。
俺(仮)はそのまま躊躇せず、その腕を胴体からひきちぎった。
左腕の水色の彩りが消える。
「ぎゃあああああああああああああああああああ」
エルの叫び声がより大きく響き渡る。
え? 待て待て。
なんだよこれ、嘘だろ。女の子の腕が千切れたぞ。
昨今の特撮ヒーローだったらグロすぎてありえない演出じゃないか?
胸の鼓動が速くなる。なんだこれ、なんだこれ。
モニターの俺(仮)はそのまま、ちぎった左腕をエルに投げつけた。
そしてうずくまるエルの横を通過し、その先へとゆっくり歩いていく。
「クレイドン損壊30%です。これ以上は危険です」
「ユウの出撃準備整いました」
「距離200」
「フォームチェンジ解禁許可を!」
司令室にはさまざまな言葉が飛び交い、騒然としていた。
ほとんどの言葉の矛先は俺に向けられているものだというのもわかった。
そこに「フゥーッ、フゥーッ」と、エルの呼吸を整える息遣いだけが重なっていた。
なんだよ、なんなんだよ、これ。
モニターごしの凄惨な映像。俺の全身から血の気がひいていくのがわかる。
やばいやばいやばい。
「ふざけんじゃねえええええええっ!」
水色のツインテールが揺れた。
エルは立ち上がると、ダッシュで俺(仮)を追いかけ、直前で脇にある廃ビルの上にジャンプした。
その足でさらに屋上を蹴り高く飛ぶ。夜空に幾何学的な水色の塊が浮かぶ。
ツインテール座とかがあったら、こんな感じで見えるのだろうか。
そんなことを考える時間があったかなかったか、エルは手にしていた切り離された自分の左腕を、上空から俺(仮)めがけて投げつけた。
当たる直前で振り返り、手で飛んでくる左腕を叩き落とす俺(仮)。
「まだだだああああああああっ!」
そのままエルも両足を折り曲げ、膝蹴りの形で突っ込んでいく。ぶつかる水色と赤。
一瞬、夜だったことも忘れるぐらいの光の交錯が司令室を包む。
「おりゃああああああああっ!」
目が慣れるとそこには、膝蹴りの状態のまま掴まれ抱え持ち上げられているエルの姿があった。
が、彼女は必死に右手で俺(仮)の顔を殴り続けている。
俺(仮)はそれを受けているが、効いているような感じではない。
というか、赤い光でよくわからないが、表情すら変わっていないように思う。
すると俺(仮)は、両手で抱えていたエルの足を左手のみにして、右手でエルの左足だけを掴みなおした。
「ぎゃあああああああああああああ」
紛れもないエルの断末魔。
エルの左足は本来開かないはずの方向に曲げられた。
……俺は何やってんだ。
鼓動が高鳴る。
女の子が目の前で腕をもぎとられ、足まで折られている。
いくら夢だからって、このままでいいのか?
司令である俺が、この状況を打開するための指示をしないのでいいのか!?
体が震えていくのもわかる。
正直、アニメの世界だけのセリフだと思っていたことを自分に問いかける。
……お前、男だろ?
お前の夢なら、お前が責任を持て!
何度も繰り返し頭の中で考える。で、出した結論。
……ああ、自分の夢の中ぐらい、自分で何とかしてやるさ!
外見とか名前とかもうどうでもいい!
今は目の前にある事態を片付ける!
「ソガキ!」
「ははっ、シロップ様」
ソガキはいつのまにか横にいて、異なる綺麗な瞳をパチクリさせた。
「申し訳ございませんでした。ユウの出撃はもっと早く、やはりシロップ様のご指示通りに……」
「そんなことはどうでもいい! どうすればいい?」
「僭越ながら申し上げます。ユウの戦闘開始まであと15秒、不都合リミット残り30秒。そこから算出される解答はひとつにございます。ユウ出現後、エルをフォームチェンジ解禁、迎撃には10秒あれば事足りるかと思われます」
「は? エルはもう戦えないだろ?」
「今は冗談を話されている時間はありません」
いやいや、エルはもう絶体絶命じゃん。どういうことだ?
フォームチェンジってやつがそんなにすごいのか?
だめだ、わかんねえ。
……こうなったら、ソガキの作戦にかけるしかねえ。
「わかった。ソガキの案にのろう」
「かしこまりました」ソガキはそう言うと、前方にいるスタッフに向け、手早く的確に要件のみを伝える。
そして俺に説明くさい言葉を続けた。
「整いました。解禁指示はシロップ様のみ許された特権です。お願い致します」
俺だけに許された指示。特権。
つまりユウが戦場に現れたら、エルをフォームチェンジをさせる。
フォームチェンジがどんなものか、俺にはわからない。
そのままの意味であれば、よくあるのはゴリゴリな体つきのパワータイプになるとか、体が青くなってスピードタイプに変化、敵を翻弄できるとかだろう。
俺の夢だし、そのへんは単純な意味なはずだ。
ソガキが「事足りる」と言い切るからには、この状況を打破できる切り札であり……だからこそ司令である俺にしか指示できないものなのだろう。
そしてフォームチェンジは、おそらくこの「PSW+」と書かれた半透明のモニターの下にある丸いボタンを押すことで発動できるはず。もちろん間違っていたら困るけど、チャンスは10秒ぐらいしかないらしいし、もはや迷っている時間も、ソガキに聞いて変なリアクションをとられる暇もない。
俺はボタンに指を乗せ、モニターを見つめる。緊張で変な汗が出る。ユウはまだか……。
って、待て待て。
そもそもユウはどんな姿で現れるんだ? あの黒髪っ子だよな? 背の低い。
やっぱりエルみたいに巨大な姿? でもどんな? あのままの黒髪? 水色に発色?
それともすごい装備をした小さいままの子? もしくはなんかの兵器に乗ってる?
だめだ、肝心なことがわかってなかった!
……でも、今は考えるな。とにかく何かが現れたら、エルをフォームチェンジする。
それだけ考えればいい!
ユウはまだか、まだか、まだか。
寒いはずなのに、汗でびっしょりなのがわかる。
実はもう出撃してるのを見逃してたりして?
まだか、まだか、まだか、まだか、時間の流れがすごく遅く感じた。
***
結論からいうと、俺(仮)は姿を消した。
エルのフォームチェンジもなかった。
というよりも、すべての巨大物体がいきなり消えた……気がする。
ユウの出撃もなかった。
つまり俺はボタンを押せなかった。
司令として何もできなかったのだ。
夢なのに名前や外見を受け入れられず、時間を失い指示を誤った。
もっと何かできたんじゃないのか?
ただスタッフたちは喜んでいた。
エルがあんな体にされたというのに。
なんで喜べるんだ。
夢ですら、俺は女の子ひとり救ってやれない。
そう考えたらかなり凹んだ。
もう目覚めようと思った。
海苔弁を食べ、明日になったら学校に行って居酒屋へバイトに行く日々に戻ろう。
そんなことを考えて立ち上がる。
そのときにデスク上のシャーレを落としてしまった。
急いで駆けつけてきたソガキとぶつかる。
「失礼いたしました」そう言いながらも、ソガキはシャーレと中に入っていた土の塊をかがんで片付けている。
この土なんなんだ?
……でも、もういいや。早くも司令ごっこは疲れた。
ただ自分の顔をつねってみても起きられないし、痛かった。
どうすれば元に戻れるんだろうか。
それでも今はとりあえず一人になりたかった。
少なくとも勝利(?)の喜びの声があがっているここにはいたくない。
「シロップ様!」
ソガキたちの声を遮りながら、自問自答を繰り返し司令室を出る。
薄暗い司令室とは異なり、まるでコンビニのように明るい照明で照らされた廊下をあてもなく歩く。
壁はまるでSFの宇宙船のようだ。よくある設定だな……ピカピカで反射もすごいや。
歩くたびに壁にうっすらと映る俺の姿。
ははは、俺もジャージじゃねえか。しかもハゲだし、もはや乱反射だな。
……今となってはどうでもいいが。
***
「本日はお疲れ様でした。そして出撃許可をいただきありがとうございました」
どのくらい歩いただろうか、後ろから声が聞こえた。
振り向くとそこには、見覚えがある黒髪の女子がいた。ユウだ。
はじめてちゃんと顔を見る。
全体は小さめの顔パーツなのに、そこに吸い込まれそうなほど大きく澄んだ瞳が印象的な女の子だった。
「ああ、しかし結局俺は……」
そう言いかけた俺をユウは、すぐそばの部屋へと押し込む。
部屋の扉が閉まったとき、背中越しにユウに抱きつかれた。
「グレピー、ほぉぉぉんとありがとう! すっごく嬉しかった! やっぱり持つべきものは恋人よね!」
は? グレピー? 恋人?
はああああああああああああああああああ?