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● 幕間 ● 数年前のグッドモーニング

 

 遡ること数年前、ある休日の風景。



「そこまで! 勝者は“リチ”。王座を守りましたー!」

 場内にアナウンスが響きわたる。

 リチがフォームチェンジ“隠匿の気概(・・・・・)”で、ベルトを死守した昨日の試合。

 1日経過した朝のニュースはその話題でもちきりだった。

 大歓声に包まれる会場を映したカメラは、ワイプで映像が残されたまま、キャスターの映る画面へと切り替わる。

「続いては18年前の事件の……」

 そして完全に映像が変わると、大熱狂を伝えていた番組と同じとは思えないほど、冷静にキャスターは次の話題を語りだす。


(こんなところかな)

 私はテレビを消して、テーブルの上に広げられた自分の分の食事を片付ける。

 自分の食事が終わったら、時間差で来る同居人のために席を空けるというのが暗黙のルール。私はいつものように、コーヒーの入ったカップを持ってテーブル席からソファへと移動した。


(そろそろ、みんな降りて来る時間かな)

 そんなことを考えていたら、ドタドタと階段を降りてくる音が聞こえてきた。

 音が鳴り止んだとほぼ同時にリビングのドアが開き、その声とともにランが入ってきた。

「ユウちゃんっ! テレビ見たです?」

「おはよう。朝から騒々しいですね。リチさんの勇姿はしっかりと観ました」

 ランは首を横に振りながら、テーブルの席につく。

 彼女は「ちがうですよ! これですよ!」と、テレビのスイッチを入れニュースから番組を変えた。


 この合宿所のリビングは大人数で生活するには少々せまくて、本来ならばソファの近くにテレビがあるべきだろうと思うのだけど、あいにく6人がけのテーブルの上に小さいモニターが置いてあるだけだった。 

 私の場所からは見えないけど、映し出された番組はどうやらワイドショーで、音に耳をすますと「人類の進化で小指がなくなる」という議題について評論家たちが討論をしているようだった。

(朝から何を話しているんだろう……)


「こ、これは大変ですよ。小指がなくったら、指が4本になっちゃうんですよ!」

 ランはテレビを食い入るように観ながら、テーブルの上のスティック状のパンに手を出し食べ始めた。視線はテレビに向いたままで。そこに私達と共同で生活をしている人物のひとり、ミミがリビングに入って来た。


「おはよう」

 私は声をかけた。ランはパンを持つ手を、ミミに向けて振っている。

「ランちゃん、ユウちゃん、おっはよー。きょうもはやいねー」

 ミミは私のいるソファの前を通過して、テレビの音を聞いたのかテーブル席に駆け寄った。

「あーランちゃん、それそれ。さすがですなぁ!」

「おぉ、ミミくん。やはりわかるですね、この重大事件が!」

 ランはパンをミルクで流し込んで、ミミの方を向いた。

「わかる、わかるー。これは事件だよねー。

 小指がなくなるってことは、親指が小指になるかもしれないんだよねー」

「です! 小指が親指になっちゃうこともあるです!」


(……そ、そうなの?)

「小指がなくなるかもしれない話であって、小指が親指になるという話ではないですよね?」

 毎度のことなので、今更突っ込まなくてもよかったのだけど、私は彼女達のトークに思わず口を挟んでしまった。


 するとランがサッと立ち上がり、私のいる方に向かってずんずんと音をたてて歩いて来る。

「ユウちゃんは頭が固いです。パパラン先生は言ってました! “物事はいかなる状況も想定に入れるべき”って」

(パパランって誰? ランちゃんのお父さん?)

 腕を組んだランはソファの前で立ち止まり、私が彼女を見上げる形となった。そこへ、ミミがこちらに向けて続ける。

「わかる、わかるー。あれだよね、親指と小指が入れ替わるかもしれない。ようするに小指の可能性ってやつ?」

「お、ミミくん、さっすが! そう! 親指と小指が逆になったら不便だと思うです! ここに気がつかないようじゃまだまだ子供です」

 ランはこちらをニヤッとした目で見下ろしながら言った。

「わかる、わかるー。ユウちゃん、この重要性がわからないかなー。親指が小指だったら絶対使いにくいんだよー」

 ミミの言葉にランはウンウンとうなづきながら、ミミの方に笑いかけると、その表情のままこちらに顔を返す。あきらかに、私に何か意見を求めているみたいだ。


「えーっと。それは今の小指を動かす感じで親指を動かすのを想像しているからですよね。小指が親指の位置についていたら、小指だって親指みたいに器用に扱えるはずですから問題ないと思うのだけど」

 (あぁ不毛な会話だわ。そもそも、こういう指が入れ替わるという話だったかしら?)


 すると、彼女は「待ってました!」とばかりに即座に言葉を返して来た。

「じゃあ、聞きますけど!『あー耳の中がちょっと痒い!』って思ったとき、ユウちゃんはどーするですか?」

「えっ!? それは我慢をするか……うーん。指でかけばいいんじゃないかしら?」

 私は小指を耳に入れるような仕草をしながら答えた。

 ランはフッと鼻で笑いながら、上半身を曲げて顔を私に近づける。そして大きな声で続ける。

「はっはっはー。ばかめー。指が逆ということは、その小指が親指なんです! 小指だったら届く耳の中も、親指だったら入らないんです!」


 どうだ! と言わんばかりの、ランの自信たっぷりの笑顔。ジャーン!! という効果音でも聞こえてきそう。

「つまりは、そういうことなのです!」

「わかる、わかるー。ようするに人類が進化すると、最終的には親指が小指になっちゃうってことだよね!」

 ミミが相づちを打った。

「そです! ミミちゃんさっすがーです!」

 ランは私の前からクルッと反転し、軽快なステップでミミのいるテーブルの方に戻って行った。

(??? 指が入れ替わったなら小指になった親指でかけばいいんじゃないの? ちょっと待って。でもそれって、すでに指が1本になっているという話だから……あれ、私までなんでこんなに真剣に考えているのかしら)

 ランとミミは大盛り上がりで会話を楽しんでいる。

「ま、いいよね」

 いつものように2人だけがわかる世界の話だなぁと思ったら、微笑ましくなってきた。 

 朝日が差し込むソファの上から、2人のそんなやりとりの光景を見ていると、昨日の試合がまるでなかったかのような気がしてくる。


「今日も穏やかな日になりそう」


 私は欠伸をした。


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