●第10話● 夢見たものは……同じだから
「ユウの損壊はありません」
「不都合の砲台の発射角度変わりました」
「浸食もないようです……」
「ランとミミではなく、やはりエルだったんじゃないか?」
『ちょっとー聞こえてるんだけどー! エルちゃん別任務ちゅーでしょーがー!』
(失礼しちゃうよねー)(ねー)(アイツにはお味噌汁おごってもらおう!)(ラーメンにお味噌汁付けるの? それは通のなせるワザだね)(味噌ラーメンonお味噌汁)(うけるー)
頭を掻くガクキと顎に手をやるソガキ。対照的な2人はじっとモニターを見つめスタッフたちの会話を聞いていた。そこへ扉が開く。
「シロップ様!」
「シロップさまぁ」
「司令!」「グレナ司令!」「お体は?」「司令!」「グレナデン司令!」
おー愛されてるね。
俺は肌寒い司令室へと戻り、フカフカの椅子に腰かける。目の間には巨大モニター。ランミミが不都合の2射撃目を防ぎ、右遠方に爆炎が上がっていた。
『あれあれあれ、司令、今来たの? おっそくなーい?』
(いるかと思ってたよねー)(ランちゃん、あまいでござる)(ご、ござる!?)(ミミちゃんにはわかっていたのでごじゃるよ、司令の声が聴こえていなかったことを!)(な、なんだってー! さすが名探偵ー!)(はっはっはっは! もっと呼んでー)(お、お前はまさか……かの、め、名探偵……ミミッ!)(よくぞ気づいたね、ランくん)((あはははは))
「ランミミ、3撃目が来る前にユウを不都合から引っ張り出せ。ヤツの動きはそのままでも構わん」
俺はすぐに指示を出していた。
『りょーかいだよ!』
(コイツの動き止めなくていいんだよね?)(司令が言ってるんだからいいんじゃない?)(よーし)(水平パンチいっとく?)(時間かかっちゃうよー)(あ、そっかー)((あははは))
ランミミは不都合という名の小山の上にまたがり泥を上部からほじくり始めた。その姿は、子供の泥遊びそのまま。前進する不都合にまたがる泥だらけの紫女。大きな亀に乗ってゆっくり進む浦島太郎を思い出した。……そんなシーンがあったかは覚えてないけど。
「すでに敵の射程圏内ですので、ユウ救出という指示は理解できますが……」
「シロップさまぁ、それでは不都合がぁ、目標に近づいちゃうからダメだと思うのだよー」
少年2人してなんだよ。俺の指示ダメなの? これでも俺なりに一生懸命考えたのに。
本当は司令室に着くまでにいくつかの状況に応じた作戦を考えたかったんだけど、俺の部屋の隣が司令室だなんて聞いてない。考える余裕もなかった俺の思考回路なんて、ユウを助けることが最優先なぐらい、自分でもわかってるんだよ。だから俺的にはこれが最善手なんだよ。
そもそも、本当は司令室よりもポッドのあるところに行きたかったぐらいだ。迷子になりそうだからやめただけで。
「グレ…司…そこにいるの…? …なん…で?」
ユウの声に反応するソガキ。何も返答せず、言葉を返した。
「ユウ、フォームチェンジをお願いします!」
……ま、そうだよな。わかってるよ。ソガキたちが俺をここに呼んだ理由なんて。この目の前にある小さな半透明モニターの下にある丸いボタンだろ。……そう、フォームチェンジ。その解禁特権が俺だけに許されているからなんだろう。起死回生の切り札ってヤツ。でもさ……
「今、フォームチェンジを解禁したらユウはどうなるんだ?」
俺はソガキに尋ねた。
「正直に申し上げますと、この状況でどういった結果となるかは私めも存じ上げません」
「でもでもシロップさまぁー。今もうこの手しかないのだよー」
やはりそうか。どんなことになるかもわからないのに、俺にはボタンなんて押せない。フォームチェンジ自体がどんなものかもわからないうえに、不都合に飲み込まれている状態でなんて絶対嫌だ。……俺はユウを助けたいんだ。そのために来たんだ。
……待てよ。そもそも不都合が活動終了するまでもう少しのはずだ。ランミミが迎撃を続ければ防げそうな気がするんだが?
「なぁ」
俺がそのことを伝えようとしたとき、モニターにはランミミを乗せた不都合が動きを止めて、泥を上へと押し上げ、体を上方へ伸ばしていく様子が映った。そして不都合は次第に縦に長い立方体へと変態した。キャタピラも泥の中へと飲み込まれた。そこにはもう小山はなく、ただの大きな四角い泥の塊が置物のように現れたのだ。
ランミミは変化する途中で飛び降り、不都合の前方で身構える。
『なになに?』
(こういうのなんていうんだっけ?)(んーと豆腐?)(うそぉ、お味噌汁に合うじゃん!)(わかるわかるー! でも泥だよー!)(おおぅ、さすが目の付け所が違うね!)(なんか忘れてるよねー)(あ)((ユウちゃんだ!))(どこ?)
向かい合うランミミと不都合。軽い静寂がおとずれたが、その沈黙を破ったのはスタッフの声だった。
「不都合全身より砲台出現!」
長方形全体から無数のレールが斜め上へとせり出してきた。
「やはりきたのだよー、最初からこれがヤツの狙いだったのだよー」
『「ユウ!」っちゃ』オッドアイたちはモニターから目を離さず叫ぶ。
「……は……い…わか……」
か細い声が聞こえるが、姿はやはり見えない。飲み込まれたままだ。
「いくらランミミでも、ひとりじゃこの数は!」
別のスタッフがこちらに向けて叫んだ。
『ちょっとー聞こえてるんだけどーー』
(うーん、でも数は多いなー)(どうしようかー)(ドリルキックで根本ぶちぬく?)(おーいいねー! でもユウちゃんは?)(あー)(こまったーねー)(ねー)
不都合の淡い光は今日いちばんといってよいほど力強く眩しいほどにその輝きを増していった。目が慣れると無数のレールの上に、例の貨物列車がそれぞれ光を帯びながら根元から少しずつ移動し始めていた。
「やばいのだよ! ユウっちゃ!」
「ユウ!!」
ガクキとソガキの声が重なりユウに放たれる。
「……フォームチェンジッ!」
弱弱しい声から一転、姿の見えない女の子の力強い声が司令室に響いた。
「グレナ司令! ユウよりフォームチェンジ解禁許可申請きました!」
前方モニター前のスタッフのひとりが振り向きざまに叫んだ。
え? えっ? えっっ? とまどう俺。
すると目の前の半透明のモニターとボタンに「PSW+」の文字が浮かび上がった。そうか、エルのときもそうだったな。PSWから申請がこないと、俺でも強制的にフォームチェンジ解禁指令は出せないということか! しかし……どうする? 押すか?
いや……どうなるかわからな……押すしかないだろ! それ以外の選択肢を俺は導きだせない……ここで迷っていたら、前回と同じだ!
「ユウッッッ! フォームチェンジ解禁ッ!」
俺はもっと声にならない声も一緒にあげていたと思う。「PSW+」と書かれたボタンを押した手には、かなりの力が入っていた。
目の前の半透明のモニターに吸い込まれたような感覚に陥る。
そのとき、不都合が赤く発光しだした。
「ランミミ離れるのだよー」
ガクキの声に反応して、形作る紫の濃淡が不都合から遠くに移動する。同時に不都合の中央が真っ二つに裂け、赤い光が中央で眩しく輝いていた。かすかに見える、人のカタチ。ユウに間違いない。ひとつの長方体から2つの細い長方体にわかれた不都合は、ユウを中心にして左右に崩れ倒れる。その際、せり出していていたレール、その上の貨物列車を自らの周りにボトボトと落とした。
巻き起こる大爆発。
辺りは火の海に包まれ、ものすごい量の黒い煙が上空を包む。俺はそれを傍観していた。煙で視界は見えないはずなのに、ユウの姿がはっきりと見えていたようにも思う。
そこで俺は今まで見たことのない体験をした。
フォームチェンジの光景。それは女の子が変身、いやロボットが変形するのに近かった。パワータイプだ! スピードタイプだ! なんてものではなく、その目を疑ったぐらいだ。ユウの腕が自分の体の中に押し込まれたかと思うと、頭が首の位置から前方にぐにゃりと曲がり、胸の中に組み込まれた。その反動で背中から押しだされた鋭利な切っ先が頭のあった場所へとぐるっと飛び出す。2本の足も1本になり細く細く、麺をのばすかのように長くなっていく。
つまりユウは一本の槍のように長い剣へとその姿を変形させたのだ。
こ、これがフォームチェンジ。
「うまくいったようでございます」ソガキが俺に声をかける。
「そ、そうなの?」
爆炎の中に割れた不都合、中央にそびえ立つユウ槍剣(仮)。あれなんていうんだ?
不都合は再びユウを取り込みひとつの体に戻ろうとしている。
「だ、大丈夫か?」
「フォームチェンジが解禁された今、我々の勝利でございます」
「ランミミー、あとは頼むのだよー!」
『まっかせなさーい!』
(ユウちゃんひとりじゃ何もできないからねー)(そうそう、やっぱりチャンピオンがいないとねー!)(もとね!)(そうだったー)
ランミミはその脚力を活かしたダッシュで、不都合のからユウを奪取。その手に構えた。ちょっと何を言っているかわからないかもしれないが、爆炎に包まれている夜の山で、紫色の大きな女子が、馬鹿でかい真っ赤な槍剣を装備して、淡い光を放ちながら高層ビルぐらいある泥の塊と対峙している。
『ガッキくーん。つまり泥は焼いて固めちゃえ作戦ってことだよねー』
(もう顔についた泥が乾いてカピカピだー)(お風呂一緒にはいろー!)(水の中にいるけどねー)(ねー)
「そのとおりなのだよ。今不都合は自身のまいた爆発でだいぶ動きが遅くなっているのだよ」
「このままにしておいても安全だとは思われますが、憂いを断つためにもお願い致します」
『はーい。ってランミミちゃんも、そろそろ活動限界! これで一気に決めるよー』
(いっくぞー)(おー)(固めて斬る!)(硬めがいいよねー!)(今日はバリカタにしよー)(いいねー)
縦に割れた不都合は泥を中央に集中させ、もとの長方体に戻ろうとしている。そこをランミミが手に持ったユウで横に切り裂いた。触れた瞬間に赤く光り、瞬時に固まる不都合。その後、遅れて横に筋が入り、十字に崩れ落ちる。とはいっても、斬られたひとつひとつの断片がそのへんのビルぐらいの大きさがあるので、落ちた音はすさまじい。さらにランミミは何度もユウを振るった!
『さすがユウちゃん、さくさくいける!』
(こ、こいつは泥豆腐!)(おお。なんという素晴らしい例えなのですか!)(はっはっは、わかるかね名探偵くん!)(つまり泥じゃなかったら豆腐ということですね!)(そのとおりだよ!)(うけるー!)
す、すごい。ユウ(?)で斬ったはずなのに、剣筋だけが先行して、そのあとに遅れて切れ目が入る。しかも切れ目が入る寸前に不都合の断面が一瞬燃えたように赤くなり、すぐに黒くなっていた。
「驚かれましたか?」ソガキがモニターを観ながら俺の傍にやってきた。
「ユウのフォームチェンジの別名は“消失の炎”。鋭利な武器ということだけでなく、焼き尽くせないものがないのです」
ん? つまり、あの一瞬で一度焼き尽くして固形化させてから切り裂いているということなのか。
「ただし、フォームチェンジをしてしまいますと、ユウひとりでは何もできなくなってしまうリスクがあります。ですから、あの状態でのフォームチェンジはある種のかけでございました」
そんな言葉を横目に、モニターで繰り広げられているランミミの動きを目で追う。
ユウ……。
***
その後の顛末。不都合が完全に沈黙し姿を消すと、ランミミとユウも姿を消した。
湧きたつ司令室。かくゆう俺は、「ともあれ、我々の勝利でございます」というソガキの言葉まで、緊張しっぱなし、力入りっぱなしで状況を見ていた。すぐにでもユウに会いに行きたかったのだが、不都合消失後、ガクキがポッドルーム(?)にすっとんで行ったので、今はグッと堪えることにした。
「グレナデン司令、お疲れ様でした」
「お先に失礼します」
そんな言葉とともに、司令室をひとり、またひとりと出ていくスタッフたち。雑談をしている者もいれば、GSに向かって何かをしている者、それぞれだ。彼らのこともいずれ名前で呼ぶ日がくるのだろうか……今はモブだけどな! なんてことをボーッと考える。
俺は疲れたのか、ホッとしたのか、クラクラが残っているのか、自分でもよくわからない状態だった。大きく息を吐いて、椅子に沈み込む。まぁ、フォームチェンジ解禁の司令としての決断とタイミング、今回は間違っていなかったよな? ……前回よりもうまくやれたよな?
「シロップ様、お休みのところお力をお貸りすることになってしまい、我々の力不足、大変申し訳ありませんでした」
最後まで残っていたソガキが俺を覗き込んだ。
「気にしないでくれ。俺も何かを思い出すキッカケになればと思ってきただけだ」
「お心遣い、感謝致します」
「なぁ、ランミミのほうをフォームチェンジさせたらだめだったのか?」
なんとなく疑問に思っていたことを口に出した。
「ランとミミはすでにあの状態がフォームチェンジをした姿でございます」
え? はいでたー! またもや謎発言ー! 俺解禁許可だしてないけどー!
でもなんかもう頭に入ってこないというか、今は考えるのもめんどくさい。
いや、待て待て。
……それはつまり、ランとミミはフォームチェンジができなかったということだろ。だからユウをフォームチェンジさせるという選択肢しか、あの戦いにはなかったということだ。となると、俺は本当にフォームチェンジをさせるためだけの要員として、この場に呼ばれたことになる。
……くそがっ!
……でももうそれすら今はいいや、なんか疲れた。
「それでは事後処理が残っておりますゆえ、お先に失礼させていただきます。シロップ様もお休みください」
「ああ、部屋が近いこともわかったし、もう少ししたら戻るよ」
「左様でございますか。……では私めはまた後程」
「そうだな、今はひとりにしてくれ」
「かしこまりました」
ソガキは俺に一礼すると、司令室の扉の方に姿を消した。
俺はモニターの薄暗い明かりの中、シャーレに入ったクレイドンを見ながらこれまでのことを考えていた。
……もうほぼ確定といってもいい。
ここは夢の世界じゃない。もちろん薄々は気付いていた。でも、ずっと夢だと思いたかった。夢という保険をかけておきたかったんだ、自分自身に。
でも夢の世界でないのなら……。
ここはどこだ?
現実のようにも思うが、俺の住んでいた世界とはいろいろと違う。かといって、中世ファンタジーのような世界でもない。けれどウォイド山など知らない地名だらけだ……。
消失の日……意識を失うほど熱い日中のはずなのに、これまでモニターを通してみた世界の草木は生い茂っていた。しかし建物はすべて廃墟だったようにも思う。この俺の世界の自然の理と不自然さの融合。この答えは何だ? 文明が一度滅んだ未来? はたまた異世界とでもいうことになるのだろうか?
そしてこのグレナデン・シロップと呼ばれる俺は誰だ? 俺であるはずのタイチ20歳は先刻、赤い巨大な物体だった。ユウもソガキもガクキもエルも……誰もかれもが俺ではない、ここにやってくる前の俺を知っていた。だからこれは転生物語ではない。そう、俺は生まれ変わりじゃないし、姿も変なおっさんなんだ。むしろ現実よりも歳を重ねているし、すぐ隣の司令室まで走っただけで息切れする、中肉中背の体なんだ。チート能力もない。あるのは得体のしれない謎の権力。
だめだ、考えれば考えるほど意味がわからない。俺はこの世界で何度同じ自問自答を繰り返せばいいのか。
夢でないのであれば、俺はこの世界を受け入れなければならないのか? 今となっては、「うひょー最強シチュエーションの夢だー」なんて呑気なことを思っていた自分を恥じたい。何が「夢なんだから好き勝手にやろうに断定」だ。物語のほうが好き勝手に進行している。唯一の希望はユウだが、彼女も俺に何かを隠している節がある……。
そう思ったら無性に元の生活に帰りたくなってきた。海苔弁を食べようとしたあの頃に戻りたい。この世界は謎だらけなうえに、責任が重すぎる……俺があそこでフォームチェンジを解禁をしていなかったら、どうなっていたんだ? それでいて無責任ともいえるぐらい、俺の采配は信用されていない。
嫌すぎる。もう学校とバイトを行き来する繰り返しの毎日でいい。もしこれがグレナデンシロップの呪いなら、これからはグレナデンシロップを使ったカクテルとか、デザートとかを店長に提案するから許してほしい。まじで。
……でもわかっている、もうわかっているんだ。
今はグレナデン・シロップという人間になるしか、俺の生きる道がないことぐらい……。
誰もいなくなった司令室。フカフカの椅子に腰かけ腕を組む俺に、見透かしたかのようにGSの音声が響く。
『YO-シロップ! YO-やく、オイラたちと一緒に戦う覚悟が決まったかYO!』
仕方ない……か。
「なぁ、この防衛組織に名前ってあるのか?」
『対異質物対策機関「オーウェザー」だYO!』
不覚にも俺はカッコイイと思ってしまった……。
ようやく話のスタート地点まで書けました。。。