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国王トラウルの逆鱗

「ラドラス、お前はまた問題を起こしてくれたようだな」


背後に威圧感を感じながらも、聞き覚えのあるその声に、ラドラスは内心げんなりした。鍵を回す手を止める。


振り返って見返すと、この国の王、ラドラスの兄のトラウルがそこに立っていた。


「……兄上」


短く刈りそろえられた黒髪は、王冠でゆるく押さえられてはいるものの、所々ウェーブとなりまとまっている。アーモンド型の目は髪と同じく黒色で、その知性を表しているように深く、そしてどこまでも濃い。


子供の頃は大好きだった優しい兄が、その類まれな才能を発揮し始めると、周囲はこぞって未来の王だとはやし立てた。その頃から、トラウルとラドラスはその兄弟の距離を、周囲によって置かれてしまった。


「嫌だよ、兄さんと一緒じゃなきゃ」


「ラドラス、トラウルには王のなんたるかを話さねばならぬ。お前が周りをちょろちょろしてては、勉強も手につかなくなる」


「僕、ちゃんと大人しくしてるからっ‼︎ 兄さんだけ、父上と一緒にいられるなんて、そんなのずるいよっっ」


パンッと乾いた音が響いた。


頬に痛みがあり、平手打ちをされたことはわかったが、心がついていかなかった。


「わがままを言うな」


幼いラドラスは涙を浮かべながら、父親を見た。そこにあるのは冷ややかな視線。


「お前の兄はこの国を統べる王となるのだ」


反抗心が勝った。


「だったら、僕も王様になるっ」


そして、さらに同じ頬を叩かれた。


「お前は王にはなれん。その赤い髪……ああぁ、こんなことがあっていいのか」


その言葉の正確な意味は分からなかったが、赤い髪のせいで王にはなれないことは理解した。


(そして、この肌……)


みなは黄色味を帯びた肌色なのに、自分は褐色。それは滑らかな飴色と言ってもいいくらい、茶味を帯びていた。


その後、国王の城よりは小ぶりな離れに、ひとり身を寄せた。離れといっても、先代の王が隠居に使っていたなかなかの立派な城であったのが、ラドラスのプライドを傷つけずに済んだ。


(けれど、まあ俺は王位には関係ねえからな。好きに生きるさ)


城の装具品や美術品を滅茶苦茶に壊して回ったり、侍女を言いくるめ抱いたりを繰り返しながら、この二十の歳を迎えている。悪友たちも増え、従え、徒党を組んで悪さをし尽くした。


兄であるトラウルが、ラドラスにずいっと寄る。トラウルの困り顔というか呆れ顔は、それこそもう何度となく見ていて、見飽きているほどだ。


「お前の女癖の悪さには、本当に辟易する。その部屋に女を囲っているのだろう」


「これはこれは兄上、どうしてこんな狭くてむさ苦しい場所に?」


嫌味を含んだ言い方で、ラドラスはトラウルの顔を睨めつけ見た。


「遊びは大概にしろと、あれほど言ったではないか」


「あんたは大変だなあ」


ラドラスはすかさず言葉を重ねた。


「がんじがらめで遊べねえし、全然好きに生きられねえもんな。それに比べて愚弟の俺は、好き勝手できて幸せだよ」


「ふざけるんじゃないっ‼︎」


激昂する声が廊下に響く。その言葉と同時に、ガタンと部屋の中から音がした。


トラウルはドアに目を遣った。それを見て、すかさずラドラスが身体をその視線との間に滑り込ませた。


「もういいだろ、本宅に帰れよ」


「いや、まだだ」


トラウルが手を伸ばす。ドアの取っ手を掴んで回そうとした時、ラドラスがその腕を掴んで、それを阻んだ。


「おい、勝手に入るな」


ラドラスの少しだけ焦りを含んだ声に、トラウルが反応した。腕を外して、すぐに空いた手でドアノブを回した。


「おいっっ」


そして、ラドラスの肩に自分の肩をぶつけながら、部屋の中へと押し入った。


そこには、足を鎖で繋がれた、ニルヴァの姿が。初めて見る男の姿に、ベッドの上でカタカタと震えている。


「……ラドラス、お前一体何をやっているっっ‼︎」


トラウルの怒号に、ニルヴァは両足を抱えた。


ラドラスがトラウルの肩を掴む。それを振り払って、トラウルはずかずかとベッドへと進んだ。


「鍵をよこせ……」


足首に巻かれた鎖を引っ張って外した。


「鍵をよこせと言っているっっ‼︎」


その言葉でラドラスがポケットから鍵を取り出し、ベッドへと投げた。それを掴むと、トラウルはガチャガチャと何度も鍵を差し込み、ようやく鎖が外れると、近くにあった毛布をニルヴァの身体に巻きつけて、そして抱き上げた。


細く息を吐いて、怒りを抑えようとする。こめかみに青筋が浮かび上がっていて、ラドラスはトラウルのあまりの激怒に嫌な予感を抱えた。


「愚かな弟よ、お前はこの女性が誰だか知っているのか?」


頬がぶるぶると震え、トラウルの優しさや知性をたたえるアーモンドの目は、悪魔のように釣り上がり、そして真っ赤に充血している。


「この女性は、アイル王国の第四王女、ニルヴァニア王女だ」


言葉が出なかった。その言葉に驚きしかないラドラスは、言葉を、声を失った。


「お前は、このサンダンスを滅ぼす気かっっ‼︎」


ラドラスにそう言い放つと、トラウルはニルヴァを抱き上げたまま、部屋を出た。


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