赤髪の王子ラドラス
ドアがばんっと勢いよく開けられるのが、ニルヴァにとって一番の苦痛だった。
王様のように横暴な男が、赤い髪を振り乱しながら入ってきてベッドにドスンと腰を下ろす。
ニルヴァはその度にびくっと飛び起きて、そして壁へと身を寄せた。また乱暴に扱われるのかと思うと、全身に力が入る。
けれど、男は睨みつけてくるだけで、前のように腕を掴んではこなくなった。
「これを塗れ」
懐から何やら出して、ベッドの上にぽいっと放った。よく見ると、小さな丸い容れ物だ。
「切り傷に効く軟膏だ。その傷に塗っておけ」
ニルヴァは震える両手を握り合い、決してその容器に手を伸ばさなかった。
恐怖を連れてくる存在がすぐ側にいることに、唇を強く噛んで耐える。
「おい、そんなに唇を強く噛んだら、傷ができてしまうぞ」
赤毛の男が手を伸ばしてくるのを見て、咄嗟に顔を両膝の中に埋めた。
「そんなに、……怯えるな」
そうっと顔を上げると、男はいつのまにか手にしている容器の蓋を開け、指で軟膏をすくっている。
「傷を見せてみろ」
ずいっとベッドの上に乗ってくる。ニルヴァは壁側へとさらに身を縮こませた。
「腕を見せてみろ」
鎖を引っ張られ、それと同時に腕が連れていかれた。手首に痛みが走って、呻き声が出てしまい、ニルヴァは慌てて口を噤んだ。
その様子を見て、男が持っていた鍵で鎖を外す。
「また逃げられるといけないからな。外すのは腕だけだ」
手首には横に二、三本の擦過傷があり、それぞれに血が滲んで真っ赤に腫れ上がっている。
男が手を取り、その指につけていた軟膏をぶっきらぼうに塗った。
「くそっ、なんで俺がこんなことをっ‼︎」
独り言だとわかっていても、ニルヴァの身体は敏感に反応してしまう。
手を離すと、今度は軟膏をニルヴァに向かって投げつけ、言い放った。
「足にも塗っておけ。それに今度からは自分でつけろ」
赤い髪の男は立ち上がると、ドアに向かってドスドスと歩いていく。
ニルヴァはほっと息を吐いたが、男がドアの前で立ち止まったのを見て、慌てて緊張し直した。
「あと、俺はラドラスだ。この城の、」
言葉が止まった。けれど、すぐにラドラスはドアを開け、そのまま出ていってしまった。
(この城の、……の後は何を言おうとしたんだろう?)
ニルヴァは投げられた軟膏の容器を開けると、足の鎖の間を縫って、傷に塗った。
とりあえず手首だけは鎖を外され、それだけでも助かったような気がして少しだけ安堵し、ニルヴァはそのまま横になって眠った。