誰にも必要とされずに
まさかこんな目に遭うとは思ってもみなかった。
身の回りの世話をしてくれる侍女が運んできてくれたスープを飲みながら、ニルヴァはベッドの上で呆然と放心していた。
「……こんな酷い目に、遭うな、んて、」
青色の瞳から、涙が一粒、溢れて落ちた。
いや、わかっていた。女の身ひとつでこの広い世界に旅に出るなど、それこそ自殺行為に等しいものだということ。
わかっていて、城を出たのだ。
(この眼やこの髪が全ての元凶、ううん、私自身が……)
ニルヴァは、大陸の真ん中に位置するアイル王国の第四王女だった。上に姉を三人、下に弟を二人、兄弟姉妹たちと幸せに暮らしていた、はずだった。
兄弟姉妹は皆、王である父、王妃である母に瓜二つの容姿、黒髪と黒の瞳の持ち主だ。もちろん、ニルヴァは自分の髪の色が他の姉妹たちと違うことを、幼い頃からよく理解していた。
「なんで、あんな子が生まれたんでしょう」
「王妃が浮気、だなんて、絶対に他言しちゃダメよ」
ニルヴァのような銀髪や青の瞳の者などは、アイル王国のどこを探しても見つからない。他言はせずとも、城外に漏れ、そして国中の知るところとなった。
その頃から、兄弟姉妹の目が冷ややかになったことに、ニルヴァは気づいていた。
「ニルヴァはお父様の子じゃないってことでしょ」
「正式な王女じゃないってことじゃない」
「この城のことは、私たちや弟たちに任せて、あんたはどこかに行っちゃってよ」
特に上の三姉妹が口を揃えて出て行けと言う。それを黙認している父母の様子を見て、ああ、そういうことなのだな、と悟ったのが十六歳の誕生日だった。
(自分は必要とされていない。ううん、私の存在は邪魔なだけ)
浮気で出来た子だろうと、王妃である母親が後ろ指を指されて肩身の狭い思いをしていることを、侍女たちの噂話で知っていた。
この城には、居ない方がいい。
そう結論を出したのが十八になった今。少しのお金と軽装で城を出た。
王女や王子が行方不明とならば、誘拐か、などと捜索隊の兵が集められ、必死になって探されるはず。
(私の後は、……誰も追ってこない……誰も、私を探さない……)
現実に打ちのめされ、ニルヴァは人知れず野営した山の中や森の中でひとり泣いた。
誰にも必要とされない惨めさ。悲惨でみっともない自分を悲しく思った。
「どうして、こんな髪に生まれてきちゃったんだろう」
ぽろっと溢れる涙。宵が深くなり、横になって眠る時。涙だけが頬を伝って、硬い地面に落ちていった。
マントを身体に巻きつけ、フードを深く被る。行く当ての目星はつけているが、頼ろうとするその伯母の城まではまだ遠い。
そんな中、盗賊のような男たちに襲われ、その中の首領だろう、赤い髪の男にこの城へと連れてこられた。
辱められ、もう死んでも良いと思い、窓から飛び降りた。その時に折った腕が、数週間経ってもまだ痛む。
(それに、これ、)
右手首と、右足首につけられた鎖。擦れた皮膚から常に血が滲み、腕も足も少し動かしただけで激痛が走った。
「なんで私がこんな目に遭うの……うう、んう、……こんな目に遭ってまで、い、生きていたくない。……もう死んじゃいたい」
誰にも必要とされない痛みとともに、捕らわれて辱めを受けているニルヴァは今、泣きながら絶望の淵に立っていた。