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ニルヴァの傷

「……何というむごいことを」


城の専属医師を務めているイロンが、呟きながらそっとニルヴァに毛布をかけた。


横たえられたニルヴァの顔は青白く、血の気がないように見えて、ラドラスの心はなぜかざわついた。


左腕にぐるぐる巻きに巻かれた包帯、けれどそれ以上に全身に痛々しい青痣や内出血の数々。


ラドラスが乱暴にニルヴァを抱いている、一つの証拠でもあった。


「どうして、こんなことができるのですか」


低く抑えた声で責めるように言うイロンの言葉をラドラスは耳に入れたくない気持ちになった。


「どうしたら、このような鬼畜の所業ができるのかと聞いているのですっっ」


老年期に入っても尚、医療の道を歩み続けるイロンを、ラドラスは苦手としながらも、深く敬愛していた。早くに親元を離れたこともあり、あるいは親代わりの存在だと思っていたのかもしれない。


けれど会えば、自分の生活態度などを説教されるのはわかっている。それもあって最近、この中庭から自ずと足は遠のいていた。


「俺の女なのだから、どうしようと俺の勝手だろう」


「愚かだとは思っていましたが、ここまで大馬鹿者だったとは……先代の王、リヒテン様もさぞ天国でお嘆きでしょう」


はああっと大きな溜め息を吐くと、イロンはイスに腰掛けた。


「あなたはサンダンス王国の第二王子なのですよ。その自覚たるや、これっぽっちもお持ちでないとは……」


「俺に説教をするな。それより、ニルヴァの怪我はどうなのだ」


「腕が折れています。当分は、動かすこともできますまい。あとは、頭を打ったかどうか……見たところ、大きな出血もなし、様子を見て、というところでしょうか」


「ふん、驚かせやがって。腕が折れたくらい、どおってことはない」


「ラドラス様っっ」


ラドラスが、ムッとした顔を向ける。


「もう乱暴するのはやめなさい。そんな蛮行、私が許しませんよ」


「何を言う、俺が拾ってやって、」


「ラドラス、」


ドスの効いた声に、ラドラスが両手を上げた。


「わ、わかったよ」


後ろめたそうに、そう言いながらベッドに近づく。伏せられたニルヴァの顔を見つめた。


(そうか、気がつかなかったが……こんなにも痣だらけにしていたのだな)


細い腕に、複数の内出血。押さえつけた時についたと思える、痣の数々。


ラドラスはその青痣から目を背けるようにして、ニルヴァの寝顔を見た。


(睫毛も……銀色だったのか)


唇に視線を移す。いつもは固く閉ざされている唇が、ふわと半開きになり柔らかさを保っている。


(今なら、きっと……)


「ラドラス様、ちょっとお手伝いください」


包帯と格闘しているイロンの声に、はっと我に返ると、ラドラスはニルヴァの寝顔から目を離した。


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