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崩れ落ちていく

もう大丈夫です、お離しください、みなの視線が痛くなってきてそう言うと、ラドラスは優しげにイスを用意してくれ、自分の隣の席にニルヴァを座らせた。


徐々に気も落ち着いてきて、ニルヴァは息を吸ったり吐いたりしながら呼吸を整える。先ほどから行われていた演目も、ようやく目や耳に入ってきて、ニルヴァはそれに目を向けた。


楽団が奏でる音楽。舞踊、そして武技。


(はああ、やっと終わる……)


もともと、宴席とは縁遠い生活だった。


アイル王国では、ニルヴァは宴には出ないでよと、兄弟姉妹からきつく言いつけられたし、両親の嫌そうな顔を見るのも憚られたからだ。


(私を、第四王女として外に出すのを、極端に嫌がっていたから)


目の前にある美味しそうな食事も、きっと喉を通らない。


隣でラドラスが、最初はしきりに料理を勧めていたが、途中からそれもしなくなっていた。


(あと、一組だ)


宴席が終盤に差し掛かり、ようやく宴の終わりが見えてきたというところで最後の演目は曲芸だという。


ふと、横を見ると、ラドラスの目が曇っていた。


その視線は、今から最後の演目が始まろうとしている大広間の中央に。


色とりどりの衣装を着て仮面を被った、曲芸団がその出番を待っている。


「ニルヴァ、悪いが席を代わってくれないか」


低く抑えた声。ラドラスの表情は固い。


「ラドラス様」


ニルヴァが慌てて席を代わり、王トラウルの隣に座した。


テーブルの端に座ったラドラスは、足を大きく開いて、その席から直ぐに飛び出せるようにというように、地に足裏をしっかりとつけている。


「曲芸団の人数は、八人と聞いている。一人、少ないのではないか」


「本当です。お一方、見当たりませんね。どこに居られるのでしょうか」


そのうち太鼓がタンタンと叩かれ、獅子舞が始まった。獅子の大きな仮面を持つ男が、躍り出た。そしてそこから伸びる布の中に、どうやら男が二人。身体をくねらせて、その獅子の頭の動きに合わせている。


すると、仮面を持った男が、すぐ後ろについていた男の肩の上にひらりと飛び乗った。


そこで、おおおーと、どよめきが起こった。


「すごい、」


ニルヴァも思わず、拍手をした。


けれど、見入っている場合ではない。ラドラスの腰を浮かせた体勢の、その緊張感を考えると、なにが起こるかはわからないが、なにかが起こるかも知れないと心づもりをつけておくのが正解だ。


ニルヴァは、曲芸団の周りを見た。


ふと、先ほど揉めたアリシア王女がこちらをぎっと睨んでいるのに気がついた。


(あの人も、ラドラス様を好いている様子だった)


ニルヴァは居たたまれない気持ちになったが、ラドラスの凛とした態度に助けられ、平静を保つことができている。


(でも、私も……好きなのです)


この時、ニルヴァはとっくに自分の気持ちを認めていたのだ。


だからこそ。


(手を引っ張ってあの場を連れ出してくれて、そして抱きかかえてくれて。嬉しかった……)


また、他にも助けられていたことがあった。


今、心が凪いだ湖面のように静かなのは、ラドラスの言葉のおかげなのだ。膝の上で抱きしめられている時、大きな広い胸に頭を預けていると、ラドラスがぽつりと言った。


「お前のその青い瞳は、宝石のように綺麗なのにな。それが分からぬとは、それこそが俺には分からぬというものだ」


なんと、それが当たり前のように言ってくれたのだ。自分たちは間違ってはいない、間違っているのは彼らなのだと。


魔法のようなその言葉に、ニルヴァは失われつつあった自信を取り戻し、そしてニルヴァ自身、自分を愛せるようになったのだ。


睨みを利かせているアリシアから、そっと目を逸らす。


(けれど、私だって、ラドラス様を諦めるなどできない)


そんなことを考えながら、獅子舞を遠い目で見る。


(私はこんなにも、ラドラス様を愛しているんだ)


湧き上がる恋情。


どうしようもなく、熱い想いが込み上げてくる。


恋焦がれて、胸が焼き切れてしまうのではと思う。


大広間の中央では、獅子が上へ下へ、そして右へ左へと動きを早めていく。後から入った笛の音が、ヒュルリヒュルリと動きに合わせて鳴らされる。


肩車をした獅子の頭が激しく動き、その動きに合わせて、胴体も踊る。


息ぴったりの素晴らしいその曲芸技に、みなの視線が集まっていた。


その時。


今まで一度も開けられなかった獅子の口が、がばっと開いた。


(え、?)


中でキラッとなにかが反射したのが見えた。


ラドラスと席を代わったことで、ほぼ真正面から獅子の口の中を見ることができたニルヴァは一番に気づくことができたのだ。


「トラウルさまっっ」


とっさに立ち上がり、トラウルとテーブルの間に、身体を滑り込ませた。そして、獅子を真正面で捉える。スローモーションのように、短剣が飛んでくるのが見えて、ニルヴァは目を瞑った。


どんっと横腹に衝撃があり、その衝撃に瞑っていた目を、開けた。


すると。


獅子舞の輩に向かって、ラドラスが剣を振りかざして走り込んでいく、広く大きな背中が見えた。


振り乱れる赤い髪、ゆっくりと動く背中の筋肉、その太い腕が振り上げるのは、すらりとした大きな剣。その剣を振り回しながら、大広間の中央へと、突っ込んでいく。


キンっという金属音が鳴り響いた。


ラドラスの剣が、獅子舞の仮面に当たったのだ。


仮面は真っ二つに割れようとしていた。


すると、小柄な男が割れて落ちていく獅子の仮面の中から姿を現し、すとんと降りて、地面を蹴った。地面を蹴ると、後ろにくるりと宙を舞う。


素早い動作だったが、その男の真上を、ラドラスの剣が大きく振りかぶって、切った。


剣は空を切ったが、すぐにも剣の柄を返して、真っ直ぐに突く。


胸をどんっとその切っ先が貫いた。


その拍子に小柄な男が後ろへと倒れ、それが致命傷になったのか、それとも倒れた時に頭を打ったのか、倒れたまま静かになった。


(ラド、ラスさま、す、ごい)


拍手を送りたい気持ちになったが、横腹に鈍い痛みがある。


ニルヴァは、まだ剣を振り回しているラドラスから目を離して、痛みの元を見ると、横腹の腰骨の上あたりに短剣が刺さっていた。


(わた、し、さされて、る)


ニルヴァは過去、怪我をした時や毒蛇に噛まれた時、城の専任医師のイロンの元に通っている間、色々な医術を教えてもらっていたのだが、この場合どういう処置をするべきか、今はまったく頭が回らない。


ただ、刺さった短剣は抜かない方がいいということだけは、わかっていた。


気が遠くなっていくような気がした。足元から、がらがらと崩れ落ちる感覚に襲われる。


ニルヴァは片手で刺さっている短剣の部分をそのまま押さえ、片手をテーブルに手をつき、持ちこたえようとした。


(ら、ラドラス、さ、ま)


見ると、来賓やそのお付きの者たちが、大きな口を開けながら逃げ惑っている。叫び声は阿鼻叫喚のものなのだろうが、ニルヴァの耳にはまったく入ってこない。


ただ、狂ったように剣を振るうラドラスの姿が、ぼんやりと見えた。


「ニルヴァっっ」


はっとして、声の方を見る。


鬼の形相をしたラドラスが、こちらに向かって走ってくる。その後ろにはバタバタと倒れた男たち。


「ニルヴァああ‼︎」


真っ赤な髪を振り乱して。


「ラド、ラス、さ、ま……」


視界が赤く色づいていく。真っ赤な血が、目の前を染めていくようだと、ニルヴァには思えた。


そしてニルヴァはその場に崩れ落ち、意識を失った。


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