優しい花束
「はああ、まったく。あの二人はいつになったら、両想いだということに気づくのでしょうか?」
イロンが呆れたように言いながらあごをくいっと向けると、ティーカップに口をつけて、お茶をすすった。
向かいに座っているトラウルが、イロンがあごを打ったその方向を見ると、花畑でラドラスとニルヴァが二人、お互いに距離を取って花を摘んでいるのが見えた。
「なんだ、あれは」
トラウルが、ぶふっと吹き出した。
「トラウル様、なんとかしていただけませんか。あの二人、お互いに想い合っているというのに、一向にくっつく気配がないのですよ」
イロンの溜め息交じりの言葉に、トラウルはさらにくくっと笑った。
「ははは、離れていた期間が長すぎたのか、なんとも拗らせているものだな。ラドラスも、うっかり手も出せないみたいだぞ。あんなおろおろしたラドラスを見たことがあるか? 我が弟は、こんなにも腰抜けだったのかと思うほどだ」
「赤髪王の名は返上ですな」
はははと笑い合うと、二人はそれぞれに席を立った。
「おーい、ニルヴァ、もう行くぞ」
テラスからイロンが声を掛けると、その声にニルヴァが反応して、振り向いた。
この日、ラドラスは城周辺の警備の合間を縫って、休暇を取って城へと戻っていた。
兄王トラウルの命令もあったが、ラドラスはニルヴァが自分とのキスを欲してくれた、という現実に背中を押され、それから半年後にようやくこうして城の警備の任務に就いた。
(何度も、夢なのかと思ったが……)
ニルヴァとの熱い抱擁と、キスを思い出す。
柔らかいニルヴァの唇を、貪るように覆った自分の唇が、それをはっきりと覚えているのだ。
そして、そのことを思い出すたび、胸は熱くなり心臓は高鳴った。
涙を流すニルヴァを残して国境に戻り、任務を完璧に遂行した。その半年もの日々が、拷問のように長かった。
(ニルヴァが俺を求めてくれたというのに……)
最初の一ヶ月ほどは、そう思うことができた。けれど、時間が経つにつれ、ラドラスの自信は、見事にするすると滑り落ちていった。
こうして離れている間、ニルヴァが誰かのものになっていたら。
ニルヴァに好きな男ができていたら。
不安な要素は、それこそ泉のように湧いてくる。
(けれど、……)
そうだったとしても。
ニルヴァがその男と幸せになってくれればそれでいいんだと、今まで通りに自分に言い聞かせながら半年を過ごし、そしてサンダンスへと戻ってきたのだ。
トラウルは喜び、凱旋の祝賀会まで、盛大に開いてくれた。
そしてまた、自分の中で変化もあった。
もし、ニルヴァがまだ一人なら。好きな男がいないのなら。
(俺が、結婚を申し込もう)
前向きにそう思えた。
(もし、ニルヴァが俺を許し、俺を……愛してくれたら)
「おーい、ニルヴァ、先に帰っているぞー」
イロンの声に、はっと自分を取り戻す。
ラドラスは、少し距離を置いていたニルヴァに、そろと近づいた。
「これ、」
腕に抱えているのは、ラドラスによって摘まれた花束。
「なるべく丁寧に取ったつもりだが、……すまない、茎が少し折れてしまっている。やはり俺は不器用で、力加減とやらを知らないの男なのだな」
苦笑しながら差し出した。それを受け取ると、ニルヴァは自分の摘んでいた花と合わせて、抱え込んだ。
「いえ、そんなことはありません。とても綺麗です。ありがとうございます」
「イロンに頼まれたのか?」
「いえ、これは私の仕事なのです」
城を季節の花で飾るのだ。ニルヴァは時には、ニーナやちびリーナと、時には仲の良い侍女のメアリと一緒に、いたるところに置いてある花瓶に挿していっては、城中を回っている。
ニルヴァが花の束をもう一度、抱え直すと、俯いて言った。
「あの、ラドラス様、ありがとうございました」
「あ、ああ」
「それでは、また」
「ああ」
ニルヴァがその場を離れると、ラドラスはいつまでもその後ろ姿を追った。




