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遠望


「ラドラス、お前には警備隊を引き連れて、国境近くに駐屯してもらいたい」


サンダンスの王トラウルの命により、ラドラスは隣国ルアディナとの境に派遣されることとなった。ルアディナとは国交もあり、友好関係を築いていたが、最近はその境を拠点とする盗賊団がはびこり、一触即発にもなりかねない小競り合いが続いている。そこへの派遣ともなると、やはり腕の立つ警備隊が必要だろうと、ラドラスに白羽の矢が立ったのだ。


不安定な国境に平穏を取り戻すには、ゆうに二年はかかる。


ラドラスは胸に手を当て、「御意」と言って承知した。


(これでもう、ニルヴァを忘れられる……)


ラドラスはトラウルの前でこうべを垂れた。


✳︎✳︎✳︎


もともと腕っ節は鍛えていた。


腕力は強く、剣の技術も群を抜いている。


ラドラスはニルヴァと離れた後、国営の警備隊へと入り、順調に昇格を重ねていった。各地を転々と回り、その土地で警備の強化をはかる。


その上、警備隊の隊員を鍛え上げ、そして自分をも鍛え上げていった。


ラドラスは今では、警備隊が所属する警備団の最高責任者である団長でもある。


「団長、あんたに剣を持たせるなんて、そりゃ卑怯ってもんでしょうが」


警備隊の宿舎の前の大広場。


ラドラスの一番弟子であるルークが、持っている剣を振り回す。


その様子をにやりと笑いながら、帯刀していた剣をすらりと抜いた。


「馬鹿め、これで対等だっつーのっ」


周りでその様子を見ていた団員が、わああっと歓声を上げた。


「いいぞ、ルーク、やっちまえっ‼︎」


「ルーク、負けんなよー」


「ラドラス団長、剣なんか捨てちまえっ」


すでにその頃、ラドラスは剣を使えば敵なしの、剣の名手となっていた。持ち前の明るさや豪快さで、ラドラスは団をまとめ、その剣のもと、他国との良好な関係を築き上げている。


それは他国の警備に強化にも、得意なその剣の使い方を教えるなどして、尽力しているからだ。


(今までの俺は、一体なんだったんだろうな)


あの愚かな頃の自分。力に物を言わせ暴れることしか能のなかった、愚弟と言われていた自分。


今はサンダンスを守る赤髪王として、各地に名を馳せている。誰も彼を、暴れ者でどうしようもない愚弟だと、以前のように呆れた口調で言わなくなっていた。


✳︎✳︎✳︎


ある夜、ラドラスは一人、国境警備の塔にやってきた。


塔はそこそこ背が高く、その物見櫓からは遠くサンダンスの地を望むことができる。


(さすがに、ここから城は見えないな……)


空へと視線を移すと、夜空に星や月が輝いている。


「綺麗だ」


物見櫓には普段から見張りが立つのだが、ラドラスが上がっていくと、当番だった男が喜んで下へと降りていった。


「ありがたい、ちょうど眠くて眠くて仕方がなかったんっすよ。ちょいと仮眠を取らせてください」


「寝坊すんなよ」


「団長とは違うんで、大丈夫っすよ」


「なんだよ、それ」


その言い草に笑いながら、見張りの頭をぐっと押さえつける。へへっと笑いながら、最近入ったばかりの新米は、嬉しそうに梯子を降りていった。


そんな様子を楽しげに見てから、もう一度、サンダンスを遠望する。


ふと、ラドラスはポケットから小袋を出した。手のひらの上で、小袋の口を振ると、中から青いガラス玉がころりと二つ転がった。


「……ニルヴァ」


その名を呟けば、懐かしみがぶわっと湧いてくる。


胸が熱くなり、未だにその胸がぐっと締めつけられもした。


(忘れられると思ったが、いつまで経っても俺は……)


毎日それでは仕事にも支障が出るから困ると、ラドラスは時々、こうして塔の物見櫓に登っては、青いガラス玉を見つめて、気を鎮める。


「ニルヴァ、元気でやっているだろうか」


現在、王トラウルは、リヒテン国第一王女のリアナ王女と結婚し、そして子を二人もうけている。


トラウルの結婚発表の直後から、ラドラスは警備隊に入って城を出たので、その生まれた子ども二人にもお目にかかってはいない。


もちろんニルヴァの、その後あったはずのトラウルとの密かなる結婚も、ニルヴァの純白のドレス姿も、この目で見ることもなかった。


地方を転々とするラドラスにとっては、城の噂もいちいち入ってこなかったし、街の酒屋で王族の噂が立つと、ラドラスはそれが耳に届く前に勘定をし、席を立って宿屋の部屋へと戻った。


トラウルら家族が幸せに暮らすその側で、愛人であるニルヴァがどのような思いで日を過ごしているかと思うと、やるせない気持ちでいっぱいになる。


けれど、そうやって胸を痛める日々を過ごしながらも、ラドラスはもう長いこと、城には近づいていなかった。


そして、国境の警備を任されてから二年。


その任が終わると、トラウルは、ラドラスの率いる警備団に城や城周りの街の警備を担って欲しい、そろそろ城に戻れと、帰還の要請を何度も寄越してくる。


だが、ラドラスは城へと戻る気は、全く無かった。


「ニルヴァに合わせる顔などない」


自分が幸せにすると息巻いていた頃を思い出す。


結局は。


ニルヴァを幸せにすることの、何一つとしてできなかった。


「でももう、いいのだ……」


たとえ、兄トラウルの愛人だとしても、きっとニルヴァはトラウルの側で幸せそうに笑みを浮かべて寄り添っているだろう。


(ニルヴァは……ニルヴァはそういう女だ)


家族からも誰からも。つまはじきにされても、文句も誰の悪口も言わず、ただ真っ直ぐに。


手の中の青いガラス玉を見る。


(こんなもののために、土下座までして許しを請うた)


思い出し、ふと弱々しい笑みを浮かべる。


「くだらねえ、俺なんかのために……」


ドレスの裾を泥まみれにしながら、ラドラスの罪を一生懸命に謝罪した。


(それでも……それでも兄上を遠くからでも幸せそうに見つめる、そんなニルヴァの姿など、見たくない……)


目を瞑る。


(あーあ、俺ってやつは本当に、)


愚かだ。


あの頃と変わらない。


(すでに他の男のものなのに、……それなのにまだ、ひとりの女を、こうも想い続けているとはな)


「呆れて、物も言えねえな」


手を握る。手の中には、青いガラス玉。ニルヴァの瞳。


ラドラスは遠く、サンダンスを望みながら、この青いガラス玉を思いがけず手に入れることとなった出来事を思い出していた。


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