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熱望するもの


「兄上、兄上っっ」


ドアを蹴破りそうな勢いでノックもせずにトラウルの執務室に入ったラドラスは、窓際で書類を読んでいたトラウルに掴みかからんばかりの所作で、詰め寄った。


「どうしてっ、……なぜニルヴァが第二夫人なんだっっ‼︎」


がっとトラウルの肩を掴み、揺らす。その拍子に、トラウルの手から書類がばさばさと落ちた。


「落ち着け、ラドラス」


「これが落ち着いていられるかっっ、話が違うじゃねえかっ、話がっっ」


肩を掴んだ腕をバシッと振りほどかれ、ラドラスは腕を下げた。その代わりに身体を近づける。


「兄上っっ‼︎」


「悪いが、俺には結婚を約束している女性がいるのだ」


「だったらそっちを愛人にすればいいじゃねえかっっ‼︎」


どんと、胸を突かれた。その拍子に、ラドラスは後ろへと数歩、よろけながら下がった。


「俺が愛する女に対して、失礼なことを言うなっっ‼︎」


温厚なトラウルから腹の底からの怒声が上がり、ラドラスは少しだけ怯んだ。


「お前がニルヴァと結婚しろと言ってきたのだぞ。それを守ると言っているのだ。俺には幼い頃から結婚を心に決めていた婚約者がいるのだから、順番でいったとしても、それが自然の流れだろうっ‼︎」


「そんなのはニルヴァが可哀想だっ」


ラドラスはそこで引かなかった。


「ニルヴァはあんたを愛してるんだっ、あんたのことを好きなんだよ。それを愛人にするだなんて、そんなのは……」


視線を下げた。


「そんなのは、不幸だ……」


願っているのは、ニルヴァの幸せ。それなのに、と。


沈黙が流れる。ただ、二人の荒い息遣いだけが、部屋に響いていく。


先に沈黙を破ったのは、トラウルだった。


「ニルヴァには悪いが、俺はリアナを愛している。俺の幼馴染だ。お前には会わせなかったから知らないだろうが、リアナはリヒテン国の第一王女だぞ。ニルヴァとどちらが正妻として相応しいか、その単純な頭で考えてみろ」


「そんなのは関係ねえっっ」


ラドラスが即座に反論する。


「ニルヴァは、あんたと結婚して子どもを産んで……そんで家族になって、幸せに暮らさなきゃいけないんだ」


「俺は、リアナとそういう家庭を築きたいのだ」


「頼むっっ」


ラドラスが、膝から崩れ落ちた。床に両手をついて、こうべを垂れる。


「……頼む、この通りだ。ニルヴァを正式な妻に……」


「お前も、相当しつこい、」


「頼む、お願いだ。ニルヴァは今までずっと不幸だったんだ。だから、これからは幸せにならないといけねえんだよ‼︎」


床に向かって、ラドラスは叫んだ。


その不幸の一端を自分が担っていたと思うと、その苦しみから吐き気すら上がってくる。


ニルヴァを無理矢理、乱暴して汚し、そして鎖に繋いでいた頃の、あの愚かな自分。自殺にまで追い詰めて大怪我をさせ、しまいには自分のだらしない女の不始末から、毒蛇を仕掛けられるという散々な目にあわせてしまった。


(……俺が不幸の原因なんだ。俺さえいなければ、……ニルヴァが俺なんかに出逢わなければ……)


自分がニルヴァを幸せにするなどと、今思えば滑稽だったのだ。だからこそ、ニルヴァが愛するトラウルとの結婚ができるようにと、身を引いたつもりだった。


「ニルヴァを正妻にしてやってくれ、お願いだ、兄上」


床に額を擦りつけるほど、深く頭を下げる。必死だった。必死に、頼み込んだ。


「頼む……兄上、この通り、だ、」


ラドラスは何度も何度も繰り返した。


「まさか、お前に土下座までして頼みごとをされる日が来るとは、な」


トラウルはそれを、ずっと見ていた。


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