運命に逆らわないように
「これはいったい……」
部屋の片隅にあるテーブルに見慣れぬ宝石箱が置いてある。
(どなたのものでしょうか?)
覚えがあるのは、王トラウルか、ラドラスか。
トラウルの元で生活をしていた時には、トラウルが宝石やドレスを贈ってくれ、そして今現在、ラドラスと婚姻を結ぶという前提でラドラスの住むこの城にやってきてからは、こうしてラドラスがたくさんの贈り物をしていてくれた。
(ラドラス様かな……)
そう思うのが自然の流れだ。
ニルヴァは、王トラウルに呼ばれて、驚くべきことを告げられた日を思い出した。
「ニルヴァ、そなたに大切な話があるのだが……」
「はい、なんでしょうか?」
トラウルは優しい笑みを浮かべながら、ニルヴァを招き入れ、そして大きなソファに座らせた。斜め横にあるサイドテーブルに置いてあった焼き菓子を勧める。
なかなか言い出さないトラウルの様子を見て、そんなにも言いにくいことなのだろうかと、少し緊張した面持ちで、トラウルの言葉を待った。
「ニルヴァ、怒らないで聞いて欲しい。実は、お前に頼みたいことがあるのだ」
「はい、」
嫌な予感を感じつつ、ニルヴァは真っ直ぐにトラウルを見た。胸の前で握っている両手に、じっとりと汗が滲む。
「……非常に言いにくいことなのだが、」
トラウルは、意を決したように、ニルヴァへ向かって顔を留めた。
「お前のご両親だが、……書簡を出したのだ。このサンダンスの地に滞在していることをお知らせせねばと思ってな。それで、その返事を貰ったわけだが……」
おおよその見当はついた。ニルヴァは、前を向いて、「はい」とだけ返事をした。
「お前の面倒を見てくれと言ってきた」
心で思う正解と、トラウルの言葉があまりにぴたりと当てはまり、滑稽に思う気持ちが込み上げてきた。
苦笑した。
いや、実際、普通に笑っていたのかもしれない。
怪訝な目で見るトラウルに対して、ニルヴァはそれでも微笑むのをやめられなかった。
「そうですか。わかりました」
叔母ロザリアの元へ、リオ王国へと向かおう。きっとそこでも、同じような扱いは受けるだろう。けれどもう、行くあてがどこにもないのだ。
数年前、叔母に手紙を書いたことがある。
自分を受け入れてはくれまいか、そんな内容だったと思う。けれど、戻ってきた返信には、その考えはあまり良い考えではない、という旨が書かれていた。
(どこへ行っても、私は邪魔者扱いなんだ)
ショックで二日、熱を出し寝込んでしまった。そしてそんな状態でベッドに伏せっていても、誰にも見舞いには来ないのだ。ひとり天井を寂しく見つめていた記憶しかない。
誰にも必要とされず、誰にも愛されない。
愛してくれる人など、どこにも存在しないのだ。
「ニルヴァ、そこで提案なんだが……」
トラウルの声に、はっとして意識を戻す。
「弟ラドラスと結婚することはできないだろうか」
耳を疑った。奈落の底に突き落とされたような錯覚に陥った。
「そ、それは、」
どう答えて良いのか、言葉を言いあぐねていると、トラウルがニルヴァの顔色を伺いながら、探るように慎重に話を進めていく。
「お前の不安に思う気持ちはよくわかる。あの乱暴者がお前に何をしたのかも、わかっている上で、頼みたいのだ。もう決して暴力はふるわせないと誓う。だから、どうだろうか、ラドラスと結婚してはくれまいか?」
(ああ、この人も……)
ニルヴァはトラウルを見た。
(私の髪や眼を物珍しく思うだけで、それ以外何もない。私なんて、どうでもいい存在なんだ)
悲しみも苦しみも、何処かへと去った。空虚となった心を持ったまま、ニルヴァは力なく答えた。
「わかりました」
ニルヴァはもう、運命に逆らわないと、その時心に決めた。その運命とやらに従って、ラドラスの城へとやってきたわけだが……。
目の前に置いてある、ジュエリーボックスをそっと手に取る。
そろ、と蓋に手を当てると、色とりどりの宝石の数々が冷やりとして、ニルヴァの体温をそっと奪っていく。
蓋を開ける。
非情なる運命を、笑いながら。




