弱き者の末路
「何をしている⁉︎」
驚きのあまり大仰な声を上げてしまい、ラドラスはしまったと内心舌打ちをした。
「あ、あの、」
ニルヴァがびくっと顔も身体をも跳ね上げると、ゆるく曲げた両腕に包んでいた花束を、ばさばさっと落としていった。
真っ青になった顔を見て、慌てて言い訳をする。
「ち、違うんだ。驚かすつもりはなくてだな……ここのテーブル上にいつも花束を置いていたのは、ニルヴァだったのか?」
「申し訳ありません。もう決していたしません」
落ちた花が、庭の地面に落ちて、バラバラに散らばっている。そんなことにもお構いなしというように、今にも逃げ出しそうにおろおろとしているニルヴァを見て、ラドラスは言った。
「いや、いいんだ。ここに花を置くのは別にたいして問題じゃない」
「…………」
「ずっと以前から、知らぬ間に置いてあったから、誰がやったのだろうと思っていただけだ」
庭園のバラのアーチをくぐった場所に、談笑用のテーブルとイスが置いてある。庭師のルバンすら知らない間に、野の花を摘んだ花束が度々置かれていた。
「ただ誰なのか、と」
「私です、お許しください」
「いや、怒っているわけじゃない。ただ……」
「…………」
「ただ単に、……誰なのか、と」
ニルヴァが今にも踵を返そうとしていた足を、ラドラスへと向けた。だが、不安そうな面持ちで、その場に立ち尽くしているように見えた。
「は、犯人を見つけたら、……いや、犯人だなんて悪いことをしたような言い方だな……置いていくのかが誰なのかがわかれば、何のために置いていったのかを聞くことができる、と」
「…………」
無言のニルヴァにラドラスは焦れた。ただ、何かを話そうとしていることは何となくだがわかった。それはニルヴァが、視線を合わせようとしてくれているからだ。だが反対に、ニルヴァの目を見る自分の視線が、その沈黙に耐えかねて泳ぎ始める。
「……別に、無理に話さなくてもいい」
すると、焦ったような表情で、ニルヴァが話し始めた。
「花を‼︎ ……花を、拾ってくださったので」
「花?」
「はい、私がトラウル様の花畑で花を摘んでいた時に」
「お、俺が拾った、」
「はい。お礼を言えず仕舞いでしたので」
「では、俺にくれた花だったのか?」
胸が鳴った。
「は……い」
身体が熱くなってくるのを感じて、ラドラスは俯いた。
「けれど、お前が花を落としたのは……」
そのシーンが蘇る。自分から声を掛けた。そして自分を恐れたニルヴァが驚き、震え、そして抱えていた手から、花束がスローモーションのように滑り落ちていった。
その姿は、今でも脳裏に焼きついていて、数少ないニルヴァの姿のひとつとして、ラドラスの中に保管されていた。
「俺のせいで……」
青いガラス玉をやろうとしていた時も。
膝をついて土下座までさせた。
自分がニルヴァにすることは、何をするにしてもニルヴァを傷つけ貶める結果となるのだ。
ラドラスは唇を噛んだ。
ニルヴァを見ずに近づいていき、膝を折って花を拾った。
「ラドラス様、私が、私がやりますので」
慌てて、その場にしゃがみ込み、一緒になって花を拾う。その細っそりとした手に張りついているのは、どこまでも透明な白い肌。
今はもう、その肌のどこにも、青痣は一つとして、存在しない。
(兄上が、大切に……していたから……)
唇を再度、噛んだ。
(だが、これからは俺が大事にする)
花を無心で拾い続ける。
(これからは、俺が幸せに、)
「ラドラス様、」
名前を呼ばれて顔を上げる。
すると、困り顔のニルヴァがラドラスを見ていた。弓なりの形の良い眉は、ハの字に傾き、唇も引き結ばれて波を打っている。
ともすれば、今にも泣き出しそうな顔にも見えた。
はっとして、手元を見る。
花の茎は無残にも折れ、花びらもほとんどが散ってしまい、花の原型を留めていなかった。弱々しく、儚い存在に対して、力を入れ過ぎたのだ。
その無残な姿に、ぞっとした。
(……さっきまで、あんなにも美しかったのに)
その瞬間。
閉じ込めていた城の部屋の窓から飛び降り、中庭に倒れたニルヴァの姿が鮮明に浮かび上がった。
ひゅっと喉が鳴った。息苦しさで、一度だけ、深く喘いだ。
拍子に、肝も冷えた。
冷や汗がどっと出て、次から次へと背中をほうき星のように滑り落ちていく。
(あ、に、ニルヴァ、)
花を携えていた手が、少しずつカタカタと震え出した。
両の手のひらを見る。その拍子に茎の折れた花の残骸は指と指の間から、するすると落ちていった。
地面に散らばる花の亡骸。それが弱きものの、行く末に思えて仕方がなかった。
「す、すま、ない」
次にはニルヴァを見た。
泣いてはいなかった。けれど、そこには深い悲しみがあるように見えた。
その顔が。
母は死に、父親には相手にされず、兄からも疎まれた自分の姿と、なぜか重なった。




