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不幸の元凶

「ニルヴァ、……その、お前までどうして一緒に? 」


ラドラスは数度、ニルヴァに向かって声をかけたが、返ってくる言葉もなければ、呼応する表情もない。


つまはじきにされ無視されることには慣れていたが、暖簾に腕押しとはこのことで、返ってくる手応えのようなものもなく、ラドラスは少しだけ落胆した。


(……話もしたくないということか)


確かに怒りは湧いてきた。自分が膝を折って話しかけているというのに無視するとはと、まるで子どもが駄々をこねているような、単純極まりない感情。


けれど馬に跨り、前を向いたまま手綱を持つその横顔が、人形のようにぴくりとも動かない表情を張りつけているのを見れば、ラドラスはそのまますんなりと引くしかなかった。


沈黙が続く。並んで歩く馬の蹄の音だけが、カツカツと虚しく響いた。


だが、「馬には乗れたのだな」独り言のように言ったなんでもないその言葉には反応があった。


「乗馬は……得意なのです」


その小さな声を聞いて驚きはあったが、話を繋ごうと、慌てて返事をする。


「そうなのか、さすがお姫さまだ」


「隠れて……練習していました……から」


言葉には悲しみの雰囲気をまとっていた。ラドラスはその言い方が気になり、そっとニルヴァの横顔を盗み見た。


けれど、ニルヴァの表情は変わらない。


「どうして、隠れてなのだ? 堂々と馬にでもなんでも乗ればいいのに」


「私には必要ないと言われました」


「乗馬はお姫さまのたしなみの一つだろう?」


「ピアノの練習も、本を読むことも、作法の修練も、なにもかも必要ないと」


ニルヴァが、俯いた。


「父上が、お前は特別だ、と」





あれはいつのことだろう。まだ家庭教師をつけてもらえていた頃だったと思う。


幼いニルヴァが小さな手で摘んだ花束を抱えて、アイル王国の王である父の元へと、城の廊下を歩いていた時だった。


「なんですって⁉︎」


通り過ぎようとした母の部屋から、慌てた声が聞こえて、ニルヴァはその足を止めた。


ほんの少し開いたドアから、バラの甘い香りが漂ってくる。それはいつもニルヴァの母親がつけている香水の香りでもあった。


「ああ、俺も驚いた」


たとえ有事があったとしても、いつもはその冷静さを失わないはずの、父王の興奮する声も聞こえてきた。


「まさかニルヴァの他にもいたとは……この目で確かめたわけではないが、領主が言うのであれば、間違いない」


自分の名前が出て、小さな心臓がどきりと鳴った。嬉しかったのだ。


ニルヴァは常日頃から、この二人の父母には、父親母親らしいことの一つもしてもらえなかったため、愛情に飢えていた。いつもその愛情を一心に注がれている兄弟姉妹を羨ましく思っていたのだ。


名前を呼ばれる喜び。今、父母の間で自分の話題が交わされている。そう思うと、天にも昇る気持ちになった。


(嬉しい。父上と母上にこの花束を差し上げよう)


心軽く、ドアの取っ手に手を掛けようとした時、その手をぐいっと掴まれて、引き戻された。


ニルヴァが後ろを振り向くと、そこにはニルヴァの家庭教師を任されている女性、ジルが立っていた。ジルは、そのそばかすだらけの顔をニルヴァに近づけてきて、こそっと耳打ちした。


「ニルヴァ様、お父様とお母様は今、お話中です。邪魔をしてはいけませんよ」


その家庭教師の声にかぶさるようにして、部屋の中で母親の声が上がった。


「真っ赤に燃えるような赤い髪だなんて、あああ、気味が悪い。本当に不吉だわ」


「ああ、その後、すぐにその子の母親は死んだそうだ」


「まあっ⁉︎」


焦ったような声。


「わ、わたくし、死にたくありませんわ‼︎」


「大丈夫だから、ちょっと落ち着きなさい。だが、ニルヴァをどこかにやってしまいたくとも、人の目があり、それもできん。とにかく、人目に触れさせないようにせねば」


「恐ろしいことだわ。そうね、ニルヴァはこの城には居ないものとして考えましょう。浮気だなんだと言われるのも癪だけれど、不幸を呼んでくるだなんて、もう本当に忌々しいったらありゃしない」


家庭教師に腕を引っ張られ、廊下を引き摺られながら、背中越しに聞く父と母の言葉。ニルヴァがまだ幼いと言っても、父母が何を言おうとしているのかは、なんとなく知れてしまった。


ニルヴァは思った。


人とは違う、銀の髪、青い眼。不吉な兆し。ともすれば死を招くような。そんな不幸を招くようなものが、自分にはある。


それ以降、ニルヴァは父母や兄弟姉妹に無視され、疎まれ続けることとなるが、ニルヴァはそれを受け入れた。


弟が大病を患った時も、姉がバルコニーから落ちて大怪我を負った時も、自分に向けれらた嫌悪の視線。


不幸の原因は、全て自分にある。


城の片隅、誰の邪魔にもならないよう、息を潜めるようにして生きた。城の一番奥の部屋、あるいは庭園に作られた垣根のトンネルの中、人知れず泣き、そして眠った。


(私はいつも、独りぼっちだった……)


馬の手綱を操りながら、長閑な風景の続く、田舎道をゆく。


「……人の目を盗んで、乗馬だけは練習しました」


城の馬小屋で、馬の世話をしていた年寄りが唯一、ニルヴァに対して優しかったのがせめてもの救いだった。いつでも、この城を出ていけるように、乗馬を教えて欲しいと言うと、いつも頭を優しく撫でてくれた。


その時、心を強く持とうと決めたのだ。


「それは、その……大変だったのだな」


隣に並ぶラドラスが、その顔を真っ直ぐにしたまま、言った。


ニルヴァはその様子にちらと目をやると、歩くスピードが落ちてきた馬の腹を軽く踵で蹴った。


「ラドラス様、聞いてもよろしいでしょうか?」


「ん、なんだ?」


「ラドラス様の、その……お母様は?」


「ああ、何かと思えば、そんなことか。俺の母は、俺を産んですぐに死んだ」


ニルヴァはラドラスの馬に追いついたことをねぎらうように、馬の首を手で撫でた。


(やはり、あの時の話に出てきたのは、ラドラス様のことだったんだ)


「そうでしたか、それは……申し訳ありません」


「謝ることなどない。ただ早くに死んだ、それだけだ」


「…………」


ニルヴァはラドラスの揺れる赤い髪を見た。


(そんな不吉なものには、思えないのだけど)


確かに酷い目には遭わされた。ラドラスが少しでも近づけば、まだ心臓が痛み、そして呼吸もままならないほどの恐怖がせり上がってくる。


ニルヴァはそれでも、ラドラスの髪から目を離さなかった。


陽に透けて、所々が茶色く色が抜けている。マーブルのように茶と赤が溶け合って、太陽の光を吸収しているように見えた。


(本当に、炎のような……)


その時。


「…………」


ラドラスの唇が動いたが、赤い髪に気を取られ、一瞬、何を言ったのか聞こえなかった。


口の中でもごっと言った言葉は、ニルヴァには届かない。


薄く笑うラドラスをよそに、ニルヴァは複雑な気持ちを抱きながら、ずっと続いていく田舎道を、ひたすら進んだ。

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