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ガラクタの心


「……わかった」


短く返事をし、イロンから小箱を受け取ると、ラドラスはそれを上着のポケットにぐいっと押し込んだ。


(こんなガラクタなんか、要らねえよな)


心の中身がぽろっと溢れでもしたように、ラドラスは小さく溜め息まじりで呟いた。


「そりゃそうだよな……」


その様子を見ていたイロンが、生気の抜けたようなラドラスに話し掛けた。


「このようなもの、どこで手に入れられたのです? 市場かどこかで?」


「んー……」


「なにかの装飾品のように見えますが、」


「ああ、銅像のベルト、」


ぼーっとしていたのか、言葉も選ばずに、ラドラスは口を滑らせた。はっとして口をつぐむ。が、今さらだ、とでも言うような鋭い視線で、イロンはラドラスを見た。


低く抑えた声で問う。


「……ラドラス様、今なんと?」


睨みをきかせるイロンの視線とぶつかり、ラドラスは慌ててポケットを上から押さえる。


「いや、なんでもない……」


「銅像のベルトとおっしゃいました。それは盗んできたものだったのですか」


「そんな大したもんじゃ、……道端に建ってた銅像の、」


「道端に?」


「いや、その、……庭に」


「ラドラス、あなたというお方はどこまで……このサンダンス王国の王族から盗人を出すとはっっ‼︎」


「そんな大袈裟に騒ぐほどの物でも、」


盗みを働いたのは今回が初めてではあったが、誰彼構わずに持っているものを取り上げることは多々あった。


ラドラスは反発する気持ちに引っ込みがつかなくなり、唇を噛んだ。


「そう目くじらを立てんなよ。こんなものただのガラクタだ」


「この愚か者っ。金銭の問題ではないっっ‼︎ それにそんなものをニルヴァにやろうとするとは……盗んだ物を貰って、喜ぶ者がいるとお思いかっっ」


「喜ぶ女もいるっっ」


「それはあなたが手当たり次第に手をつけた女が、金銭に目がくらむ欲の深い女だからでしょう」


ぐうっと喉を鳴らした。


「ラドラス、よく聞きなさい。ニルヴァがもしそれを受け取ったとして、それが盗品だったと知ったら、悲しむと思わないのですか」


「…………」


何も言葉が出てこなかった。その場で握りこぶしをぐっと握ることしかできなかった。


「よくもまあ、このような恥知らずな真似ができたものです」


イロンの怒りを抑えた声が、腹に落ちた。自分の不甲斐なさや愚かさを遠慮なく責められて、ラドラスはその息苦しさに、引きむすんでいた唇をもう一度、強く噛んだ。


いたたまれなくなり、その場を離れようと、ドアへと歩き出した、その時。


半開きだったドアの隙間に、白い手が添えられているのが見えた。


「に、ニルヴァ⁉︎」


ニルヴァは覗き込むようにして、玄関に立っていた。


動揺で視線があちこちに揺れる。その左手の腕に巻かれた包帯の白さに、ラドラスは自分の視線を落ち着かせた。いや、ただニルヴァの顔を真っ直ぐに見ることができなかったのだ。


ニルヴァが今の話を聞いていたのは、漂う空気感で明白だった。


「……盗んできた、もの、だったのですか?」


弱々しい、か細い声だった。その声で、まだ自分に対して恐れを抱いていることを知って、ラドラスの胸は痛む。


けれど、そのニルヴァの弱々しい問い掛けにでさえ、ラドラスは何も返せなかった。


その沈黙を埋めようと、イロンが横から言葉を入れる。


「ニルヴァ、そうとは知らずに私が、……このような愚か者との間を取り持とうとしてしまったことは、本当に申し訳なかった」


「…………」


ニルヴァの沈黙が続き、ラドラスはさらにいたたまれない気持ちになった。ポケットの中の、青いガラス玉もが急激にその美しい色を失っていく。


(……ああ、俺って人間は本当に、愚かだ)


何度も繰り返し思うのは、いつも同じこと。するとどうだ。今度は、自分は価値のない男だと、そう思えてきて仕方がなくなるのだ。


生きている価値あんのか?


俺なんか存在しなくても良いんじゃねえのか?


何度も何度も繰り返し思う。


噛んだ唇から、じわっと血の味がした。そして、ようやく。包帯から視線を上げて、ニルヴァを見る。


愕然とした。


ニルヴァの、色を失った、悲しみの顔。


もちろんラドラスは今までに、ニルヴァの苦痛の表情にしか出会っていない。凌辱した時の、恥ずかしさと苦しみに歪む顔にしか。


アーチ型の形のいい眉までもが無残にも歪み、今にも泣き出しそうな、潤んだ瞳も同じように歪んでいる。


その、悲しげな顔。


呆れと怒りを混ぜた顔を浮かべる、イロンの顔とも、根本的に違う。


ニルヴァのその顔を見て、ラドラスの心臓がねじれて破れてしまうのではと思うほどに、強い痛みを帯びた。


(……どうして、俺はこんなことをしてしまったのだろう)


ニルヴァを奪い去って、部屋に閉じ込めていた頃のことだった。


気乗りはしなかったが、悪い仲間たちと郊外へ気晴らしに行った時、地方の地主であろう大きな屋敷の庭に、銅像が建っているのを見つけた。


(あれは、)


そこの家主の銅像なのだろう。剣を携えた、威風堂々としたものだ。その家主の腰のベルトの部分に色とりどりのガラス玉がはめ込まれていた。赤や緑、黄色などのガラス玉に装飾され、もちろんその中に青のものも含まれていた。


その青色のガラス玉を見つけて、とっさにこれはニルヴァの瞳と一緒だ、と思ってしまった。


すると、どうしても欲しくなり、手に入れたくなった。幸か不幸か、家主は不在のようで、ラドラスはさっそく庭の垣根をまたいだ。


短剣を出し、剣先を差し込んで、取り外す。


他の仲間は留守になっていた屋敷に入り、金や宝石を盗むよう言ったが、ラドラスはそのガラス玉を手に入れると、それでもう満足した気持ちになった。


「ラドラス、今日はどうした? お前らしくねえぞ」


「屋敷の中にある宝石でも持ってって、女の機嫌をとってやれよ」


肩を組んで誘ってくる。それを押し退けると、ラドラスは言った。


「……いや、今日はもうこれでいい」


ポケットに入れていた青いガラス玉を手に取る。何度見ても、やはりニルヴァの瞳の色にそっくりだと思う。


持って帰り、小箱へとそっと入れた。


それをなぜ、ニルヴァにやろうと思ったのか、今はもう後悔しかない。


「盗んだものなのですか?」


次にははっきりと聞き取れるニルヴァの声に、ラドラスの意識が呼び戻され、明晰になる。


何度見ても、そこにはニルヴァの憂いを含んだ、悲しげな顔。


胃が痛む思いだった。ラドラスはその場を離れたかったが、出て行こうとするドアにはニルヴァが立っていて、そんな悲しみの顔を浮かべたニルヴァを押し退けて、イロンの診療所を出ないといけないと思うと、足が一歩も動かない。


近づけばきっと、ニルヴァは自分を恐れて逃げていく。その逃げようとする後ろ姿を見るのだと思うと、さらにその場を動けなかった。


「……ラドラス様」


はっとして顔を上げる。


「その装飾品を、お、お返しに参りましょう」


ニルヴァはドアに縋りつきながら、ようやっと立っている様子だ。その手が少しだけ震えている。現実を見せつけられたような気がして、ラドラスは目を背けた。


「か、返す、?」


「はい、持ち主の方に……」


「だが、もう、」


「まだ間に合います」


そして一呼吸置いてから言ったニルヴァの言葉に、ラドラスは耳を疑った。


「……私も一緒に参ります」



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