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優しさの中で眠る


「これも、食べられるか?」


差し出された果物を受け取ると、ニルヴァはそれをそっと口にした。口に入れた果肉を噛んだ途端、じゅわっと果汁が溢れ出た。


(あ、甘い)


至高の甘味に、ニルヴァの口元が緩んだ。


「美味いか?」


「はい、美味しい」


目の前のアーモンド型の瞳が優しく笑う。王トラウルの目尻にできた皺を見て、ニルヴァは頬を染めた。


「では、これはどうだ?」


さっきから何度も何度も食べ物を勧めてくる。それは身体や美容に良さそうなビタミンたっぷりの果物だったり、ナッツだったりした。


次に差し出されたナッツを手に取る。


「無理して食べなくてもいい、それにゆっくり食べるんだよ」


「……はい」


トラウルに連れてこられた部屋は、窓から差す陽の光が暖かい、気持ちの良い客室だった。ベッドには柔らかな毛布。肌触りの良いシーツ。


テーブルには花瓶に挿した薄紅色のバラ。


足の枷を外され、そこに負った傷に薬を塗って包帯を巻いた。もちろん、トラウル自らが、その治療を行った。


「痛いか?」「しみる?」「包帯がきつくはないか?」


何度も顔を覗き込んできては、問いかけてくる。


そして。


「すまない、こういうことは、その、……したことがなくて、……ああ、また変な風になった。くそっ」


ぐちゃぐちゃに巻かれた包帯を手に、不器用そうに何度も何度も巻き直している。


ニルヴァはその様子を見て、頬を緩めた。


「ああ、俺のこの不器用さといったら……ニルヴァ、頼むから笑わないでおくれ。そうだ、マリアを呼んで、マリアにやってもらおう」


ゆるゆるの包帯に手を当て、ニルヴァは言った。


「いえ、これで大丈夫です。ありがとうございます」


顔を横に振ると、トラウルが眉をひそめた。


「君をこんな目に遭わせたのは、愚かな弟ラドラスだが、それにしてもこんなことでお礼を言う必要はない。君にはなんの落ち度もないのだから」


トラウルは手を伸ばすと、そっとニルヴァの銀の髪に触れた。


「もちろん、弟のしたことには俺が責任を取る。欲しいものがあったらなんでも言ってくれ。できる限りのことはする」


その後、トラウルに仕える侍女たちの様子から、トラウルがこのサンダンスの王だと知った。


事実を知ったニルヴァは、驚くと同時に、愕然とした。


それは、由緒ある国王の弟があのような蛮行を平然と行なっていることに、衝撃を受けたのだ。


(どうして、兄弟でこんなにも違うのだろう……)


トラウルは毎日のように部屋へとやってきては、謝罪を重ねていく。


「ずいぶんと傷が良くなってきているね。本当に良かったよ。それにしても君には辛い思いをさせた。謝っても許されないことはわかっているが、そこは心をほぐしてもらい、謝罪を受け入れて欲しい。ニルヴァ、本当にすまない」


そっとニルヴァの手を取り、真っ直ぐにニルヴァの目を見て、トラウルは真摯に謝罪してくる。


優しさをたたえた、その黒い瞳に見つめられ、ニルヴァは気恥ずかしさで視線を落とした。


そんなニルヴァの様子を見て、トラウルがふふっと笑う。


「ニルヴァ、俺を見ておくれ」


そっとあごを持ち上げて、顔を近づける。


「君の瞳は本当にどこまでも青い。髪も銀色に光っていて、なんという美しさだ。ラドラスが夢中になるのもわかる」


ラドラスの名が出て、ニルヴァは途端に身体を硬くした。その様子を見て、トラウルが苦く笑う。


「大丈夫だよ。ラドラスには君に手を出さぬよう、しっかりと言いつけた」


ニルヴァはこくっとあごを打った。


「……はい。助けていただき、感謝いたします」


すると、涙がぽろぽろと次々に零れ落ちた。ここへきてようやく脅威は去った、そう思えたのだ。心の底からの、安堵、悲しみ、辛さ、諸々が溢れ出てきた。


「涙が、」


トラウルがそっと指を伸ばし、頬を伝う涙を拭う。


「君にとっては辛い涙だと言うのに……その涙で青の宝石がきらきらと輝いて、なんと、吸い込まれそうなくらいに美しい……」


もう大丈夫だよ、優しい声とともに抱き締められ、ニルヴァは背中に回されたトラウルの大きな手の温もりを感じると、心からの安堵とともにそのまま眠ってしまった。



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