一章 愉快な仲間と愉快じゃない俺 三節
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翌日。俺達は、街から少し離れた森に来た。
この森は植物や動物が多く、魔物はたまに出ても大したことの無い奴が大抵なので、資源採取や駆け出し冒険者の修練場所として有名だ。
今回はエーリックの適正判断も兼ねて、簡単な討伐依頼を受けている。内容は「魔物化した猪の討伐」というもので、まあ――少なくともこの辺りでは――初心者向けだ。
一口に魔物と言っても様々で、今回の猪のように元々いる動植物が変異したものから、明らかに発生起源の異なる魔獣・魔人(ゴブリンなどの亜人はこれの一種とも、人が変異したものとも言われる)、悪霊の類などいくらでも挙げられる。そして一般に、これら魔物は通常の動植物に比べ強力な能力を有する。故に、動植物の変異体は変異元の脆弱さが残る分、魔物としては低級な部類……それの討伐なのだから、まあ初心者向けだろうと言う理屈なワケだ。
「さて」
ところで俺の目の前にはエーリックが居るワケだが、その装備が何かおかしい。
シャツにズボン、ワークブーツ。丈夫そうな布地のエプロンをかけ、手には鉄製の長柄鍋――柄が腕ほどの長さの浅鍋で、そのままオーブンに入れたりできるタイプのもの――を携えて……
「……料理人じゃねーか!?」
「いやいやアレックス殿、さすがに拙者に言われましても困りますぞ!?」
……イカン、ついいつもの流れでダイゴロウに。冷静になろう。
「得意な装備で来いと言われたからな」
「ああ確かに言った。言ったが、さすがにそれは予想外だった」
頭を抱える。いや、元木こりだっつーから、てっきり斧とか持ってくると信じて疑わなかったよ俺は。
「ええー……おじさま、まさかそれで戦うの?魔物を叩き潰して血糊べったりなお鍋で料理はちょっと……」
ブリギッタが嫌そうな顔で指摘する。ちなみに俺も嫌だが、もっと嫌なポイントがいくつかあるんじゃなかろうか。
「いや、それはない……厨房の器材更新で使わなくなると聞いていたので、武器にするつもりで貰ってきたまでだ。調理用は別にある」
「あ、なんだ。それなら安心」
……最初から武器用というのもどうなんだろう、明らかにズレたセンスだと思うのは俺だけなのか。
「……勇者様」
「……ああうんもういいや、始めよう」
眉間を押さえ唸る俺を、コーデリアが不安そうに覗き込んでくる。仕方無いので無理矢理切り換えて話を進めることにしよう、もう正直どこからツッコめば良いのか分からん。
エーリックは体格や武器――アレは鈍器の一種だ、誰がどう見ても武器だ、そうに違いない――からするとパワー型らしい印象だが、そこは実際に戦闘などで動きを見ないと判らない。術式戦闘ができる可能性もあるので、まず先に術式適正を見て、それから実戦に移ることにした。
「というワケでコーデリア、頼む」
「……はい」
通常と術式体系の異なるコーデリアだが、共通術式の簡単なものはいくつか使える。例えば今から使おうとしているのは識別術式で、相手の身体能力や属性親和能力を大まかに知るためのものだ。ただしあくまで大まかになので、最終的な判断は実戦を交えるのが確実ではあるのだが。
コーデリアが集中すると、周囲の空気や魔力がふわ、と揺らめく感じがした。戦闘中と違って静かだから、僅かな変化でも感じる事ができる。
と、異変は急に起こった。僅かだが、コーデリアが顔を苦しげに歪める。そして――
「……っ!?あっ……」
「なっ、コーデリア!?おい!?」
――ふらり、と。身体がゆっくり傾いで、そのまま倒れ込む。間一髪抱き止める事はできたが、コーデリアは完全に気を失っていた。