神隠しの砂漠で! くっ殺お姫様!
「さ・て・と~。それじゃあ、なにをしてもらおうかなー」
「う、うぅ。どうなっても知らんぞ! 本当だぞ!」
俺は、エルアの脅しなどまるで意に介さない態度をとった。
そんな俺を見てか、エルアは、いよいよ瞳に涙をためて、今にも泣きだしてしまいそうだ。
実際、自分の決定権を全て奪われたら、そりゃ恐いよな。
でも、これはあくまで嘘をついた罰だ。だから、泣いたくらいじゃ許してあげないもんね。
「ん~、そうだなぁ、ここんところずーっと荷物をもって歩いてたせいで、肩が凝ってるし、とりあえず揉んでもらおうかな」
「か、肩……? は! ま、まさか! 私に硬い肩を揉ませて、別の硬い部分を想像させる気だな! なんていやらしい……」
「ちっげーよ! なんだその連想ゲーム!? 『へっへっへ、どうだカチカチだろう? 俺の肩は』ってアホか!」
ヒュゥゥ…………。
空気が凍りついた。
夜の砂漠の冷たい風が、頬を撫でる。
あれ、なんだろこれ、とりあえず死にたい。
「え、えっと……『ひぇぇ、こんな硬い肩、私壊れてしまいますぅー!』」
「反応に困ったからって乗ってくんなよ! ごめんねなんか! ほら、もういいから早くしろって」
エルアに背を向けて、砂の上に座り込んだ。
ぼふっと、砂煙が宙を舞う。
「本当に肩なのだな? 『そこの肩じゃない。下の方の肩だ』とか言わないな?」
「しつけーな言わねーよ! なんだ下の方の肩って!? 下に肩なんてねーよ!」
「う、うむ……では」
しゃくりと、砂が沈む音が聞こえた。
そして、背後からエルアの息遣いが聞こえる。
不意に、肩に何かが乗せられた。どうやらエルアの手のようだ。
息も凍りそうな寒さの中、彼女の手は、まるで春の日差しのような温かさだ。俺の肩をがっしりと掴んだ手が、徐々に肩に食い込み始める。
食い……込み……。
「あいたたたたた!? 力入れすぎ! 入れすぎだって!」
「すまんすまん。肩を揉むなど初めての経験で、力加減がわからんのだ」
「しっかりしろよ……。もっと優しく! こう、大事な物を扱うような気持でやってくれ!」
「難しいな……このくらいか?」
エルアの指が、肩に優しく食い込んだ。
初めからこのくらいでやってくれよ……。
さっきは肩をもぎ取られるかと思ったぞ……。
「そうそう、そのくらいそのくらい」
「気持ちいいか?」
「おー」
「いやらしい奴め!」
「なんなのお前!? 実はそういう願望でもあるの!?」
「ち、違う! ただ、もしもそういうことになった時のために、イメージをだな……」
そういうことってなんだよ……。俺ってそんなに変態にみえるのだろうか?
……ちょっと自重しよう。
「この話はもうやめよう……。だけど、エルア、お前に一つ言っておきたいことがあるんだ」
「話とは?」
エルアは、緊張しているのか硬い声で返事をした。
きっとまだ、誤解しているんだろうな。
「エルア、お前、俺たちと一緒にいなくてもいいぞ」
「……はぁ?」
俺の言葉があまりに予想外だったのか、エルアは、肩を揉む手を止めた。
彼女からすれば、あまりに唐突すぎて驚いているのかもしれない。
少なくとも彼女は、手放しに喜ぶタイプではないと思う。
「お前は、お前の目的があって旅をしているんだろ? なら、そっちを優先してくれ」
「……一体どういう風の吹き回しなのだ?」
「んーどういうって程でもないけどさ。あ! というか、別にエルアが足手まといだからって言ってるわけじゃないんだ。むしろ、一緒に戦ってくれるって言ってくれた時は、すごく心強いと思った」
「では、なぜ?」
「エルアは、さっき言ってただろ? 自分の父親を超えるのが目標だって。俺もそうだった。元の世界にいた頃は、親父を超えるのが最大の目標だったんだ。だから、なんていうか、エルアに共感したのかもしれない」
歯切れの悪い答えになったかもしれない……。
俺の言いたいこと、伝わったかな?
そんな不安を感じていると、背後から大きなため息が聞こえた。
「お前は甘いな。甘々ケーキ君だ」
「なんだよ甘々ケーキ君って……」
「私が、自身の情に従って掟を破るほど軟弱な者に見えるのか? それに、父を超える修行は、お前たちと一緒にいてもできる。さらに言えば私は、お前に恩がある!」
「うぉ!?」
エルアは、俺の肩をぐいっとひっぱった。
のけ反るようにして、仰向けになった俺の視線にエルアの顔が見える。エルアもまた、俺を見下ろしていた。
顔にかかる彼女の髪は、桃のような甘い香りがして、胸の鼓動が少し早くなるのを感じた。
「私は、お前がなんと言ってもついていくぞ。だって、仲間……なのだからな」
「エルア……」
彼女が顔を赤らめているのは、仲間といったのが恥ずかしいからだろうか?
俺は、自然と口元が緩んでいくのがわかった。
「これから、よろしくな!」
弓なりに反った月を背景に、エルアは小さく微笑んだ。
口元からちらりと八重歯が顔をだし、どこか照れくさそうな笑顔だ。
「ああ! よろしく頼む!」




