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神隠しの砂漠で! 私のご主人様!


「……火傷しますよ?」

「なーに、ちょっとくらい平気じゃて! それよりどうじゃ、これ!」

「どうと言われましても……」


 メーロンは、自分の鼻に、立派な髭を差し込み、風の魔法を使っているのか、長い灰色の髪をハート型に固めていた。

 それだけではない、上半身のローブを脱ぎ、体を見せつけるようにポーズをとっているのだ。

 高齢なはずなのに、妙に鍛え抜かれた体は、魔法使いという彼の特性との違和感を感じさせる。


「かー、笑わんか! だいたい、女の子にこれを見せると、『ええ!? 魔法使いなのになんでそんなにマッチョなの!? おもしろーい!』ってなるんじゃがのぉ。ワシも歳かのぉ」

「私には、感情がありませんから、作り笑顔しかできません。違和感は感じますが、面白いとは感じませんよ」

「いやいや、そんなことはない。お主にも、ちゃーんと心があるぞい」

「え……?」


 魔法を解いたのか、メーロンの髪がぱさりと落ちた。

 そして、まっすぐに私を見つめてくる。先程までのおどけた表情とは違う、真剣な眼差しで。


「のう、エバよ。お主、ムサシといる時と、今。なにか変化はあるかのぉ?」

「……新たな主を探すか、ムサシを探すかの選択ができないでいます。それによって、胸が締めつけられるような感覚がしています」

「ふむ。じゃがの、お主。これまで何度も、そういった決めきれない選択に見舞われなかったか? だのに、今だけ胸が苦しいなどおかしくはないか?」

「……確かに」


 メーロンの言うとおり。私は、これまでにいくどか、決めきれない選択を迫られたことがある。

 例えば、ムサシの武器を選ぶとき。まだ、彼に関する情報が少なく、どれを選ぶべきか決めるのに時間がかかった。

 どの程度の筋力、生命力を持っているのかわからないため、シンプルに強力な武器を選んだら、全て却下されてしまい、私は自分の存在意義に危機感を感じた。

 ムサシは、そのとき、私にお礼を言ってくれたが、思えばあの出来事が発端で、彼に尽くそうと決意したのかもしれない。


 それに、フォレスディエナに初めて襲われた後。落ち込んでしまったムサシを元気づける方法がわからなかった時だ。

 あの時は、メーロンに助言をこい、そして実行した。

 けれど、困ったことに、あの時の私は、ムサシの匂いに対して自分を押さえきれず、暴走してしまうという結果に終わった。

 もしも、ムサシがゲキシュウ草を使わなければ、あのまま食べてしまっていたかもしれない。

 あの一件以降、私は肉が苦手になってしまったのだった。


 なんにせよ、この二つの出来事は、今のように決断しきれない場面だったが、今回のような胸の苦しみは感じなかった。

 ならば、なぜ、今はこんなにも苦しいのだろう?

 ……それは、私に、心があるから?


「では、これはいったいなんの感情だと言うのですか?」

「それはのぉ、さっきも言ったが、寂しさじゃ」

「寂しさ……」


 これが、寂しさというものなのだろうか……。

 本当に? 本当に、私には『心』があるの?

 そんな疑問が頭をよぎる。

 しかし、事実として、ただただ、苦しくて、切なくて。拭いきれない痛みが、私の胸を刺している。


「お主は、この世に生を受けてから、今までずーっとムサシと一緒におったじゃろう? ムサシは、お主にとってかけがえのない存在なんじゃよ」

「そう……かもしれません」


 メーロンの言葉を聞いて、ふっとムサシの顔が浮かんだ。そして、胸を刺す痛みが、強くなる。 

 痛みや苦しみは、生命を維持する上での防衛反応だ。

 ということは、私は、ムサシがいなければ死んでしまうのだろうか?

 答えは、わからない。けれど、ムサシが大切な存在なのは確かだ。しかし、それは、彼が主人だからであって、私個人の意思など、私の中には存在しない……はず。そのはずなのだ。私のシステムは、そう告げているのだから。

 それとも、メーロンの言うとおり、この痛みこそが、『心』というものなのだろうか。

 私には、わからない。


 私は、何をするべきなの?


 なにを、考えるべきなの。


「ムサシはのぉ、お主のことを妹のようだと言っていた。ワシを父のようだとも。お主はどうじゃ? ムサシをどう思っておる?」

「私は……」


 ムサシが、私を妹と? それは、どういうことなのだろう。……ただ、それを聞いて、不思議と胸の苦しみが軽くなった気がする。

 そして同時に、あることを思い出した。

 私は、前に一度、あまりにも実現性のない発言をしたことがある。

 私は、それを、システムの高位異常症状として、脳内に保管していた。

 夜、森に仕掛けた罠を確認しに行こうとした時だ。ムサシは、夜更かしを注意した私に対して、母のようだと言ったのだ。

 その直後、私は、『母ではありません』と、言うはずだった。

 なのに……、その時私の口からでた言葉は……『妹がいいです』だったのだ。

 罠を確認しながら、その異常の原因を検討した。しかし、答えはでず、原因不明の高位異常と設定したのだ。


 もし、これが私の本心だとしたら?

 私の中にある、『心』が、私の考えを無視して言葉を発してしまっていたということになる。

 私は、ムサシと、主人と従者ではなく、家族として受け入れてもらいたいと願っている?

 その仮定から考えるに、私は……。


 考えるのではなく、思うことは……。


「私にとって、ムサシは、大切な主人です。そして、それ以上に、私は……。私は、ムサシと一緒にいたいです。ムサシのそばに、ずっとずっと寄り添いたいです! もっと、彼の声を聞きたい。匂いを、体温を感じていたい!」


 思考を停止した私の口は、勝手に言葉を発していた。

 考えることなく、すらすらと吐き出された言葉は、次第に声量をあげ、私自身の頭にきんきんと響いてくる。

 これは、ありえないことだと、私の制御機関がうったえてくる。私は、今、行動原理シークエンスに制御されていては、絶対にありえない発言……願い、を口にしたのだ。

 だが、その言葉を言ったあと、胸の苦しみが、さらに軽くなった。

 その感覚を確かめるように、そっと、胸に手を置いた……その時。


「っ!」


 私の魔力センサーに、異常に高い魔力が検出された。それは、ここより少し南方の、グランディエナが去っていった方からだ。

 どうも、この高い魔力は、地下から地上に向かってきているようだ。ものすごいスピードで、地中を上がってきている。


「メーロン! なにか来ます!」

「わかっとる! これは……、竜か!?」


 私が言うまでもなく、メーロンはローブを着なおし、魔力の出所に視線を向けていた。

 そして、私もメーロンにならい、南を警戒するように観察する。

 大気がうねり、陽炎が強くなった。砂の温度が急激に上昇しているのだろうか? なぜ?

 疑問の答えを出す前に、砂の山がもりあがり、爆発した。

 その爆発の中心から。赤と黄色の光が、螺旋を描きながら空へと飛び、そして、地上より遥か上空で、止まった。

 止まった時に、赤い光は上空に留まり、黄色い光だけが地上に向けて落下してきているようだ。

 私は、目を凝らし、落下してきた物体を見る。


「あ、あれは!?」






「うおおおおおおおおおおおお落ちるうううううううううう!?」








 聞き覚えのある叫び声。

 ほんの、数時間ぶりに聞いたのに、とても懐かしく感じる声。

 急に、体に力がみなぎってきた。どうやら先ほどまでの私は、ろくに動ける状態ではなかったらしい。

 私は、考える間もなく駆け出し、そして、右手のロケットパンチを射出した。


「ムサシ!!!」


 私の腕は、流星のように空へと飛んでいく。


 太陽の光を反射して、銀の軌跡を描きながら、まっすぐと。


 私の、たった一人の、大切な主を取り戻すために。


 胸の苦しみは、すでに、感じなくなっていた。





☆    ☆    ☆



エバの心情を書くのは楽しいです。

ムサシと違って、悶々と悩むので(笑)

ムサシは『考えろ、考えろ』って言うとすぐ、なにかしら答えをだしますからねー。

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