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神隠しの砂漠に! 行く前の腹ごしらえ!

※   ※   ※

【サラ】




 旅団がオアシスにたどり着き、今日で二日目。皆疲れた体も癒えてきたのか、顔に生気が戻ってきた。

 私は、子供たちにお話を聞かせた後、岩の陰でただ一人、東の空に浮かぶ赤い月を眺めていた。


「サラ、どうしたんだいこんなところで?」

「アブラム。あなたこそどうしてここへ?」


 岩の陰からひょっこりと、気の弱そうな青年。アブラムが顔をだした。線の細い体に、色白の肌。栗色の髪。

 彼が、まだ子供だった頃から何も変わらない彼の特徴だ。

 当時は、よく、村の子供にいじめられては、私がかばっていたものだ。


「君を探していたんだよ。こんなところで何をしていたんだい?」

「月を……眺めていました」

「月? ああ、紅くて綺麗な月だね。君とよく似てる」

「……嫌いだからみていたのです」

「あ、はは。それはなんていうか……。ごめん」


 アブラムは、癖のある栗色の髪をかき乱しながら私の隣に腰を下ろした。彼からはいつも、土のにおいがする。竜車に乗ればいいものを、子供や老人たちのスペースを開けるために、自分は歩いているからだ。もともと、体が強くない彼にとって、徒歩での旅は辛いものだろうに。


「あなたこそ、何しにきた。……のですか?」

「無理にそんな話し方しなくていいよ。もともと、『サラ』だなんて名前だって、そんなに似合っていないんだし」


 アブラムははにかみながら言った。

 もう皆寝静まっているようだし、いつも通りでいいか(・・・・・・・・・)


「……何しにきたんだ。アタシは、一人になりたくてここにいるんだが……」


 アタシは、もともと丁寧な話し方をするタイプじゃない。ただ、約束の導き手のお供が、ガサツで荒々しい口調では立つ瀬がないと思ったまでだ。

 そもそも、今アブラムが言ったように、わたしには、『サラ』なんて名前は、名前負け以外のなにものでもない。

 私には高貴さなど、欠片もありはしない。

 あるのは、ただ、竜の血が流れる醜い体と、人を見下す浅ましい精神だけだ。


「僕はね、君のそばにいたくて来た」

「……帰ってくれ。お前のアプローチはもう、うんざりだ」

「僕はさ、あの時の出来事がどうしても忘れられないんだ。君はまるで、空から降りてきた天使そのものだったよ」


 その時、というのは、きっと私たちの出逢いのことだろう。私は、アブラムがまだとても幼かった頃から知っている。初めてあったときは確か、村のはずれの古井戸に、悪戯で閉じ込められていた時だったか。

 アタシは、井戸の吊り紐を引いて、アブラムを助けようとした。しかし、紐を手に取ろうとしたその時、足元に生えていた苔で足を滑らせ、見事古井戸の中に真っ逆さま。


 まるで、お話の救世主。ムサシのようだ。

 いや、私が彼と同列など、高慢な考えなのかもしれない。彼は、見ず知らずのこの

世界を。人類を見事復興させたのだから。偉業を成し遂げた彼と、醜い私では、立場が違いすぎる。

 そんな出会いから始まったアタシたちの関係はとても奇妙だった。

 腕白で粗暴なアタシと、いつも本を読んだりお祈りばかりしているアブラム。まるで性格が違うというのに、アタシたちはいつもつるむようになった。

 そして、彼が16歳になった日。アブラムは白の蛇の神託を受けて、約束の地を目指すために村から旅立つと言った。

 もともと、気まぐれで村に居座っていたアタシは、アブラムの旅についていくことにしたのだ。別に、アブラムが心配だったわけじゃない。けど、コイツは私がいないと、その……ダメなんだ。別に私はどうでもいい。だが、どーしてもついてきてほしそうに笑うから……。

 彼は、優しい心と、白の蛇への信仰を説いてまわり、共に約束の地を目指す仲間が増えた。それが、今の旅団というわけだ。

 思い出してみても、なかなか壮大な旅な気がする。たった二人だけの旅が、いつのまにか、60人近い大旅団にまでなったのだから。


「ところでさ、君の話す、人類の始まりの物語。あれって、あんな壮大なお話だったっけ? 僕が聞いたときは確か、ムサシって引きこもりで、しかもとても小心者だったような気がするけど」

「あれは、アタシが脚色したんだよ。子供たちにそんな夢のないお話を聞かせられるわけがないだろう。それに、ムサシは小心者なんかじゃない。彼は、本当はとても強い心の持ち主だ。いつも逃げたり、叫んだりしていても、なんだかんだ最後には竜を倒し、仲間を守る」

「昔から思っていたけど、君はまるで見てきたみたいに話すね」

「だから、見てきたと何度言えばわかるのだ!」


 アブラムを見ると、彼は青い瞳を細めながら微笑んでいた。

 鼻筋の通った顔と、爽やかな風貌。旅団の女性陣からは、いつも羨望の眼差しを向けられる存在。

 いつの間に、こんな成長をしたのだろう。この間も、酒の席で女に言い寄られ、人の好さそうな顔で断っていたほどだ。

 食べてきたものはアタシと変わらないのに。本当に腹立たしい。


「はいはい、わかったわかったよ。でも、僕は、君の過去よりも、今の君を知りたい。これからの君も……」

「その言葉、旅団の女連中にでも言ってやれ。きっと泣いて喜ぶぞ」

「はは……。つれないなぁ。でも、今日はいつもより本気なんだ」

「へ? ええ!?」


アブラムが、そっとアタシの頬に手を添えた。


「ば、バカ! アタシに触るな!」

「教えてくれ、君はどうして僕を拒むんだい? 僕だけじゃない、旅団の人も、村にいた人々も」

「そ、それは……。アタシには竜の血が流れている。だから……」

「そんなのみんな気にしない。だから君も気にしなくていい。それに、そんなに嫌なら、わざわざ自分から言う必要なんてないじゃないか」

「おい、アタシを怒らせるなよ? アタシは、この血に誇りを持っている。それをなかったことになど、するつもりはない」


 精一杯、威嚇するように凄んで見せたが、アブラムは平然と微笑んでいた。


「そうだろうね。でも、それで君が苦しむのなら、人間になってしまえばいい」


 アブラムの顔が近づいてくる。鼻が触れそうな距離。

 アタシは、彼の吐息を感じた。顔が熱くなるのがわかる。

 きっと赤面しているであろう自分が、消えてしまいたくなるくらい恥ずかしい。


「できない」

「できる」


 否定の言葉をすぐさま否定され、面食らってしまった。

 あの小さなガキンチョが、ここまで強気になるなんて、本当に人間というのはおかしな生き物だ。

 でも、だからこそ、こんなにも愛おしく感じるのだろうか。未知への好奇心? それとも、自分を変えてくれることへの期待?


「僕が、君を人間にしてみせる」

「……どうやって?」


 人間になる気などない。けれど、彼のまっすぐな瞳は、私に問いかけさせたのだ。


「それは、まだわからない。でも、これだけはわかるんだ。僕は……君が好きだ」


 アブラムは、ゆっくりと顔を近づけてきた。

 彼の、空のような蒼い瞳に耐え切れず、私は目を閉じる。

 そして、唇に柔らかい何かが、触れた。


「ん……。ぷは! ……おまえ、こんなことをしてただですむと……んん!」


 言いかけた言葉を、再びふさがれてしまった。本当は、拒もうと思えばいくらでもできる。ぶん殴るなり、魔法で吹き飛ばすなりいくらでも。

 けれど、それはしなかった。いや、できなかったのだ。激しく脈打つ心臓が、私の体を石のように固める。


 アブラムがアタシを求めるように。


 アタシもまた、彼を求めてしまっているから。



 アブラムは、そっと、私のローブに手をかけた。




※   ※   ※

【ムサシ】




「うっぷ……もう、ぐえねぇ……」

「食いすぎじゃバカ者」


 く、苦しい。さすがに食べ過ぎたか……。

 俺たちは、フォレスディエナの肉をこれでもかといわんばかりに食べた。

 いままで食べたどの肉よりも硬かったが、噛めば噛むほど黄金の果実の甘い香りと肉汁が口いっぱいに広がり、けっしてまずくはなかった。

 今回は、エバにも食べさせてあげたが、彼女曰く、


「肉はあまり得意ではないようです。私は黄金の果実をいただきます」


 といって、早々に肉を食べるのをやめてしまった。

 ただまぁ、黄金の果実を食べる彼女は、とても幸せそうだし、それはそれでよかったのかもしれない。


久々にサラさんが登場です。

もう名前からしてこの二人がくっついちゃうのはわかりきっていたことかと(笑)

では、また。

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