廃城で! はじめまして、エバ!
辺りを見回すと、床に転がった松明に照らされて、部屋の様子がみてとれた。
床には、大小様々なケーブルが血管のように這い、そのケーブルは、部屋の中央にある、卵型のカプセルに繋がっているようだ。
カプセルは、脈打つように下から上へと青い光を送り出しては消え、明滅を繰り返している。
まるで蛍のように光る卵に、俺は松明を拾うことも忘れ、近寄った。
カプセルに手を当ててみると仄かに暖かい。俺よりもすこし背が高いから、高さは180センチくらいだろうか。
ふとカプセルの上部を見ると、見慣れない文字が彫られていることに気がついた。文字の上を、青い光が通りすぎる度に、その文字は白く光っていた。
「卵型のカプセルがある。これか?」
『そうそうそれじゃ。カプセルの真ん中辺りに鍵穴があるはずじゃ。そこに鍵を差し込め』
そう言われて、カプセルを調べると、ちょうど俺の腰くらいの高さに小さな穴が空いていた。そこに先程渡された鍵を差し込む。
カチリと、なにかがはまった音が聞こえたが、右にも左にも鍵が回らない。
「おい、回んないぞこれ」
『ちゃんと名前を呼ばんとダメじゃよ。『エバ発進!』とな』
え、発進っていう必要あるの? ま、まぁ、持ち主がそういうんだから必要なんだろうな。
「え、エバ! はっ……」
ガチン!
「発進って言う必要ねーじゃねーか!」
『ふぉっふぉっふぉ……』
メーロンの笑い声は、カプセルの土台からぶしゅうううと吹き出す煙の音に掻き消されてしまった。
白い煙が部屋に充満していくと共に、カプセルは赤く光はじめて、ちょうど真上から4当分にしたように開いていった。
まるで花の花弁のように開いたカプセルは、1分にも満たないであろう時間で開ききった。
そして、卵の中央に人影が見えて、煙が晴れていくとともに、徐々にその姿を表していく。俺は、ただじっとその光景を眺めていた。
煙の隙間から覗く、陶器のように白い股。青と銀色の装甲のついた脛。脛と同じ配色の機械的な腕。磨きあげられたスプーンのような白銀の髪。髪の間からは、耳のような三角の突起が生えている。
卵の中の彼女は、俺の胸くらいの身長しかなさそうだ。
「これが、エバ……」
俺の声は、いまだに噴出し続ける白煙の音に飲み込まれ、自分でも聞き取ることができなかった。
やがて、煙が完全に晴れ、エバの全身が露になった。
エバは女性だった。
彼女の、その……豊満な胸の胸元には、拳大の水晶が埋め込まれており、鮮やかな緑色の光を放って俺の目を奪う。
そして、彼女はゆっくりと瞼を開き、辺りを一通りみまわしてから俺に気がついたのか、こちらを見つめてきた。
月のような金色の瞳と、視線が重なる。
その一瞬、世界が止まった。
「こんにちは」
「あ、どうも」
世界が再び回り始めたとき、すでに挨拶を終えていた。
それが、この俺、會田ムサシと、その『従者』エバとの最初の会話だった。
※ ※ ※
【サラ】
一面、黄金色の砂に囲まれた平野。私たち旅団はそこにテントを張っていた。今、私たちは約束の地を目指して砂漠の国から北上している最中なのだ。
日はとっぷりと沈み、日中の身を焼く暑さから一転、凍えそうなほどの冷気が辺りをおおっている。
まるで、冷気が見えない水となって、砂の上に満ちているかのようだ。
私は寒さから逃れるように、顔まですっぽりと覆ったローブの裾を握りしめた。
私は、きっと約束の地にはたどり着けないだろう。この体に残された時間は、あとわずかであることは、ずいぶんと前から分かり切っていたことだ。
それでもやはり、死神の足音が日に日に近づいてくると、恐ろしくて夜も眠れない。
「サラ様ー、今日もお話を聞かせてー?」
私の心情を知ってか知らずか、子供たちが数人駆け寄ってきた。
ここ数日間歩き倒して、皆疲れているはずなのに、子供というのは本当に力強いものだ。
「いいですよ」
私は、毎夜、旅団の子供たちに昔話を聞かせるのが習慣化していた。
はじめはただ、自分の生きた証を誰かに伝えたかったからだった。私には子供がいないから、せめて誰かの記憶の中にだけでも自分がここにいたことを残したかったのだ。
けれど、今は子供たちのためだと思っている。私たちの成り立ちを伝えるのは、この子たちにとって決して悪いことではない。過去を知り、積み重ね、未来に活かすことができるのが、人間の最も強い部分であると、私は知っている。
「昨日はどこまでお話しましたっけ?」
「もー、サラ様の忘れんぼ! 昨日はムサシとエバが初めて出会ったところまでだよ!」
「ああ、そうでしたね。魔導兵器エバとその主人との出逢いまででしたね」
「はやくはやく!」
子供たちは今か今かと落ち着かない様子で座っていた。
いつか彼らが大人になって、このお話を後世へと伝えてくれるだろうか?
そんな淡い期待を持って、私は語り始めた。
「はいはい。エバと出逢ったムサシは、王様の元へと戻りました。そしてーーーー」