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【プロローグ】救世主、始まりの物語

第二話、修正しました!

【サラ】





 これは、むかーしむかしのお話です。ここではないどこかの世界に、ムサシ・カイダという男がおりました。彼は、その世界において誰もが羨む美貌をもち、何人もの女性に言い寄られ、夜も眠れないほどでした。

 その日も、愛の余韻に浸っていた彼は、大の字に寝転がり豪奢な天井を見上げ、次に窓からさす陽光に目を細めました。

 何時間にもわたる駆け引きに、彼は心身共に疲れきり、ただぼぅっと宙を眺めます。その時、腹の虫がぐぅっと情けない音を出してしまいました。彼は空腹だったのです。


 そこでムサシは、食料を調達しようと外へ出ました。金色のノブを回し、一歩踏み出します。

 しかし、扉の先にはいつも彼を支えてくれていた床がなく、代わりに奈落へと続く穴が口をあけてまっていたのです。

 日頃の責務と相まって、疲れ切っていた彼は、その穴を避けることもできず足を踏み入れてしまいました。彼の体は、ぐらりと傾き、視界は上へと流れてゆきます。足が宙を踏んだムサシは、驚くこともできず、穴の底へと落っこちてしまったのです。



 どこまでもどこまでも落ちてゆき、やがて彼の目に、小さな光が見えました。

 その光はどんどん大きくなり、視界いっぱいまで広がったあと、彼はこの世界に頭からおりたったのでした。

 アヒルを捻り殺したような声で着地した彼は、痛む顎をさすりながらあたりをみまわします。


 あたりはボロボロにあれはてた石造りの部屋、室内をてらす細い蝋燭が無造作に床にたてられ、寂しさをよりいっそう際立たせていました。

 不安と混乱に苛まれた彼は、ただきょろきょろと、あたりを見回します。その時、低いしわがれた声が聞こえました。『よくぞ参ったな。選ばれし救世主よ』と。


 状況を理解できていないムサシが、声の方へと首を捻ると、そこには緑色のローブを来た老人がいました。

 その老人は、金の装飾の施された椅子に座り、ずいぶんと偉そうに右手で頬杖をつきながらムサシを眺めています。

 老人のただものではない迫力に気おされ、ムサシはひどくつっかえながら尋ねました。『な、汝は何者か? この場所は、いったいどこだ?』。

 老人は左手で、顎に蓄えられた髭を一撫ですると、ムサシをなめるように睨みつけます。

 狼狽するムサシに、老人はただ静かに伝えました。『あなたは、この世界を救う救世主なのです、どうかこの竜と人の世界、ミトランシェをお救いください』と。


 老人の話は、召喚されたばかりのムサシにとってまるで理解できないお話でした。それどころか彼は、老人が自分をたばかる気なのではないかと、疑ったのです。

 ムサシは、老人に尋ね返しました。『私を連れ去ったところで、貴公にはなんの得もない。私の持つ、すべての富を合わせても、貴公の座る椅子一脚にも満たないだろう。真の理由を教えてはくれまいか』。


 当然、ムサシの持つ富は、少なくありません。ですが、ムサシは老人に嘘をつき、自分にはそれほど価値がないと思わせたかったのです。そうすれば、無事に我が家に帰れるのではないかと、彼は考えました。

 しかし、ムサシの思惑とは裏腹に、老人は静かにいいました。『あなたこそが救世主なのです。もはやこの地に、富などというものは無価値も同然。この椅子でさえ、一切れのパンと交換できるのなら、喜んで差し出しましょう』。


 ムサシは、理解できない老人の言葉に、すっかり固まってしまいました。彼の頭の中では、自分はおかしくなってしまったのか、はたまたここは夢の中なのかと、答えの出ぬ自問自答が始まっています。

 そんな彼の様子を察したのか、老人は、にやりと口をつりあげ、言いました。『突然の出来事で、まいられてしまったのかもしれません。しかして、私があなたを呼び寄せたこと。これは他ならぬ事実なのです。私は、あなたに救済してもらうべく、あなたを召喚しました』。


 老人の青い瞳は、嘘をついているようには思えません。

 ムサシは頭を抱えてしまいました。それもそのはず、彼は、ほんの少し前までは、安全な我が家にいたのですから。そんな彼の苦悩を責めることはだれにもできません。


 なにより、彼には残してきた幾人もの妻や友人、そして彼を愛してやまい人たちがいたのですから。

 ムサシは言いました。『私には、愛する妻も、子もおります。仲のよい友人とは、今度、釣りに行く約束をしておりました。願わくば、そんな私を呼び寄せたことの次第をおしえてはくれまいか』。


 ムサシの言葉に、老人は眉間にシワを寄せました。その迫力たるや、烈火竜の如しです。ムサシは、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、喉をならしながら生唾を飲み込みました。

 そして老人は、朝顔が花開く時のように、ゆっくりと、重々しく口を開きます。『この地の人々は、滅びてしまいました。残すところ、私ただ一人』。

 ムサシの体に、稲妻が降りかかったような衝撃が走りました。そして老人に尋ねます。『ただ、一人? なにゆえそのような次第になったのか』。


 老人は皺だらけの顔を苦しそうに歪め、言いました。『この地に、邪悪なる竜の王が現れました。私は、他の民と共に死力を尽くして戦いましたが、彼の竜の鱗一枚傷つけることも叶いませんで。ただ、惨めに、蹂躙されるばかりでした』。

 言い終わると、老人は、目を細めて小さく微笑みました。もしかすると、彼は、死んでいった民たちを思い出していたのか、それとも、ただ一人生き残ってしまった自分を、憐れんでいたのかもしれません。

 ムサシは、老人の悲しみを感じとり、顔も名も知らぬ民に祈りを捧げました。『私は、この地の誇り高きミトランシェの民に、祈りを捧げます。どうか、白き蛇の導きのもと、天に召されますように』。ムサシはそういうと、深くうつむきました。


 『おお、我が民のために祈ってくれるですか』。老人は、ムサシの優しき心に、雄大なミトランシェの大地を見いだし、その目からは、ぽろりと、一筋の涙が流れてゆきます。

 ムサシは、黒き瞳で老人を見つめ、そして言いました。『ご老人、あなたの名を、聞かせてはくれまいか』。

 老人は、涙に濡れた青き瞳をきらりと光らせました。かつて、まだ民がいた頃。民衆の前に現れる彼は、きっと今のような威厳に満ちた表情だったことでしょう。

 そして、老人。いえ、王は言いました。『我が名は、メーロン・ラドバレル・ミトランシェ。誇り高き民に助けられた、悲しみの王なり』。

 名を名乗ったメーロンに、ムサシはかつての国王としての姿を感じ、威厳と風格を備えた彼の王は、さぞや民に愛されていたのだろうと思ったのでした。

 そして、言いました。『偉大なる王よ。私はどうすればいい?』。


 メーロンは、胸に手を置くムサシを見つめます。そして意を決したように、言いました。『私の城の地下に眠る、魔導兵器を呼び覚ましてほしい。そして、共に邪悪なる竜の王を打倒してくれまいか』。

 ムサシはうなづきました。『あい、わかった。悲しき王のため、道半ばで命を落とした民のため、私が救世主となろう!』。



 こうして、人類の救世主ムサシは、エデンの国の王に言い渡され、封印されし魔導兵器の元へとむかったのです。

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