廃城から! 外へ!
「聞いてやるなエバよ。救世主もまた、男だということじゃ」
「間違ってないけどその言い方はなんか嫌だ!」
エバが、俺の上からどいて、続いて俺も立ち上がった。
「さて、エバ、お前はもうずっとデフォルトでいい。さあ、俺の能力をみてくれ!」
「承知しました」
エバがお決まりの返事を返すと、頭から生えた三角の突起が青く光りだした。もう、はじめから変な機能なんて使わずにこうしていればよかった。
「解析完了です。ムサシ、あなたの能力は、ずばり『体で覚えろ! ど根性ラーニング!』と、『多言語使い』です」
また、どうにもよくわからない能力だな。
たぶん俺たちが会話できているのは、二つ目の能力のおかげなんだろうけど。
「またなんだかよくわからんな。『多言語使い』はそのままの意味なんだろうけど、なんだその『体覚えろ! ど根性ラーニング!』って、必殺技?」
「必殺技ではありません、れっきとしたスキルです。ですが、わたしには名前しかわからないので、どういったスキルなのかまでは……」
わからない、か。
「ふむ、おいムサシよ」
先ほどから真剣な表情で何かを考えていたメーロンが話しかけてきたので、そちらを向こうとエバから視線を外したその瞬間、
バリリリリリリ!
「なんだあばばばば!?」
いきなり全身に電撃が走ったような衝撃が襲った! というか電撃を浴びせられてるうううう!?
「どうじゃ?」
「どうじゃじゃねーよ!? なにいきなり!? この国の礼儀作法かなんか!?」
「どこの蛮族じゃ……。そうじゃなくてのぉ、今の技、お主使えるようになっとらんか?」
「はぁ?」
「こう、手を前に出して、念じてみ? 今くらった電気でろー! みたいな」
「わかりづら! ん、こうか?」
「そうそう、そして念じろ、イメージするんじゃ」
イメージ、イメージ。
ん、ちょっとまて、『今くらった』って言ったか?
言ったよな? 言ったってことは、あれか。確信犯かああああああ!
「そもそも、なに人に電撃あびせてんだよおおおおお!」
俺の感情に合わせたように、手の平から黄色い閃光が飛び出し、床に置いてあった蝋燭を2、3本吹き飛ばす。
「おお、でた」
「でましたね」
「でたじゃねーよ! ふざけんなジジイ!」
「お主の能力の正体、わかったぞい! お主は、自身が受けた攻撃を自分のものにできるのじゃ!」
メーロンがかっと目を見開いて言い放った。
「な、なんだってー!?」
「なるほど、そういうことでしたか」
「いやいやでもこれ、新しく覚えるたびに痛い思いしないといけないんだよね?」
「そりゃそーじゃ。そして即死級の技は、一生覚えられん。だってお主死ぬし」
「ああーもう、そこまで言わなくていいよ! なんだこのクソスキルめちゃくちゃつかいづらいじゃねーか!?」
毎回毎回あんなにしんどい思いをするなんて、体の前に心が死ぬわ!
魔法は使いたいけど、痛い思いをするのは……嫌だ!
「まぁ、これから先戦っていく以上、魔法の習得は必須。今日から毎日特訓じゃな。幸いワシらには優秀なヒーラーもおることじゃし」
「ムサシ! 回復は任せてください!」
エバ、相変わらずの無表情だが、声だけは、元気がよかった。
いやいや、もう少しご主人様を心配してくれてもいいんだよ? 俺って、辛いのは嫌いだけど、甘やかされるのはすごい好きなんだ。
って、そんなことよりも、特訓って、毎日あんなのくらわないといけないのかよ?
そんなの、剣の稽古よりよっぽどキツいじゃないか……。
「ふぉっふぉ。そう、沈んだ顔をするな。なぁにそのうち気持ちよくなるじゃろう」
「ならんわ! だいたいじーさんあんた、自分の国が滅んだっていうのになんでそんな楽しそうなんだよ! 悲しくなくても、少しは落ち込んでてもいいんじゃねーの!?」
「楽しそうに見えるか? それは良かった」
顔は相変わらず笑顔のままだが、メーロンの雰囲気が変わった。うまく言い表すことはできないけど、どこか、プレッシャーのようなものを彼から感じる。
昔、剣術の試合で自分よりも何倍も強い相手と戦ったときのような感覚。恐怖とは違う。ただ、相手の体が大きく見えるというか、自分が小さく感じるというか……。
「のう、ムサシ。人とは何だと思う?」
「はぁ? なんだよ急に」
「ワシはな、人は花瓶と同じだと思っとる。涙を流し、体という器から出してしまうと魂は枯れる。じゃが、笑顔という光を浴びせてやれば、魂は美しく咲き誇るんじゃ。気高く、強くの」
その言葉を聞いて、親父が死ぬ数日前のことを思い出した。
ーーーー泣くなムサシ
ーーーーぐ、ぐす。ないてねぇ
ーーーー思いっきり泣いてんじゃねーか。泣くと心に傷がつく。それは他人には治せない厄介な傷だ。そうだ、お前にいい薬を教えてやろう。心の傷に効く、すごい薬だ
ーーーー薬?
ーーーーああ、笑顔だよ。笑えばいつの間にか悲しみなんて吹っ飛んでく。そしてこれはな、最も鍛えるのが難しいといわれる心技体の心を鍛えるトレーニングでもあるのだ! はっはっは!
翌週には、親父は一生笑うことも泣くこともなかった。
親父は、俺の剣術の師匠で、いつも頑固で強くて、優しかった。そして、そんな親父を超えることが俺の目標だったんだ。
けれど、病に侵され、日に日にやせ細っていく親父は、見ていて胸が締め付けられるような気持になっていった。
うっかり、体をふいているときに病室に入って、骨と皮だけになった体を見たとき、自分の目標はもう達成できないことを理解した。
親父が死んでから、俺は剣術の稽古をやめ、家に引きこもるようになったんだ。
剣の理法の修練による、人間形成の道。俺は、己を鍛えることをやめ、人間形成にも失敗した。
高校も中退して、今年で2年。来年には成人式だ。でも、今の俺は、とてもじゃないが、その頃の友達に顔向けできないな。
「おいおい、ワシの名言そんなに心に響いちゃった? ねえ響いちゃった?」
「うるせぇ、ちょっと昔のことを思い出してただけだよ。そんなことより、体調がよくなったんならさっさと外にでようぜ? いつまでもここにいたら、カビが生えそうだ」
「ふぉっふぉ、そうじゃのう。よっこいせ」
メーロンは初めて会ったときに座っていた椅子を押した。
そして椅子の下から、壁と同じ、石造りの階段が姿を現した。
いかにも秘密の通路めいたそれは、所々石が欠けてまったく手入れがされているようには見えなかった。きっと、かなり長い年月を放置され続けていたのだろう。
「また地下かよ」
「心配するな、これは外へと通ずる隠し通路じゃ。普通に玄関を開け放して置いたら、獣共がはいってくるじゃろ」
そういって、メーロンはずんずん階段を降りていく。俺はその後ろ姿をしばらく見つめて、拳を握りしめ、一歩を踏み出した。
今の俺は、どんな気持ちなのだろう?
異世界への好奇心? はやく帰りたいという気持ち? どっちにしろ、恐いようなわくわくするような、不思議な気分だ。
俺は、振り返り、エバを見た。
腹の前で、手を合わせている彼女は、俺が進むのを待っているようだ。
なんにしろ、こんなかわいい子と旅ができるんだ。それって、今までの人生じゃ、きっと一生経験できないものなんだろうな。
「いこう、エバ。冒険の始まりだ」
「承知しました。私は、どこまでもあなたについていきますよ」
エバの言葉が、とても心強い。
彼女がうなずくのを確認して、俺は風の吹きすさぶ階段を降りて行った。




