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#98 ファーク


"Nace."


 家のドアを開けた途端に聞き覚えのある声が聞こえた。

 黒玉のような美しい黒髪、黒曜石のような目はこっちを見ず、背中を壁につけてばつが悪そうに顔を背けていた。


"Ers elerna?"


 名前を呼ばれて、エレーナはさらに顔をそむけてしまった。手が強く握られているのを見ると強烈な感情を想起しているんだろうということがよくわかる。しかし、会ったとたんに謝られて、こんな調子だ。付き合いづらいことこの上ない。


"Edixa mi co'c lkurf lkurferl niv deliu. Mal, co firlex niv fgir'd meiaqerz mag elx deliu niv fae xale fgir."


 やっと顔を合わせて話してくれた。それでも目はこちらを真っ直ぐ向いていない。話し方もなんだかまとまってないような気がした。

 エレーナは昨日の翠に対する行いに少し自責の念を持っていたようだ。それだから、翠に謝りに来たわけみたいだが、いざとなって話しづらくて言いたいことがまとまらなくなっていった――そういった印象を感じさせた。


"Edixa mi firlex. Mi tisod niv fhasfa mels fgir. Pa, Mi nat tydiet niv jeska'd lertasala'c fua xalija ad coss."

"Cirla io co lkurf?"


 エレーナの表情が明るくなる。場の雰囲気が華やいだ。

 エレーナはシャリヤのことを強く案じていたのだから、翠がそうしてくれることがシャリヤの安定に一番につながったと知っていたはずだ。そうならそうと早く言ってくれれば、こんな遠回りで物事が進むことはなかった。だが、終わり良ければ総て良し。イェスカにちゃんと断る言葉を告げればそれで面倒は最後ということになる。

 問いに頷いてやると彼女は安心したように息をついた。


"Ers vynut. Selene niv mi veles retoo tel nool le loler larta'st. "

"Selene niv als veles retoo!"


 冗談めかした調子でいうとエレーナは、少し笑った。

 「やっと、笑ったね」とリネパーイネ語で言えればどれだけ良かったか。自分の無学さで自分を呪いそうになるほど笑顔が輝いていた。



「柴胡の原の昔より、希望輝く……」


 大通りの上にかかる雲の一つもない晴れ空を見ていると清々しい気持ちになる。こんないい天気の中、一人で大通りを歩いていると歌も口ずさみたくなる。それほど朗らかな天気だった。

 翠は記憶の中にある歌を歌おうとしてそれ以上詩を思い出せないで先を歌えなくなっていた。鼻歌でメロディーをなぞっていくだけになってしまった自分は、どこまで記憶が無いのかと自嘲的に笑えてきてしまう。そんなどうでもいいことで笑えてしまうほどに今は緊張している。


 昨日の話で気持ちは決まった。

 イェスカの勧誘は確実に断る。そもそも自分がその教会に呼ばれた理由がはっきりしないのも怪しいし、シャリヤと契った約束のとおり、自分がこの宗教戦争に関わる道理はない。さっさと断って後顧の憂いを断ち切りたかった。


(何もなければいいのだが。)


 上着の内ポケットのあるであろう部分をさすって入っているはずの硬い物を確認する。そこにちゃんとブツがあって安心した。ヒンゲンファールから貰った護身用の銃だ。どうせ使うときは来ないと思って、常に持ち歩いているわけではなかったが、今回はそれを隠し持っていた。

 多分、断る程度で何もないだろうことは分かる。だが、宗教に関わることだから、きっと誰かが逆上したり、そもそもイェスカ自身が翠を抹殺しようとするかもしれない。それは断ったその時かもしれないし、その直後かもしれない。少なくともヒンゲンファールがイェスカの関係者であることを考えるとイェスカが去ってもしばらくは警戒する必要があるだろう。


 助けてもらって、共戦して、色んな事を教えてもらったヒンゲンファール女史が自分を殺すかもしれないということはとてもじゃないが考えづらいが。


(ん?)


 大通りの端に路地を見つめる見覚えのある人影を認める。アーミージャケットとデニムのショートパンツ、誰かに貸してもらったのか上着は全然似合っていない。首元のファーが風に押し付けられて、寒がるように体を震わせていた。


(今度はフェリーサか。)


 背丈の小さいフェリーサでも、簡単に気づくほど今日の大通りは人がいなかった。

 無視して通り過ぎるのも良い気がしないので、声を掛けて挨拶くらいはしようと思っていた。しかし、近づいても近づいてもフェリーサはこちらに気付く様子がなかった。じっと狭い路地を見つめている。体調が悪いわけではなさそうだし、むしろ表情は華やいでいる。笑いで肩が震えているのが分かる。

 狭い路地裏で漫才でもやってたりするのだろうか。それにしても、人が少ない。ならなんだろう、フェリーサは確か一人で路地裏をみてなんとなしに笑うような変人ではないはずだ。


(しかし、なんか気に入らないな。)


 どうでもいいが、以前にフェリーサに驚かされてから、全く仕返しを出来ていない。この際、お返しは今やってしまうのが一番だと思った。少しづつ近づいて、肩を触ろうとする。


"Jusnuk!"


 上手に驚かせることが出来たと思っていた。

 だが、フェリーサは瘧にかかったように一瞬震えて、無言になってしまった。何か小さな容器が地面に転がる。白い結晶のようなものが、地面に散乱した。容器には緑色の玉のような絵の下に"Verleterl tharmkarlt : Lankirlen fhark"と書いてある。全て知らない単語ばかりでなんのことかはさっぱりだ。


「なんだ……?」


 拾おうとしたところフェリーサが無言でその容器を蹴飛ばした。容器はそのまま排水溝の中に吸い込まれるように転がり落ちた。フェリーサは地面に残った結晶を掃除するように足で掃いた。

 翠を認めるなり、不自然に笑って手を広げる。


"Ej! Edixa mi jusnuk fai co! Sysnul io co akranti harmi...... ar......"


 いつも通りのフェリーサが戻って来たかと思ったら、目の色が変わっている。いつもは黒色なのに、透明感のあるルビーを思わせるような赤色の瞳になっていた。人の瞳なんてそうそう色が変わるものではない。では、本当にこの人間はフェリーサなのだろうか。

 異変に付いていけなくなった。怪訝そうに見られたことに気付いた彼女は翠の肩を掴んだ。

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