#95 "josnusn"の解読
Josnusn
【ftl.u】Ers qa'd larta zu es lidyster fhasfa'it.
:Si'd josnusn mol fal xelt'angil.:
「二人の人」と書いてあるのが気になる。更に"lidyster"という単語がわからないが、後に"fhasfa"という名詞の対格"-'it"が付いているから元は動詞"lidyst"だろう。というのも受動動詞veles、使役動詞celesやこれまでの文章を見ていると、動詞の派生単語はどうやら名詞を取った状態でもできるらしい。どういうことかというと"lkurf co'c" 「貴方に話す」を動名詞化すると"lkurfo co'ct" 「貴方に話すこと」になるのだ。つまり、普通の格の接辞にtを付けることで、動詞の派生語が名詞を取っていることを明示しているらしい。
ということで動詞"lidyst"についても辞書を引いてみよう。
lidyst
【ft.i】s's c'c celes faso ny retoo'it.
:Mi veles lidysto fal lipalain icco.:
「生きることを始めさせる」。"celes"が"fas"の動名詞を取って、"fas"が"ny reto"の動名詞を取っていて読みづらいがまあそういうところだろう。多分、「産む」とか「産みだす」とかそういった意味だろう。
josnusnの語釈――"Ers qa'd larta zu es lidyster fhasfa'it"に戻ると、この意味は「誰かを産んだ者である二人の人間である」ということになる。
(「両親」のことか……。)
エレーナが言っていたことは「異教徒たちは私とシャリヤの両親を殺した」ということになる。親が死んだら、ただでは居られないだろう。それなのに彼女らは頑張って生きてきた。
翠がシャリヤの前に現れてから、シャリヤは翠が異世界に不慣れでリネパーイネ語を理解できないからと、色々なことを教えてくれた。敵である異教徒たちにレトラが一回攻め込まれたとき、自分はシャリヤを命がけで救おうとして、救えたと思っていた。でもよく考えれば、レシェールがいなければ自分は死んでいた。しかも、シャリヤを庇って死んだなら、これは彼女にとって二回目の悪夢になっていたはずだ。
ため息が出て来る。テーブルに落ちる自分の影が自分を見ているようで心地悪さを感じて目を反らす。
シャリヤが、日本語を教えてほしいと懇願したその声、あの表情もきっと彼女が寂しくて、これ以上知り合いが酷い目に合ってほしくないという心配な気持ちで自分のところに引き留めたかったからだろう。レトラで実際に翠が死の危険に晒されたことでシャリヤには二度目の危機を覚えたはずだ。異教徒がシャリヤの親を殺したとき、親はシャリヤを守ろうとしたはずだ。そのように翠も自分を守って死ぬのではないかと気が気ではなかっただろう。
エレーナは"Tisod mels jeska ad hinggenferl, xalija ad co."と去り際に言っていた。シャリヤはきっと翠にイェスカの元には行ってほしくないのだろう。この宗教戦争に関われば命の危険が伴うのは当然のことで、シャリヤからまた人が去って行くことになる。イェスカの教会に関わるということはそれほどシャリヤに影響を与えていたのだろう。自分が彼女を大切な人だと思うのと同等に、離れてほしくない大切な人と彼女に認められていたということには全く気付いていなかった。
気恥ずかしさで顔が紅潮する。顔の火照りを払おうとして顔を振った。
こんなことは、エレーナに教えてもらったようなものだ。自分は何も知らずに、不注意で彼女たちの複雑に絡み合った気持ちを乱してしまった。自分だけでは何も分からず、傷つけられた当人を良く知っている人の代弁でやっと事実を知ることが出来た。恥ずべきことだ。自分は一番身近なシャリヤのことを何も理解できていなかった。主人公だのなんだのと意気揚々に振舞って、結局は人を心配させ続けていたということだ。
「謝らなきゃな。」
無意識的に出てきた言葉を耳が拾う。やること、言うことは大体決まっていた。
辞書を戻して、席から立ち上がる。ガラス張りの窓から射す日は夕焼けとも真昼間とも言い難い傾き方をしていた。夕食まではまだまだ時間があるだろうし、それほど急ぐ必要もないと感じた。しかし、早く伝えたいと気分が急かしてくる。
この気持ちを押さえつけながら、翠は図書館からゆっくりと外に出ることにした。
カウンターのヒンゲンファールは、手を振る翠を見て、挨拶の代わりに微笑み返してくれた。
心が少し傷んだ。彼女も自分に向かって懇願していたからだ。彼女の期待は……裏切ることになる。だが、大きいものは両手で一つしか持てない。
(それに俺に世界平和なんか、荷が重すぎるもんな)
人っ子一人、助けられず死にかけた人間が世界平和なんか作れるわけがない。ヒンゲンファールもイェスカも自分を買いかぶり過ぎているのだ。だから、それはきっと誰かがやってくれる。別の英雄なり、主人公なり呼ばれる人間がどうにかする話だ。だから、俺はそんなことよりシャリヤを選ぶ。
大通りはいつも通りの賑わいだった。頬を撫でる風が気持ちを更に高ぶらせた。




