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#92 避けようとしていた


"Hnnn......"


 シャリヤは依然、ひらがなと格闘していた。大体のひらがなは覚えたようで、一朝一夕で良くここまで覚えられるなと思う。


(まあ、大分時間は掛かっているがな。)


 今日、自分は起きてから特にすることもなかったので惰眠を貪っていた。そんなところシャリヤが「日本語をもっと教えてほしい」と言ってきたので文字を教えようとしたのである。五十音表を書いて、それぞれの読み方をリパーシェ文字で転写した。

 シャリヤはひたすらこれを書き写し、遂に自分の名前や街の名前をひらがなで書けるようになっていた。


(まあ、ここまでに色々と大変だったところがあったのだが……)


 例えば、「あ行」「か行」「さ行」「た行」まで教えた時――


"ta ti tu te to?"

"niv, fqa veles lkurf xale ta chi tsu te to."

"???"


 例えば、「ん」が付く単語を教えたとき――


"fqa es 看板."

"Kambang...... mi firlex."

"Mal, fqa es 言語."

"???"


 大体起こっていることは、インド先輩の過去の発言から薄々分かっていた。つまり、日本語の音素がシャリヤにとっては奇妙に見えるのだ。

 音素と客観的に区別される音は異なる場合がある。日本語の場合だと「た行」は一つの音素/t/だが、「た」、「ち」、「つ」はそれぞれ客観的には違う子音[t]と[t?s]と[t??]に分けられる。シャリヤがこれを奇妙だと思うということは彼女の母語であるリパライン語では、これらの子音は一つの音素としてみなさないのだろう。日本語では一つとしてみなすから自分たちは不思議に思わないだけなのだし、多分そうだろう。


 「ん」も同様で後に来る音によって、[?] [m] [n] [?] [??]......と多様に変化する。「看板」の「ん」と「言語」の「ん」は別の子音だということだ。これらもリパライン語の音素としてはしっかりと区別するということなのだろう。

 そんなこんなでリパライン語の音素も理解しながら、シャリヤに日本語ではこのように読むのだということを無理やり言いくるめるしかなかった。リパライン語で言語学の説明など、目標が高すぎるのだ。

 結局、シャリヤは疑問も挟まずにそれを飲み込んでくれた。そうして、色々と単語を書いてみて今に至る。


"Ers vynut. Co tesyl lot krante hirlagana."

"Xace."


 シャリヤは照れながら、満面の笑みを浮かべていた。頭を少し傾げるしぐさが可愛らしい。

 戦争やいざこざに巻き込まれるより、こうやってシャリヤと一緒に平和な生活をしているのが一番いい。

 ふとそう思った。イェスカの手紙やヒンゲンファールの懇願するような顔が想起される。皆が自分を呼んでいるが、自分が居なくても、きっと誰かがやってくれる。あるべきものをあるべきところへ、なすべきことがなされる。そう思い込んで彼らの残滓を記憶の隅へ追いやった。


"Salar, cenesti ad xalijasti!"


 声する方にシャリヤと共に振り返ると、そこにはエレーナが立っていた。手にかごを持って、微笑みながらこちらをうかがっていた。かごからは甘いいい匂いがしてくる。


"Edixa mi letixerlst la baneart."

"La baneartasti! Ers vynut."


 シャリヤはエレーナのかごを受け取って、中身を確認し、彼女を中に招き入れた。エレーナはシャリヤの向こう側の席に座った。翠の姿を認めると、挨拶の代わりに笑顔をくれた。


"Harmie co letix mal klie, elerna?"

"Hnn? Ers baneart?"


 エレーナは「バネアート」という名詞を当然のように出してきた。多分持ってきたかごに入っていた食べ物の名前なのだろう。その、食べ物の名前が分かって当然という態度は割と心に来る……。某アイヌ語研究者は何も分からずに北国に渡って、40日間で大体の会話が出来るようになった上に、口承伝承などの研究までしていたのだから良く分からない。代わって、こちらはもうこの世界に来てから18日経つというのに知ってて当然というような食べ物の名前すらしらない。

 彼女らに寿司、もち、照り焼きとか日本料理の話でもしてあげれば文化の違いを理解してもらえるだろうか。まあ、日本料理を振舞ってやりたいのは山々だが、翠には残念ながら料理の腕は無い。お湯を注いで四分待つ革命的な調理以外にほぼ何もできないほどに。生活力の無さをわたくしの言語力で隠さなきゃ……。


"Xalijasti, cene fenxe la baneart?"


 エレーナはキッチンに居るシャリヤに呼びかけていた。シャリヤは"Ja."と小さく答えた。シャリヤはキッチンは暗がりだったのでよく見えなかったが、かごからバネアートらしきものを三つの小皿に分けていた。

 そういえば、さっきから"letixerlst"や"fenxe"とかところどころ聞いたことが無い単語が混ざっている。シャリヤがバネアートを準備している間に、これらの意味を知っておいてもいいだろう。


"Elernasti, Mi qune niv <letixerlst> ad <fenxe>. Selene mi veles kantio."

"<letixerlst> ad <fenxe>...... Shrlo ekce mili plax."


 一瞬悩むようなしぐさをしたが、エレーナはシャリヤのいるキッチンの方まで行ってしまった。シャリヤと一言、二言話して、小皿をこちらに持ってくる。手伝おうと思って、シャリヤの方を気にしていたのだなと思っていたが、エレーナは小皿をテーブルに置かずに"xel cen's."と自分の方を見るように促した。


"Edixa Mi letixerlst baneart."


(ああ)


 エレーナはどうやらそれぞれの語の意味を実演しようとしていたらしい。今の動作を見ていると"letixerlst"は「持ってくる、運ぶ」というあたりだろうか。では"fenxe"は何だろうか。

 エレーナは翠が得心したのを見て、小皿を翠の目の前に置いた。小皿にはバネアートと呼ばれたものらしきものが置かれていた。外見は餡子のような感じで、非常に甘い匂いがしてくる。色は黒砂糖か何かで調味されているのか黒っぽい茶色という感じだった。


"Edixa mi io fenxe la baneart cene'c."

"Edixa mi firlex. Xace."


 どうやら"fenxe"の意味は「食卓に置く」とかそういう意味なのだろう。そういえばこちらに来た最初の方、シャリヤに食事を出してもらった時にも、言われた気がしなくもない。

 シャリヤが残りの二人の分のバネアートとグラスに入った飲み物を持ってきた。このグラスに入っている飲料は、ここに来てからよく飲んでいる飲み物だ。薄く白く不透明に濁っていて、味はほんのり甘いような酸いような感じだった。一言で言い表せばスポーツドリンクのような味の飲み物だった。


"Merc, elernasti. Xalija fenxe baneart. Ers niv?"


 翠はシャリヤがバネアートをテーブルに置いたのを見計らい、確認するつもりで言った。

 しかし、空気が固まったかのように二人とも一瞬止まった。シャリヤはびくりと肩を震わせて立ち尽くしていた。サファイヤのような目から輝きは失われ、今にも泣きそうになるのを抑えこんでいる表情だった。

 エレーナは眉をひそめ、こちらを睨みつけた。


"Cenesti...... Harmie co lkurf fgir las......?"


 またオレ何かやっちゃいました?――では、済まない雰囲気に一変してしまっていた。

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Xace fua co'd la vxorlnajten!
Co's fgirrg'i sulilo at alpileon veles la slaxers. Xace.
Fiteteselesal folx lecu isal nyey(小説家になろう 勝手にランキング)'l tysne!
cont_access.php?citi_cont_id=499590840&size=88
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