#84 マニソマ
ある程度手紙が解読できたときには、日は傾いていた。背の低い夕焼けが覗き込むようにガラス張りの窓から差し込んで、あまりの眩しさに振り向いてからやっと時間の経過に気づいていた。時計を見ると数時間掛けて大体の内容をやっと読めるようになったらしかった。
7時の夕食に間に合わなくなる前に図書館を出て、食堂に向かう必要があったので、食堂に入ったが遅れに気を張りすぎて、食堂の中には人気がなかった。食堂担当者が準備をしているようだったので、それが終わるまで椅子に座って手紙を眺めていた。
つまり、手紙の内容はレトラでシャリヤを助けたことを賞賛し、翠が何らかの活動に参加することを促すものだ。イェスカが口頭で言っていたとおり、"lertasal"に来て、「世界を変えよう」と言っている。この戦争は多分宗教戦争で、イェスカは市民たちの指導的立場にあるはずだ。"lertasal"が何かは知らないが、"mi'd"とかがついているところから見ると多分教会とか宗教組織的なものなのだろう。
普通なら断るべきだ。何が好きで自分を選んだのかは知らないが、その宗教のことを一ミリも知らないのだ。それに信仰もしていない宗教に関わっていいものだろうか。
でも、はっきりと面と向かって「私はリパラオネ教徒ではないので、教会へは行きません」と言ったらどうだろうか。明確に"fentexoler"の烙印を押されたら今度こそレトラから追い出されるか、獄中生活が始まるか、殺されることだろう。
そんなことを考えているうちに食堂から人がこちらに無表情で手を降っていた。準備が出来たようなので、手紙を鞄にしまい、プレートをもって今日の食事を受け取る。プレートを机まで運んでから気づいたが、今日の配給も缶詰とパッキングされた水と、クラッカーだった。
頬杖をつきながら、缶詰の金具を外す。濃い目に粉っぽいソースで味付けされたひき肉をクラッカーですくって食べる。以前見た食べ方の通りに食べていた。しかし、ひき肉のあまりの味の濃さと粉っぽさに、二口目で完全に飽きが来た。保存食に文句は言えないが、このメニューは何時まで続くのだろうか。
口の中がぱさぱさになったところで水のパッケージを開いて、呷った。一人だけの食事はものの数分で終わった。
日は既に完全に落ちて、星の光が見えていた。大通りを歩きながら、空を見上げる。異世界でも星座はあるものだろうか。どういった歴史を経て決まって、どんなものが充てられているのか調べてみると面白いのかもしれない。
今日は、「明日ヒンゲンファールとの約束がある」とシャリヤに言ってさっさと寝てしまおう。そのためにはリネパーイネ語で何といったらいいのだろうか。住居に戻ってきて、ドアノブに触れながらそんなことを考えていたが、一言で表すことに執着している気がして考えを振り払った。
"Xalijasti, fal sysnul......"
ドアを開けて、部屋を見渡すとそこにはなぜかイェスカがいた。シャリヤと向かい合ってカードを持って遊んでいるらしかった。言いかけてとどまったしまった翠を見て、二人とも頭をかしげてこちらを見ていた。
"Deliu mi tydiest hingvalir'l fal finibaxli."
"Hm, firlex. Wioll co sulaun?"
シャリヤが手を合わせて顔の横に置き、寝るジェスチャーをしながら尋ねてくる。多分、"sulaun"は「寝る」という意味の動詞で「すぐ寝るか?」と訊いているのだろう。
"Ja. Sysnul io――"
"Lecu co at es manicoma'i."
右肩に手をおいて、好奇心ありげな表情で言う。イェスカは椅子から立ち上がってこちらに来た。シャリヤとカードで遊んでいたテーブルを指差して言っているところから、カードの名前かゲームの名前が"manicoma"というものなんだろう。確認しななければ。
"Fqa es manicoma?"
テーブルに寄って、カードを一枚めくって呟く。カードにはこの異世界で初めて見つけたボードゲーム"cerke"の駒にもあるような漢字のような文字が一文字書かれており、その下にリパーシェ文字で何か書かれている。
"Ja, co qune esel manicoma'i?"
"Niv."
イェスカは知らないと聞くと、目を丸くしてシャリヤと顔を見合わせていた。それだけ、ここでは有名なゲームなのだろうか。少し興味が湧いてきたが、同時に眠くもなってきた。
結局、椅子に座って、シャリヤとイェスカのゲームをぼんやりと眺めていた。五つの短い木の棒を振って、数を決め、山札からカードをその数だけ引く。引いたカードを出して、縦に並べたり横に並べたりしてイェスカとシャリヤは何やら話していた。駆け引き中心のゲームというより、ロールプレーが中心のゲームなんだろうか。
そんなくらいしか見ていて読み取ることはできなかった。しかも、椅子に座ってから黙ってそのカードの操作を見ていると段々と眠みが増してきた。明日のこともあるだろうし、もう寝てしまっても良いだろう。
そう思って、翠は椅子に座ったまま寝てしまった。




