#75 あれ、見覚えが……。
「う、うるさいぞ……。」
早朝、複数の足音に目を覚まさせられる。よくわからないが、外を大勢の人が追いかけているらしい。ベッドから起きて窓を開けて周囲を確認すると民兵たちが何かを追いかけていったあとが見えた。銃を掲げて、今にも撃ちそうな雰囲気だ。何が起こっているのか良く分からず、シャリヤを呼ぼうとして部屋の周囲を見渡すが誰も居ない。
(おかしいな、いつもなら一緒に起きて朝食を食べるのに。)
"Mili! mili ti lu!"
「え?」
聞き覚えのある声が窓の側から聞こえて驚く。窓枠を掴みかかるがごとく、戻って窓から身を乗り出して声のした方を見るとシャリヤが息を切らしながらさっきの民兵を追い掛けていた。
良く分からないが追いかけるほかないと思って、服を着替えて部屋を出ていく。シャリヤを止めないとまた民兵たちが何をするかもわからない。基本的にこのレトラの街の民兵は神経質なうえに頭が悪い。"flarska"の命令には愚直に従うが、こちらの言うことはまったく聞いてくれない。シャリヤが誰かを庇おうとしているなら、まずシャリヤが追い掛けているのを止めてから考えを練らないと、何をされるか分かったものではない。
家を出て、左右の道を確認する。この家は窓側とは反対側に出入り口が付いている。家を半周回って窓側の通りにすぐに出ると、民兵たちやシャリヤの姿は既に見えていなかった。どこに行ったのか分からないが、後を追い掛けるほかないとその道を走っていく途中で民兵が何かを囲んで銃を構えているところを見つけた。
(やけに早く捕まえることが出来たんだな。)
面倒ごとにならないうちにシャリヤをこの喧騒から遠ざからせようと思い、周囲を見渡すと民兵の後ろで金魚のように口をパクパクさせているシャリヤが見えた。その視線の先は民兵が銃を向ける方向と一致していた。シャリヤに近づいて一体何がどうしてこうなっているのか訊こうとしたが、シャリヤが顔面蒼白で立ち尽くしているために根掘り葉掘り聞く気にはなれなかった。
"Xalijasti, harmie mol?"
"Xel fgir."
そう言われて指す方向を見ると、レシェールが誰かに捕まってこめかみに拳銃を当てられていた。良く分からないのは、レシェールを人質にしているのがここで一回も見たことがない少女だということだった。レシェールはといえば呆れ顔で民兵たちを眺めている始末で全く緊張感がない様子だ。
民兵たちは顔に汗を浮かべて少女に照準を合わせたまま微動だにしていなかった。こんな状況がさっきから続いている。
(そういえば、あの顔どこかで見たような気がするぞ。)
少女の顔を凝視して、考える。どこかで見たことがあるような気もしなくはないが、この世界で見た顔といえばレトラの住民くらいだ。もし転生前に見た顔に似ているとかそういう話だったら多分全く関係ないと思うが。
"Edixa mi klie fua jazugasaki.cen!"
"Lkurf niv! Fanken paz!"
八ヶ崎翠という声が聞こえて、顔面蒼白だったシャリヤの顔は一瞬で血の気が戻ってくる。平常心に戻ったかと思えば、怪訝な顔でこちらを見てきた。
"Merc cenesti, co qune niv jeska, ja?"
"Ja pa,...... え!?あれは……Ci es jeska!?"
驚きの余り日本語が出てしまったところを途中で修正して、言い直す。シャリヤはその問いを聞いてこくこくと頷いた。そういえば、どこかで見たことがあるといえば"Xol fasel"に挿入されていた悪趣味なセットの中で男を踏みつけていた少女によく似ている。つまり、有名な芸能人がそこらへんのおっさんを人質に何かを要求しているわけか。で、その要求が自分ということになると。
"Merc, xalijasti, deliu mi es harmie'i?"
"Deliu co lkurf co'd ferlk sisse'c?"
なんだか面倒ごとに巻き込まれた感じがあるが、こうなったらしょうがない。
交渉人として働くほかないのだろう。
"Mi es! Mi es jazugasaki.cen!"
手を挙げて、近づくと全員がこちらに注目する。呆れ顔のレシェールを人質にしている少女――イェスカもそれに気付くとニンマリと笑みを浮かべてこちらを見てきた。首を傾げ、舌なめずりをして嗜虐的な笑みを浮かべている少女は非常に麗しくみえたが、民兵が警戒している状況は変わらなかった。




