#70 "Xol"の解読
図書館の中にはあまり人は居なかった。多分ターフ・ヴィール・イェスカの来訪の準備とかで忙しいのだろう。興奮して本も読めないほどなんだろうけど、自分にとっては全く知らない人だ。本を読めばどうにかなるとも思うが、それでもノリについていけるか不明だ。
椅子に座って、持ち合わせている辞書を開く。まずは、題名の"Xol fasel"のうち、最初の"xol"の方を辞書で引いていこう。
Xol
【ftl.a】Ers xerf furnkiergo xinien tisodel ol parcdirxel.
:Aldarlirpa veles lazzijavo fai xol.:
難しい単語が多すぎる。"furnkiergo"とか"parcdirxel"ってなんか単語が長いし、相当高等な概念なのか説明しづらい抽象的な概念なのかもしれない。
かもしれない、というのはその文化圏で一般的でない概念とかは相対的に短く言う必要が無いから長くなる傾向があったりする。例えばナヴァホ語では日本のことをBinaa?adaa?ts?ozi dine?e bikeyahというわけだが、直訳すれば「(彼らの)目が細い人々(彼ら)の国」という意味だ。英語の"Japan"だとか日本語の「にほん」か「にっぽん」を借用しなかったのはきっと彼らにとって日本が身近ではなかったからかもしれない。
逆にその文化圏特有の単語は多用されるために短くなったりならなかったりする。例えば、日本には「津」という地名があるし、ノルウェーには"A"という地名がある。韓国語の"??"は「利子は払って元金はそのまま借金として残る」を表したりする。
タミル語では生姜のことを"இஞ்சி"という。この文化圏でよく使われるから二音節の単語なのだろう。ちなみに英語の"Ginger"は古典タミル語の"இஞ்சிவேர்"に由来しているらしく、これがサンスクリットに輸入され"शृङ्गवेर"になり、それがシャウラセーニー・プラークリット語で"सिङ्गबेर"になり、これが古典ギリシャ語に輸入されて"ζιγγίβερις"になり、またこれがラテン語に輸入されて"zingiberi"になり、中期ラテン語で"gingiber"になって、それが英語に輸入されたらしい。本当に身近な単語でも思いもよらない由来があるというのが語源のおもしろいところだ。
語釈に戻ろう。
"tisodel"は一応意味が分かった。動詞"tisod"に接尾辞"-el"が付いたものだ。これと接続詞の"ol"以外は良く分からない。
多分、"tisodel"と接続詞で繋がれている"parcdirxel"は名詞なのだろう。"tisodel"が動詞に"-el"が付いた形なのだから、もしかしたら動詞"parcdirx"があってそれに"-el"が付いた形なのかもしれない。
"Ers"は大体辞書で一番最初に書かれているもので、"e es"の略だ。動詞と考えると、後に来るのは名詞句ということになりそうだ。まあ、もしかしたら西洋言語みたいに特定の動詞と一般動詞を合わせて、受動態や完了形などを表す形のようなものがあるかもしれないが、今までそういった文は見たことがないから多分存在しないのだろう。
そうなると、"xerf furnkiergo xinien"が何なのかが重要になってきそうだ。
そういえばこの一週間リネパーイネ語を話す様子を注意深く観察していると重要なことに気付いていった。緩衝音には多分子音も存在している。語彙数も少ないから、法則はまだ良く分からないが、-rg-とか-v-とかが特定の環境で挟まれる。"furnkiergo"もそんな感じがする。分解してみれば、"furnkie"と"-rg-"と"-o"に分けられる。"-o"は動名詞の語尾なわけだから、"furnkie"は動詞だと考えられるわけだ。つまり、"furnkiergo"が「……すること」というところまでは分かった。
名詞という扱いならその前に付く"xerf"は形容詞だろう。リネパーイネ語は後置修飾じゃないので、"xinien"はその後の単語"tisodel"を修飾する形容詞だろうと考えるのが自然だ。語釈は"Ers xerf furnkiergo xinien tisodel ol parcdirxel."というところまで分かるようになった。
"furnkie"と"xerf"と"xinien"と"parcdirx"を調べなくてはならない。次から次へと習得しなければいけない単語が増えていくが、まあ最初の方は頑張って単語を覚えていかなきゃいけない。それも日本語対訳の単語帳とかがあるわけじゃなくて不完全な言語力で辞書を読み込まないといけないのだから大変だ。『苦しんで覚える異世界語』とか……元の世界に戻れたら、きっと書いてやる。
さて、次はとりあえず"parcdirx"から処理していくことにしよう。




