#68 誰だろう
"Ar, co qune niv ci......"
"E, co qune niv!?"
二人とも知ってて当然かのような反応をしてくる。シャリヤが動詞"qune"の後に"ci"を置いているところを見るとどうやらターフ・ヴィール・イェスカというのは女性の個人らしい。エレーナの本名が"Skarsna haltxeafis elerna"だったりするように名前に三つの単語が出て来るのは比較的一般的なようだ。
"Mal, Hame ci es?"
驚かれたままでもしょうがないので更に踏み込んだ質問をする。
"hame"は疑問を表すみたいだが、こういう疑問を表す単語はなんでもかんでも文頭に出て来て、格の接辞をつけなくても大体意味が通るらしい。週に数回ある労働時間でよく一緒に働いている人に"hame"とよく訊かれたから雰囲気でそういうものだろうと覚えてしまった。
"Tarf virl jeska es yuesdera'd xoler'd ckurjaver."
訊かれたほうのエレーナが得意げに胸を張って答える。しかし、分からない単語が多すぎて良く理解できていない。
"Ci es set larta?"
"Plascekon vietisterl es <ja>."
"set"という形容詞を使ってまた簡単に訊いてみたが、帰ってきた答えがまた良く分からない。二週目を経て語彙力は二倍くらいになったと思っていたのに、それでも円滑なコミュニケーションが出来るまで程遠いと考えると道のりはまだまだ遠いのだなあと感じる。
シャリヤは翠があまり良く理解できていなさそうだと感じたのか、ドアから離れて部屋の奥に進んでいった。部屋の奥にある棚から何かを取り出してきた。一冊の手頃な本を携えて、翠の前に戻ってきた。
"Fqa'd kranteerl es harmie?"
"Ers <Xol fasel>. Kranteerl veles kranteo mels tarf virl jeska. Lecu co akranti fqa."
エレーナの疑問に対して答えながら、シャリヤは携えた本を翠に向かって差し出す。
受け取った本の表紙には確かに"Xol fasel"と書いてある。きっと、ターフ・ヴィール・イェスカはこの本に書かれるような重要人物なのだろう。大筋、「有名人が来たから凄い!」ということなのだろう。
"Xalijasti, Deliu miss ternejafna fua fqa."
"Ja, jexiert."
エレーナと確認を取り合うとシャリヤは共にドアから外に出ていこうとしていた。翠自身も何かなと部屋から出ようとしたがシャリヤにおしとどめられてしまった。本を指さして、"mili plax fal fqa."と言われてしまった。そのまま部屋に取り残されたまま、シャリヤとエレーナは何処かへ行ってしまったし、やることもないしー、引きこもってるしー、ヒロインには置いていかれるしー、よのなか、せちがらいのじゃぁ……。
一体ターフ・ヴィール・イェスカがどのような人物かは分からないが、シャリヤやエレーナのような少女たちが来ることで喜ぶような人というのは芸能人だろうか?異世界のアイドルとか考えたら、興味が出てきた。
別に戦地にアイドルが居たとしてもおかしくはない。戦時中に慰問のために戦地に足を運んだ歌手や芸人が居たらしいが、そういうものだろう。とすると、この本はその芸能人を取り上げた本なのだろう。
本の表紙はそこまでアイドルアイドルしていない。ポップでもないデザインで固い感じの字体でグレーの表紙に黒字で"Xol fasel"と書いてある。まあ、アーティストのロゴにもポップな奴とポップじゃないやつがあるし、そういう感じなんだろう。ぺらぺらとめくれば、中にそのターフ・ヴィール・イェスカちゃんの写真でもあるだろうと思って、本の端を抑えてページを適当にめくっていくと白黒だが写真らしきものがあるページを発見した。
(おっと……?)
この世界のアイドルを見てやろうと思ったが、なんかカーキ色の軍服を着て、立っている少女とその周りに何人か男性が立っている。軍服風の衣装を着た撮影とか結構凝ってるなあと思う。しかし、次のページに書いてあるのは血塗れの人間の身体を踏み付けながら、笑顔でうつっている少女の写真だった。
(こういう趣味じゃないけど、きっとこういうのを好む人間も居るんだろうな。)
きっと、「我々の業界ではご褒美です。」とかいうやつだ。でも、血塗れになるまで蹴られたがるだろうか。まあ、異世界での性癖を地球人のそれと同じと考える方がおかしいだろう。地球人のそれだけでも多種多様な性癖があるだろうから存在を否定することはできないだろう。
シャリヤやエレーナが翠をそれから引き離そうとしたのは、そこまでよく知らない人間に見せても異様に見えるからと感じたからだろう。一般的な社会においてはタブーと見なされるのだろうか。
(でも、そんな人間を慰問に向かわせるのか……?)
謎は深まるばかり。もしかしたら、この文章をちゃんと読んだ方が良いのかもしれない。日本語だったらそこまでの分量でもないが、文章をそこまで読んだことのないリネパーイネ語だったら結構な苦労になりそうだ。辞書は手元にあるが、ちゃんとサポートしてくれるネイティブが必要だ。
(シャリヤやエレーナは忙しそうだし、こうなったら一番頼れそうなのはヒンゲンファールさんだな)




