#44 芋づる式は疲れるよ!
"Fqa es kraxaiun mal fqa es plasierl."
レシェールは翠が開いていた辞書にある単語を指して言ったのちに、その下の語釈を指して"plasierl"と言った。
"plasi"に"-erl"がくっ付いた形なのだろう。例によって"i"のあとに母音がくっつくと"j"になる法則にちゃんと従って、「プラズィエール」ではなく「プラズェール」になっているところをみると機械的にも見える音韻法則に従って発音をするレシェールたちが無機質なものに見えてきて、この視点の転換もまた面白いと思ったりした。まあ、レシェールたちは人間だし無機質な『もの』ではないけれど。
単語を指して"kraxaiun"と言ったところを見ると、この単語が「単語」という意味であることは確実らしい。すると問題は"plasi"の方だ。語釈を指して"plasierl"と言ったということは、つまり「語釈」は"plasi"の結果生まれたもの。"levip"の語釈には"plasi kraxaiun"と書かれている。つまり、"plasi"は「説明する」という意味の単語だろう。
"Ers kranteerl zu plasi kraxaiun ol meiaqerz ad et."
ここまで何とか分かったが、なかなか細かい単語が分からない。考えているうちにレシェールが隣の席に座った。気になって隣を見ると、「勉強しろ」とばかりに辞書を指し示してきた。集中しているところを邪魔したくないが、勉強の様子を見て助けてあげたいという感じか。ネイティブの助けは非常に助かる。
さて、長めの単語である"meiaqerz"から辞書を引くことにしよう。多分これは名詞で他の細かい奴は接続詞や面倒な文法や句法が絡むやつだ。とりあえず名詞で大体の文意を掴もう。
Meiaqerz
【fto.e】Ers qanteerl leus eustira'd kraxaiun.
:Ales lersse lineparine'd meiaqerz.:
例文の"Ales"は、シャリヤの苗字と同じだ。多分例文では主語に人名が来ているのだろう。どうやら"meiaqerz"は学べるもので「リパライン語の」で修飾できるものらしい。あと語釈が"levip"と同じように"Ers"から始まっている。多分「~とは」みたいな感じで辞書の語釈では定型句なのかもしれないとおもって周りにあった他の単語を見てみると"Ers"から始まるものが多かった。
"qanteerl"は「qanteするもの」と読むことが出来る。"leus"は多分前置詞で"qanteel"と"eustira'd kraxaiun"の関係を指し示している。そうなってくると"eustira"と"qante"が何なのかが非常に重要だ。
"Lexerlesti"
尋ねようとすると待ってましたとばかりに"harmie?"と答えてくれる。
"Selene mi firlex kraxaiun. <Qante> ad <eustira> es harmie?"
レシェールはそれを聞くと少し唸って考え始めた。
何というかレシェールは頼れるおじさんではあるが、外国語の先生というタイプじゃない。どちらかというと生活指導とか体育の先生といった感じで言っちゃ悪いが理性の質が悪そうというか……。
ただ、ネイティブに教えてもらえるほどいいことはない。説明力が無くても訊き出せるだけ辛抱強く聞き出そう。
"<Qante> es lkurfo ad kranteo ad skurlao ad et."
"Skurlao...... es harmie?"
"lkurfo"や"kranteo"に並列しているとすると"skurlao"も同じ動名詞で語幹の"skurla"は動詞のはずだ。
レシェールはその質問を聞くとノートの脇にあったペンを取って、ノートに何かを描き始めた。10秒ほどで書いた絵は簡単だが分かりやすい人間の行為の姿を表していた。
(なるほど、「描く」だ。)
人が画筆を振るう姿をレシェールは書いていた。人がキャンバスに描いていたのは動物か何かであまりにシンプルに描かれていてそこまでは分からないが、とにかく絵を描く姿が描かれていたと言うことは"skurla"は「描く」という意味になる。
つまり、「Qanteは話すこと、書くこと、描くこと」ということになる。何というかいずれも何かを表すことだから"qante"の意味は「表す」ということが考えられる。
次にレシェールはその絵の下に一つの箱と多数の箱を描いた。
一つの箱の下には"xinirftle es <stafiort>"とあり、多数の箱の下には"eustira es <stafiortaSS>"と書いてある。SSが異様に強調して書かれているのを見るとここが重要な部分らしい。上の絵との相関性を鑑みるにこれは……。
(複数形と単数形ってやつですよね……。)
あまり好ましくない兆候である。
日本語は複数であることに敏感ではない言語だ。兄弟が複数いても兄弟たちと言っても言わなくてもよい。でも、英語ならちゃんと"brothers"と言う必要がある。もし、リネパーイネ語が複数に敏感であれば少し面倒かもしれない。何せ常に複数かどうかについて気にかけていないと行けないからだ。面倒くさいことこの上ない。
それはともかく、"eustira"が「複数形」であることは簡単に理解できる。そして、絵で対称に表された"xinirftle"が「単数形」であることはもはや自明の理だ。あと、複数形の作り方もなんとなくわかった。
"Co firlex?"
"あ…… Ja."
考察にどっぷりハマっていた翠は集中力を完全にそっちに切っていて、怪訝な顔でのぞき込むレシェールに全く気付いていなかった。応答してレシェールは安心したのか、少しのけぞって座る。
これまで得られた情報で"meiaqerz"の語釈である"Ers qanteerl leus eustira'd kraxaiun"は大体理解できるようになった。
つまり、辞書は「複数形の単語を使って表すもの」が"meiaqerz"であると言っているのだ。熟語というか句というかそういうものが"meiaqerz"なのだろう。
"Ers kranteerl zu plasi kraxaiun ol meiaqerz ad et."
(それにしても疲れた……。)
やっと色々調べて単語の意味とかを理解したが、やはり初学者だから芋づる式に単語を引くことになる。これを調べたら、また次の分からない単語を調べてとやっていくともともと引いていた単語が何なのか分からなくなってくるし、覚えたまま探すのも疲れてしまう。インド先輩くらいなら何も問題なくささっとやるんだろうか。もしかして、そのやり方が悪いとか……。
言語パズルなどやり始めたらどうということでもないだろうと高をくくっていたら非常に疲れてしまった。だが、ここで終えるわけにはいかない。今日はこの図書館に引きこもって色々やっていこうと決めたのだし、"levip"の語釈の分からないところを理解できるようになるまでは絶対にあきらめたくはない。
長めの単語の意味が分かったところで小さい単語について考えてみるとしよう。未だ予想の域を出ないが、"ol"は接続詞、"et"は名詞で、"ers"は辞書だけに出て来る定型句や省略のようなものだろうと思った。雰囲気だけの予想だが、大体こういうのがあたっている場合が良くある。
(外れている場合も良くあるけどな……。)
そんなこんなでまず最初に出て来る"ers"を引こうと思い、翠はEの文字を辞書の端から探し出し開いた。




