#4 使える言語
シャリヤはその呼び声に気づいたのか翠の居る机から去って、奥の方に行ってしまった。翠も気になって、シャリヤについていって誰なのか確認しようとしていた。
シャリヤが玄関のドアを開けると、そこにはシャリヤと同じくらいの少女が立っていた。しかしながら、髪の色は黒、目の色も黒で日本人のようであった。考えうることは、この異世界の国において、この子が外国人かシャリヤが外国人かということだ。ただし、国が多民族国家である可能性も捨てきれない。
もし、インドのような多民族国家であれば、自ずと地域によって使われる公用語が地域とともに莫大な量となる。
ただでさえ、インドに於ける州公用語と連邦公用語をあわせた数は19言語、そのうちの一つであるタミル・ナードゥ州の公用語のタミル語を取り上げても、その方言の数がインド国内で地域方言が6つから7つほど、社会地位やカーストによって分けられる社会方言はまた別で細分化され、相互通用性は低い。これがインド全体の公用語、また公用語にされていない地域言語や方言を数え上げるとインド全体ではなされる言語数は膨大な数となる。
…………のようなことを、インドから関西に引っ越してきた先輩が言っていた気がする。つまり、重要なことはシャリヤの話す言語がインドで例えるうちのどの言語地位になっているかだ。例えば、英語を脇において後進国の公用語にもなっていないような地域言語を勉強するやつはよっぽどのもの好きであるように、有用な言語を学んでコミュニケーションをできるようにして、多くの人と会って助け合い、生活をできるようにしていくことが大抵まともな人間の語学であると、インド先輩は言っていたのである。
ただ、彼はその「語学」を嫌っていたようだけど。
"Merc, xalijasti. Harmae larta es fal fqa?"
黒髪の少女がシャリヤの後ろに立つ翠を指さして何かを言っている。
どうやら、シャリヤと同じ言葉で話しているように聞こえて、翠は安心した。見ず知らずの自分を指さして、「この人は誰だ?」と訊いているように見える。イントネーションを尻上がりに発音すると質問を表すのは英語もこの言語も同じようだ。
"Ja...... Mi nat skamarle niv na pa mi niexix eso si's waxundeener'c."
"Hnn, waxundeenersti, harmie co nea niexix? "
黒髪の少女は、シャリヤの肩を掴む。その様子はどうやら何かを咎めているようにも見えた。
"Is niv neciluki'ergonj, vajsti. Niexix missen vlasnavol......"
黒髪の少女は瞬間振り返ると自分たちを家に押し込めて、ドアを閉めた。
次の瞬間、聞こえてきたのは度重なる銃声と軍靴の駆ける音であった。