#36 ドゥーシェ!ドゥーシェ!ドゥーシェ!
急に現れたレシェールの目的はよくわからなかったが身なりが以前のそれとは全く別であった。
ビニール製らしきブーツに、茶色のオーバーオールを着ている。ダサいと言ってはあれだが汚れに対しては完全装備であるとは言えよう。手には鋤というか、スコップのようなものを持っているし、完全にアグリカルチャー仕様の格好だ。一体何しに来たのだろうか。
"Carli miss duxien deliu."
シャリヤがレシェールの来訪を確認すると、"salarua"と言ったのちにそう言った。
それはそうと、格語尾が分かったから大体文章の構造が分かってくるようになってきた。「ミス」は一人称"mi"と主格語尾"-'s"がくっ付いたものだ。「サーリ」は名詞語幹の"carl"に"-'i"が付いたものだ。"deliu"はどうやら
詳細な意味が分からなくても文章構造が分かるようになれば更に[お察しください]能力が向上する。
ところで、"carl"ってなんなんだろう。というか「サールをドゥーシェンしなければならない」ってルー語みたいだな……。
"Ja, mi at tydiest. Vaj xalijasti!"
フェリーサが立ち上がり、元気よくそう言い放って部屋から出て行く。シャリヤとレシェールはそれを見て何とも思っていない様子であったが、翠としては文脈が共有できておらず何が何だかよく分からない状況であった。
フェリーサが隣の部屋でまたやらかしているのか、がちゃがちゃと大音量の雑音が鳴っている。レシェールはフェリーサが行ったほうを眺めながら唖然とした様子だったが、特に止めに行く様子もなかった。
(まあ、止められないだろうなあ……。)
フェリーサが走って戻ってくる足音が聞こえる。
よく見ると、レシェールと同じ服装と手にスコップを携えていた。えっへんという感じで胸を張ってレシェールの後ろに立っている。
(無い胸を張るってか……。)
何故これだけのことにあれだけの雑音が鳴るのか、不思議でしょうがない。
あれだけのおてんば娘を一夜にしてお淑やかなシャリヤのような人間にするには一苦労するだろう。身支度をしてきたフェリーサを一瞥したレシェールもため息をついて、お手上げの様子であった。
"Mal, harmie mi duxien?"
シャリヤがレシェールに問いかける。
"duxien"が動詞であることが分かっているから文脈的には「何をドゥーシェンするか?」という問いなのだろう。どうやら「何」という意味の"harmie"が目的語として出て来るときは対格語尾"-'i"が付かなくても文頭に来ることが出来るらしい。ただ、語順が崩れたときには対格語尾も主格語尾も同時に出てきていたはずなのになぜかこの文では"mi"が"mi's"になっていないのは腑に落ちないが。
"Miss duxien snyr."
なるほど、スニューですか……。
スニューってなんだよ!?
レシェールの発言でドゥーシェンする内容が"snyr"であることが分かったが、"snyr"とは何なのか教えてもらいたいものだ。というか、"duxien"の意味も知りたい。
"Ar, xalijasti, <duxien> ad <snyr> es harmie?"
"Mer...... Fqa es <snyr>."
シャリヤは寝床の横にある手帳を取り出してペンで空白のページにササッとギザギザを描く。そこに「人」を意味する"larta"を教えてもらった時の「大」のような文字が書かれる。腕と思われる横線の端にはスコップが描かれる。これはまあ、つまるところ……農業か。
"Mi firlex......"
"duxien"の対象が"snyr"ということは、"duxien"の意味は働くとかだろうか。つまりレシェールは自分たちが働くことを欲していたんだろうか。働かざる者食うべからずルールが自分に向かって急速度で接近しているらしい。ただやり方を知らなくてはどうにもならなさそうではある。
"Selene mi firlex snyr."
"Ja, miss kanti duxienel."
ん?"duxienel"ってなんだろう。
たしか、"kanti"は今まで何回か言われていた。シャリヤにパイグ将棋を教えて欲しいと言った時は"Deliu mi kanti fai hamel"とか言っていた。多分文脈的には"kanti"は「教える」だろう。つまり、「私はドゥーシェネルを教える」と読むことができる。
"duxienel"は「働く」という意味だと予想した"duxien"によく似ている。分離された"-el"は文脈的には「~のやり方、仕方」を表しそうだ。そうすると「私は働き方を教えよう」のような文章であることが分かる。
"Ar...... ja xace xalijasti."
"Mal, deliu co makhxalur snyrlirsyu'c."
そういって、レシェールは彼が来ているのと同じ感じの服を渡してきた。多分着替えてこいということなんだろう。衆人環境で着替える趣味はないので、シャリヤともどもは別の部屋に行ってもらうことにした。
レシェールは早くしろよとばかり小言をぶつぶつと言っていたが分からないことを聞いていてもしょうがないし、結局外に出て行ってもらった。
着替えをしているうちに一つ気になるものが目に入った。
シャリヤの手帳である。いつも翠に何かを筆談で教えるときに役立っているそれであるが、割と古そうな手帳であった。
(少しくらい中身を見てもいいだろうか。)
多分書いてあることは文字も読めないし、分からないだろうが。一番の知り合いの手帳なんて好奇心がわかないわけもない。
翠は閉じているそれを手に取って、開いた。




