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#20 Ego crēdō


 シャリヤは持っている本を翠に渡す。

 中身を見てみると、微妙な長さの文章が適当に並んでいた。外見は重そうなシックな装丁なのに中身は文章の周りが非常に凝った模様が描かれている。世界史などでよく見るクルアーンのような飾りが文字の周りについていた。


"Fqa es skyli'orti'e'd xendusira."


 その本を指してシャリヤは言った。スキュリオーティエのシェンドゥズィーアってなんだ。

 またもや語彙力が少なすぎて、良く分からない。もしかして、スキュリオーティエ教みたいな宗教があってそのクルアーン的立ち位置のことをシェンドゥズィーアというんだろうか。そしたら、"xendusira"の意味は教典だったりして。

 シャリヤはそのスキュリオーティエ教を信仰しているんだろうか。宗教は日本に住んでいるうちは良く分からないが、インド先輩がタミル・ナードゥ州の様子がどうかというのは教えてくれていた。お昼時にアザーンがなりながらも、近くにキリスト教教会があり、多数派はヒンドゥー教徒というカオス状態。本当に多数派がヒンドゥー教徒なのか疑うくらいに街中にブルカを着た女性が居て、ヒンドゥー教とキリスト教を習合している場合だってあるほどに宗教にセンシティブでインセンシティブな社会だったらしい。宗教衝突は現在においてはあまりないらしいが、やはりイスラム教徒は牛を食べるので街中に牛肉屋があって、ヒンドゥー教徒はそれに近づかなかったりすることがあったりする。近年ではタミル・ナードゥ州ではなくて南ベンガル州での話だが、食用牛を運んでいたイスラム教徒が襲撃される事件も多発しているらしいかった。

 シャリヤの宗教が何であれ、強制さえされなければ翠の気持ちは別に変らない。ただ、もしかしたら紛争の原因はスキュリオーティエ教と相対する別宗教の存在である可能性も否めない。


(まあ、どのみちこの紛争は長続きしそうな気がするが。)


 シャリヤはそのスキュリオーティエの教典の一ページ目を捲って、ノートに書きだし始めた。一文字づつ、丁寧に書き出してくれたので文字の形が分かりやすかった。いやはや、女の子が自分のために書いてくれた文字、このフレーズを復唱するだけでも翠の身の上に降りかかった俗にいう「非リアな日常」問題の最終的解決に近づく。リア充は絶滅せよ。極東非リア生存圏の実現はまだか。


"Edixa Mi akranti ja."


 書き終えたところでシャリヤはそれを読み上げていく、ゆっくりと分かりやすく。今までの会話でだって単語の発音は大体わかっていたが、文字との対応はゆっくり読み上げてもらわないと分からないものだ。


---

Ban missen tonir l'es birleen alefis io《


Vyrle es set lolerce ja mile ex nil.

Als sierosta's nea l'amol dzosnir falj,

Xorlnem lespli feg'i caflek si'st cene niv.

---


 なるほど、とりあえず分かったことが幾つかある。

 Dが小さくなったくらいの字/s/は基本ザ行の音を表すらしい。ただし、missenやalefisを見ると分かるように音節の最後に来ると常にスと清音で発音するようだ。˦を反転させたような字/r/は長音を表すらしい。nに似た字/i/はioやsierosta'sから鑑みるに母音の前だとヤ行の子音に変化するらしい。


(それで……)


前回から問題の文字ઞ /y/は、今回は一回だけ出てきているが、これはVyrleで普通にユと読んでいる。前回の状況は/dijyk/, /ydun/, /nyey/と一致しない読み方を見せられた。それに/vyrle/が加えられた状態でわかるのは次のようなことになる。


1. /y/が単独で立つ、或いは後に母音が続かない状態でj以外の子音が前に立つ場合はユで読む。

2. /y/がjの前に立つ場合はユになる。

3. /y/が母音の後に立つ場合は、/i/と同じようにヤ行の子音に変化する。



(う、うーん……。)


 やっぱり癖のある文字の読み方をする言語だ。

 ここでまたぐうとお腹がなった。レトラにつくまでほとんど食べ物や飲み物を口にせず、それでもって部屋での待機をさせられていたのだから当然のことで文字勉強の集中が切れるとともにまた強烈な飢えと渇きが脳を刺激してくる。「お腹と背中がくっつくぞ」という表現を作った人間は多分、表現の天才じゃないかと思うほどに飢えと渇きが強烈に感じる。


"Hmm, lecu tydiest knloano."


 シャリヤはそういって、翠の手を引っ張って、遂に二人は部屋を出ていくことになった。

 そういえば、この街に来る前食事を用意してもらった時に"Edixa mi fenxe knloanerl ja."とか言っていたような気がするが、このknloanoとknloanerlって関係があるんだろうか、もしかして「食事」とかそういう意味かもしれない。

 そんなことを思いながら、翠はシャリヤにまたも手を繋がれていることに気づかずに言語解析に没頭していた。

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