冬の朝の夢
冬の早朝、天井の黒いスピーカーが目覚めた。
冷たく張り詰めた空気が震える。澄み切ったヴァイオリンの高音が灰色の鉄筋コンクリートに囲まれた一人用の居室を満たす。
若い女が小さなベッドを降りてスピーカーの真下に立った。
――音楽が流れるなんて、今までなかった――
彼女はそう思いながら次第に明らかになる主題に耳を澄ませる。ヴィオラが加わり、ヴァイオリンと交互に清らかな祈りの歌を天に捧げている。思い出が胸からあふれるように深く豊かに響く低弦はチェロとコントラバスかもしれない。
――どうか良いことが訪れますように――
彼女は暗い部屋に跪いて両手を組み、天井を仰いであらん限りの思いをこめて祈った。悲しみと苦悩が切ない希望へ変わることを予感させる旋律が徐々に音量を増し、次第に期待が高まっていく。天を覆う黒い雲のような漆黒の天井から天啓のようなメロディーが現れ、煌めきながら彼女に降り注ぐ。
次の瞬間、黒い雲が大きく割れ、光輝く和音が七色の虹のように奏でられた。時を置かずして希望の白い翼が大空へ羽ばたく。予感は確信に変わった。
――もしかすると…… きっとそうだ、自由になれる――
めくるめくときめきが彼女の胸に湧き上がった。
その刹那、
全ての弦が瞬時に断ち切られたかのように一瞬にして沈黙した。光へ向かって羽ばたいたばかりの希望は一気に底知れぬ闇へと落下し、ここには一縷の望みも存在しないことが示された。
その後幾度か主旋律が繰り返されたが、既に鎮魂の意味しか持たなかった。更なる絶望を暗示した曲は最後に深く長い息を吐くと静かに幕を閉じた。放送の理由は明かされぬまま時が過ぎていく。彼女は床から立ち上がり、青いカーテンを開けた。
夜明け前の淡い光が白い寝衣を纏った彼女を包む。鈍く光るアルミニウムの小さな窓枠に嵌められたガラスにそっと手を触れ、結露して曇った表面を指で拭うと、外の景色が分厚い瓶の底から覗くように歪んで彼女の目に映った。
監視塔、監視兵、投光器、鉄条網、処刑台。それらの醜く、おぞましい姿は彼女の、いや、彼女だけではなく、ここに連行された全ての人々の、断ち切られた自由を象徴していた。彼女は警報装置に構うことなく、窓を思い切り開けた。
地平線から顔を出し始めた朝日が眩しく輝く。彼女は冷気に体温を奪われるのも忘れて光に見入った。
――監視兵も、収容所も、戦争も、わたしの自由を奪うことはできても希望は奪えない。わたしの心の中にある希望は誰も奪うことはできないから…… わたしは生きる。何があろうとも生きる――
彼女は心の中で叫び続けた。