異形の森にあるはずのない異形
「え!?緊急事態じゃないですか?今すぐ向かい……え?私たちはウィールロックで待機しろ……。分かった。健闘を。」
私は通信を切った。どうやら世界中心機関がなにものかに襲撃され、たった今交戦中らしい。通信の内容はケイ君とゲインスにも聞こえるようにした為、説明する必要は無かった。恐らく、キネベス家に向かった知夏達にも伝わるだろう。命令を無視して向かわなければいいのだが……。先に帰っていったビンセントも恐らく交戦中だろう。私たちのビークルが壊れ、向かえなかったことが悔やまれる。でも、コイツらがどさくさに紛れて逃げられるのも厄介だからその点では吉と出た。勿論、トロスパートとレイングの事だ。しかしさっきから2人とも落ち着きが無い。何かに怯えているようだった。
「どうしたの、トロスパート、レイング。」
2人はこちらを見た。何か助けを求める様な目だった。
「きっと奴らは俺たちを殺すために世界中心機関を襲撃したんだ。間違いない。」
「……どういう事?」
「俺たちの今回の盗みは頼まれてやったんだ。とっ捕まえられて、脅されて、アレを盗んで来いって。」
ゲインスが割り込んできた。
「その手の依頼は失敗すると殺されるヤツだな。お前さんたちも不幸なもんだ。」
「いいや、幸運だ。私たちが生きたまま牢にいれてやるよ。」
とにかく、コイツらをしっかり輸送して牢にぶち込むまでは気が抜けないという事だ。街を抜け、少し砂漠を挟み、『カイル森林』に入った。通称『異形の森』別に立ち入ったらよく分からない生物に襲われたり植物に喰われたりする訳では無い。その森の植物がまるでどこかの芸術家が造った彫刻のように曲がりくねり、凡人には思いつかない様な形をしているのである。コレもウィール連合国消失事件の影響だと言われている。因みに、ここにある植物は一切形を変えておらず、今の姿に急成長した後にまるで時が止まったかの様にそのままの形を保っている。無論、生物もいない。恐らく、その時森とともに変異した動物達もいるのだろうが、スグに息絶えた、若しくはこの森で39年の月日を経て、土となったのだろう。少なくともあの事件後にまるで生きるのに必要ないモノを身につけた生物が繁殖したなんて話は聞いたことは無い。生物の急激な進化が一部無かったとは言えないが………。
メキッ…………
手錠をかけられている2人がヒッと短い叫び声をあげた。その後発狂気味に叫び始めた。
「ほらっ!やっぱり来やがった!俺らはもう殺されるんだぁ!!!!今からここでぇ!!!!」
「騒ぐな!落ち着け!」
ゲインスがそこに落ちてた書類を丸めて2人の頭をシバいた。それでもワアワアと叫んでいた。
「ケイ、ねい、コイツらにこれ付けるの手伝ってくれ。」
ゲインスが口につける拘束具を2つ持ってきた。それを3人がかりでトロスパートとレイングにつけた。それでもうるさかったが、万が一敵が出てきても音が聞き取れる位には収まった。私は意識を耳に集中させた。猫耳の為、多少は聞きやすくなっている。
ツッツッツッ………
何かが木から木へと乗り移っている音がする。何かいるのは間違いないだろう。
…………。
音が消えた?ビークルには追いつけず諦めたのだろうか。ホッとしたその瞬間、ビークルのフロントガラスに何かがベチャッと音をたてて落ちてきた。奴らは私たちに追いつけなかったから追いかけるのをやめたんじゃない。元から追い越していて、ある程度位置が離れたから進むのをやめたんだ。窓ガラスが黒い血のようなもので被われていて、その上で呻き声を上げながら何かが動こうとしている。黒血者がビークルに向かって飛び降りて来たのか。運転手がワイパーを起動させた。かなり強力なワイパーで血のような粘液と共にそれを吹き飛ばした。何だったのか分からなかったが、追いかけてくるのを心配する必要は無いだろう。その刹那、車の天井にまた何か落ちてきた。ジュワジュワと音がする。天井が溶かされている。酸性の液か、それも相当強力な!そんなものをこんな高速の中持ち運べるわけが無い。ましてや天井に穴を開けるほど多く。まさか、黒血能力……。ケイ君が天井に銃を向けた。私もハンドガンを手に持ち、辺りを注意深く見た。
「運転手さん、そのまま止めずにまっすぐ目的地まで向かって。」
運転手さんは動じず、敬礼をして、アクセルを踏み込んだ。また天井に衝撃。しかし、先程のとは違った。天井に空いた穴を抉り、広げるように鉤爪が突き抜けた。しかも、金属で作った色合いでなく、何処と無く生物味のある。恐らくそういう柄だろう。ケイ君が撃ったが、何かが撃たれたような気配はない。まさか、天井に攻撃したその一瞬後に跳躍したというのか………。おおよそ人間離れしている。獣耳者が覚醒した?いや、ここまで超人的に変異した事例は聞いたことがない。もし敵の黒血能力が『酸』だとするとこの身体能力は何物でもない、本人自身の力ということになる。また一撃。天井が剥がれ、揺れ動く。
「数打ちゃ当たる!くらいやがれ!」
ゲインスがマシンガンを取り出し、撃ちまくった。天井がなくなった分、好き勝手に撃っても問題は無い。それでも天井への攻撃は続く。剥がれかかっていた天井も完全に吹き飛んだ。マシンガン、そしてケイ君の精密射撃を持ってしても間に合わない。
「もっとスピード出ない?」
「すまない、これ以上は出ない。なんとか耐えてください。」
その時何かが正面から飛び出し、ゲインスとケイ君の銃を弾いた。その後、運転手を飛び蹴りし、また飛んでいった。私はスグに電気を流し、ビークルを止めた。ビークルは90度カーブし、木に激突し、止まった。後ろの部分も取れた。もう無茶苦茶だ。目の前の木に何かが乗った。大きな鉤爪が両手両足に付き、その腰は曲がり、脚は太く発達していた。その頭にはネコ科の耳が付いていて、目も猫のように光らせていた。ありえない事に尻尾まであり、口が耳まで裂け、おおよそ人と呼べるものではなかった。
「人、3匹、ネコ、1匹、ゴミは」
ニヤッと笑い、避けた口が広がり、ヨダレが垂れた。
「2匹ぃィイッヒッヒッヒッ」
私はハンドガンを向けた。
「フリーズ!」
ソイツは後ろ足で頭の後ろを描いた。
「無駄、お前如きで私に当たると?やれ。」
私は固まった。確かにあの速さでは当てれるわけが無い。恐らく弾を見たあとに避けている。チート野郎だ。頭は弱そうだが。
「お前らに興味ない。だから、後ろのやつら頂戴。」
「……何が目的なの?」
またニヤッと笑う。
「喰うぅ!」
普通の人が言ったら冗談に聞こえることも奴が言うとホントにやるように見える。
「お前ら、手出さないから、めんどくさいから、ササッとそいつら渡せ。無駄なことすると、色々まずいって、ママもグリードも言ってた。だから、早く。」
「残念ながら、それは出来ないわ。」
「へえ、」
ソイツはサッと消えた。今だ!私はビークルに電気を流し、動かした。ソイツは地面に鉤爪が刺さっている状態でもがいていた。
「おのれ、ネコ、黒い血!喰わない!持って帰る!」
私は道に戻り、走らせた。木と木の間は、逆に私たちが不利になる。私は四角い金属を投げあげた。私の特性ドローン、射撃、運搬、監視、潜入を充電が切れるまで行ってくれるスグレモノ。流石私!とかやってる暇じゃない。これでまた逃げ道はなくなった。2人はで後ろと横をを警戒する。私は車の前を見て、車の操作を誤るなんてヘマをしない様にした。
「はい、ドウモー」
そう聞こえた瞬間。トロスパートとレイングの体を鉤爪が貫いた。車の下からソイツはヌルッと出てきて2人の頭に溶解液を吐きかけた。その後車から飛び降りた。ゲインスとケイ君、トロスパートが銃を撃ったが2人を手に刺したまま森の中に消えていった。彼女の言葉通り、私たちには一切怪我をさせず出ていった。運転手は腹部に鉤爪の攻撃を受けていた。
「アレを追いかけれるか、ねい。」
「悔しいけど、無理ね。」
「チーターだ。アレは。」
ゲインスが力のない笑顔を作った。ケイ君は落ち込んだような表情をしていた。まさにここまで来て、結果は最悪のものだった。それにしてもヤツは何者だったのか。世界中心機関を襲撃したものの仲間なのか。何かが世界の裏で暗躍している。しかもそれはとてつもなく強大な力を持っている。私は考え込んだ。今までついでに、なんて思っていたけど、本気で私の妹たちを探さなければならない。そう感じた。




