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プロローグ(前)

『虎斑の名前は虎斑 凛。

 OK。自分の名前はわかる。大変いい傾向だ、グッド。

 まず結論から書こう。非常事態だ。なんでこんなことになったのかさっぱりわからない。正確に言えばここに至る経緯はわかるが因果と解決法がまるで見えない。

 なので未来の虎斑もしくは見知らぬ誰か。

 いざという時のためにここまでに至る経緯をメモ帳に書き残しておこうと思う。

 ホラーゲームとかCoCによくあるだろう、あれだよ。知らなかったらごめん』


 時折ペンをくるくると回しながらメモに綴る。

 半ば遊び、半ば息抜き、目的は真面目に、無愛想な紙面とのにらめっこに集中していた。

 その無防備な背中を無骨な手のひらが軽く叩く。


「あちゃー。すっかり気が抜けて、疲れに時間泥棒されてたよ。もうこんな時間? あれがいなくなってから、もう二時間も経っているのかい」


 黄金色の髪が眩しい彼は、額に手をあてて嘆く彼女の相手をしない。

 代わりに嘘らしいほどはしゃいだメモを見咎める。


「何やってるんですか先輩。メモ?」

「今までの経緯を記したメモを書いているんだ。さっき襲われた時に必要かもしれないと思ったんだ」

「はあ。なんか、ホラゲみたいっすね。あんなことがあったばかりでよく書く気になりますね。感性鈍ってるんすか」

「ホラーというより君の好きなB級映画のノリな気もする。虎斑も休みたくはあるんだけれど、やることはやらないと。多分、これはこれで必要なことだよ、尋也くん」


 凄まじいスピードで内容を書き込む。なにせ書く内容には困らない。

 尋也は「はあ、よくやることで」と彼なりに感心し、ベランダに寄った。


「そういう君は何してきたんだ」

「買い物です。いつ発作(・・)が起きるかわかりませんから、携帯できる食料を買ってきました。さっきレシートの写真を撮って青田さんに送ったんですけれど返事がありません」

「あとで来月の虎斑のお小遣いから引いて出してくれるよう頼んでおく。グッショブ」


 尋也はビニール袋を手に提げたまま窓を開け放つ。

 開放的になったそこからは風が吹き込み、はしゃぐ子どもたちの声がクリアに響く。

 昼食を食べ終わったばかりなのだろう。実に元気がいい。

 ついでに改めて尋也を見やれば、異国人特有の白い肌を赤くしていた。


「お褒めに預かり光栄ですよ。しかし先輩、今からもしも準備なんて、ビビったんですか」

「三下みたいなことをいうのはやめたまえ。まあ、実際その通りだけれど。優唯くんは?」

「家主さんなら部屋で寝てます。あんなことがあったばかりで、相当疲れたみたいで」

「そうか。無理もない、ゆっくり眠ってもらおう。寝ている間はあれもでてこないはずだ」


 矢津 優唯。彼女をたずねて来てから三日。

 それほど短い期間で、ここまで気を許す――許さねばならないほど衝撃的なことが起きた。

 平凡な会話は、突如襲い来る非日常とバランスを取ろうとしているに過ぎない。

 内心、虎斑も尋也も疲れ切っている。

 現代日本で命を落とした時の準備をする。心身が限界に来たせいでもなければお笑いだ。

 だが虎斑は、可能性が少しでもある以上これが必要だと確信していた。

 虎斑はどんなに困難であってもこの目的を達成しなければならない。父が死の直前に調べていた事件を調べ、その真相を突き止めるという無謀を。

 気を滅入らせて筆が鈍らないように、少しふざけながら、自分たちを脅かすすべてを記す。

 ただ、どんなに事実を書いても、虎斑の現実はできの悪い夢のようだった。



 ことは二週間前。



 クーラーをつけなければすぐに汗がふきだす。

 柔軟剤をいれて朝の八時に干した洗濯物は、二時にはすっかり乾く。

 虎斑が尋也を自宅に呼び出したのは、そんな高校三年目の夏休みだ。


「ホント、こんなクソ熱いなか自転車こがせて……アイス驕ってくれなかったら怒りますからね」

「まあまあ。勉強も見てあげるからさ、古文だろ?」

「それいわれたら弱いんスけど……んじゃ日が暮れる前にさっさと終わらせましょ」


 口数は多いが手数も多い。尋也はさっさと気分を切り替え、ずかずか玄関で靴をぬぐ。

 反応する家人は虎斑以外いない。


「青田さんは?」

「仕事ー」

「了解っス。いくら年頃の娘の保護者だからって、あの人うるさいからなー」


 うるさいといいながら響きに青田を厭う気配はない。

 おしゃべりな虎斑を上回ってよく口が回るのも事実だ。尋也の悪口もいつも通りの軽口を受け取って、からからと笑い飛ばす。

 お互い、わけあって友人の少ない身だ。これぐらいは心地よいぐらいである。

 家も何度か行き来しており、尋也が虎斑の家の事を手伝いにくるのも初めてではない。

 彼は慣れた様子で掃除道具を運び、支持をあおぐ。


「どこからいきます? リビング、水回り?」

「今日は二階から行くよー」

「二階? 使わない部屋がほとんどじゃあなかったでしたっけ」

「いやあ、虎斑も来年で大学生だからね。ちょっと思い切って、ね」


 住んでいる人間こそ虎斑と青田の二人だが、家は元々虎斑の両親のものだ。

 二階には彼らの部屋がそのまま残っている。両親が亡くなって以来、気まずくて十年近く手をつけていなかった年代物の汚部屋(おへや)である。


「え、マジでいいんすか」

「さぞ埃もたまっているだろうと、一念発起して清掃に着手というわけさ。虎斑と一緒にがんがん灰色になってくれ」

「はあ……いやアンタがいいなら構いませんよ」


 とんとんと小気味よいリズムで階段をのぼっていく虎斑のあとを追う。

 長い間放置されたドアノブに触れ、扉を開くとぶわりと喉が痛むほど古い空気が襲いかかった。


「うわ、マジで埃ひっど……器官が死にますわ」

「力仕事は頼むぞー。虎斑は電球を交換するから、君はタンスとか動かして埃とってよ」


 尋也は一見面倒そうに眉間にしわを寄せた。それでも軽く首を回した後に、ぞうきん片手に大きなものを動かす。

 虎斑も自分の仕事をしようと、足が長い椅子をひきずって運ぶ。

 ばちばちと嫌な音を立てて明滅する電気を消してから、ライトの下に置く。

 えっちらおっちら椅子のうえにたち、天井の電燈を外したときだ。


「なんだこれは。随分汚れた封筒だな。なんでこんなところに」


 カバーを手に持った途端、かたい角が虎斑の額をうつ。

 軽くさすりながら手に持って確かめれば、古びた封筒だった。A4サイズの大きな茶封筒だ。

 こんなところにおかれているとはなんとも奇異なことである。たまたまおきわすれてしまったとは思えない。

 しげしげと色んな角度から目を皿にしてみてみたが、名前のひとつも書かれていなかった。


「なるほど。ならば中身を見なければならないな」 


 自分に言い聞かせて封を切る。

 手を突っ込めば、入っていたのは紙束だった。

 封筒よりは綺麗だがやはり汚れている。あちこち読めなくなっている場所もあった。

 ワープロで印刷された綺麗な文字が10.5ポイントで綴られている。


「おおう? エンジョイ精神を尊ぶ虎斑としたらワクワクドキドキ。胸が弾んで心臓発作起こすレベルだぞ」

「あのー、さっきから一人でしゃべってますが、埃が脳みそに入りでもしておかしくなりましたか?」

「気づいてたならどうして声をかけてくれないんだ。別に虎斑がおかしいわけじゃないぞ、おかしいのは状況だ。中二病暗黒ノートなら恥ずかしがって笑うだけで済むが、これはガチだ。割とやばい」

「ノート?……お父さんの仕事に関係することです? つまり、警察の情報だったりして?」

「その顔傑作だな!」

「うるさい!」


 事情を知っている尋也の顔が盛大にひきつる。笑い飛ばす虎斑の額を尋也は軽く小突く。

 警察によって厳重に管理されるべきなのかもしれない、というぐらい無学な二人でも予想がつく。

 だがそれでも虎斑の父は個人的に情報をまとめ、自宅に保管していたらしい。


「なんというか、さすが虎斑の親!」


 発見し次第、無料通信アプリ:LAINで同じく警官である青田に連絡した。

 幸運にも数分後に帰ってきた返事は、こう。


『バレたら怒られる、隠さなきゃ……永遠に……!』


「この文面だけ見たら最低っすね、あのおっさん」

「大丈夫、青田さんは善良な小物だよ」

「えー、で、これ、なかみていいんすかね。青田さんが帰ってくるの待つ?」

「事件の内容? 気になるか? 気になるね、よし、気にならなくても今から読むから是非気にしたまえ。なんなら要約もしようじゃないか」

「掃除は?」

「あと、あと」


 わざとらしく声音を明るく保つ。指はわずかに震え、取り出した資料の文を理解するのに随分時間を要した。

 電気がつかない両親の部屋から移動し、日頃は食事を楽しむのに使うリビングのテーブルに無造作に紙を広げる。


「……なんつうか、まあ、警察も大変なことで」


 資料にざっと目を通した尋也がこぼす。

 あくまで現実の仕事をしているはずなのに、超常の相手をしなければならないとはままならない、と。

 それは《天使》に関係する事件だった。


 《天使》。人間を模倣して人格をつくりあげ、人格に応じた異能をもつ変わった種族。

 2万人に1人の割合で人類に混じっている、一見人間そっくりの生き物だ。


 作成日は両親が死亡する数週間前。事件はそれから更に二年前に起きていた。 

 《天使》の《親》に選ばれた父母二組、母子家庭一組、大学生一組がネット上で知り合い、協力を目的に、オフライン会合を開催。

 突然ふってわいたように現れる彼らの育て方に、当然ながらセオリーはない。

 少しでも境遇が近い者同士で助け合いたいと思うところまでは、賢い選択だったのかもしれない。


「カラオケの奥の個室にて集合していたところ、店への放火、ひいては家事に巻き込まれ死亡。《天使》たちはいずれも幼く、当日は《親》と行動を別にしていたために被害を免れた……か。不幸中の幸いともいえない」


 遺された子どもたちは五人。

 鴨居(かもい) 優唯(ゆい)

 鴨居(かもい) 愛唯(あい)

 北山(きたやま) 春信(はるのぶ)

 菅原(すがわら) 登喜子(ときこ)

 残りの一人は資料に欠損があり、名前を読み取れない。


「日付をみるに、今頃先輩とそこまで変わらない年ですかね」

「そう、だね。もっとも《天使》の成長速度は精神の影響が強くて不安定だから、もっと幼いか、とっくに大人になっているかも」

「ですねえ。本来ならここらへんで痛ましい事件で終わりー、ってぐらいにしておくべきなんでしょうね。《天使》はいるのに神様ってやつはいないのかな」


 妙に怒った調子で資料の一枚を投げ捨てる。

 ただでさえ大きすぎる不幸は、彼の言うとおりそこで終わってはくれなかった。


 最初の一年は、悲しみに暮れていた子ども達。二年目から更に、というよりも、急激に酷くなった。

 一人が自殺未遂を図ったところで、父はただ彼らを案じ、手助けを望むことに留まらなくなってきていた。

 残された子どもが精神に過負荷をかける。残念ながら自然ではある。


 ではここで引き取られた子どもたちの一人をあげてみよう。

 自殺をはかった少年は名前のわからない子どもだ。仮にAくんとする。

 近所の子どもと遊んでいたところ、大学生の一家の姉がいつのまにか腕に赤子を抱いていたという。

 赤子=Aくんである。この突然の出現、まぎれもなく《天使》。

 姉が《親》となって大層可愛がっていたそうだ。

 Aくんは一家の遺された家族の元にいた。二年後に交通事故で両親が死亡。一か月後、室内の事故で当時6歳の実子が死亡。

 現在(あくまで当時の「現在」だから今は違うかも)は親戚内をたらい回し。

 精神状態は明らかに疲弊。あらゆる対人を拒否、カウンセリングを検討、と記録されている。

 他の子どもも大なり小なり家庭環境に問題が生じた。


(もしかしたら、ここまでくるとひくにひけなくなったのかもしれない)


 でなければ、ここまで干渉する理由が思いつかなかった。

 日はまだ高く、太陽ももっとも高い所をこえてますます暑いというのに、冷たい汗が背を伝った。

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