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せつなさは夜食とともに

 翌日、昼食後に部屋で待機していると、やってきたのは神官長様だった。


「レイラディーナ殿には申し訳ないことをいたしました。他の聖女候補達への影響のことを考慮しまして、選定までの残りの一週間は大神官様ではなく、申し訳ないながら私が導きを行わせていただきますので、ご了承いただきたいと思います」


 神官長様の言葉に、やはりそうなったのかと息をついた。多少なりと諦めてはいたのだけど、やはり落ち込む。


「いえ、今までがあまりに恵まれすぎていたことは、私にもわかっております。大神官様直々に教えていただける機会を、完全に失わずに済んだことだけでも、十分に感謝しております。神官長様にもお手数をおかけしますが、宜しくお願いいたします」


 これから神官長様についても学ばなければならない、一礼して挨拶すると、なぜか神官長様が慌てた。


「いえいえ、大神官様がレイラディーナ殿を診るのは当然のことです。えーあまり滅多にない症例ですからして。私どもだけでは様子を確認するのが難しくてですね。今のところ安定はしていらっしゃるようですが、何かあればすぐに大神官様をお呼びすることにはなっておりますので……」

「はい、ありがとうございます」

「ま、とにかく食事をお持ちしましたので、まずは召し上がってください」


 そう言うと、神官長様が次々に食事を運ばせた。

 食用花を使ったかわいらしい料理を見ても、切なくなる。大神官様が『華やかで食べていても楽しいでしょう?』と言って、これだけは一緒に食べてくれたからだ。


 それを思い出しながら口にしたけれど、大神官様のいない食事は味気ない……。

 そして、一緒に食卓を囲まなくても、大神官様がどれだけ私に気を遣って下さったのかを思い知った。

 気兼ねがないように、食事を口に運ぶことすらしてくださったのだ。恥ずかしかったけれど嬉しくて、つい応じてしまった。

 まるで恋人同士みたいだと幸せな気持ちになったことを思い返し、せつなくなったせいか食が進まず、少し残してしまった。


 その後は、神官長様について神殿の中の仕事を見て回る。

 いつもは神官長様も大神官様の側にいたのだけど、今回は別行動をしていた。どうも大神官様の仕事を見学しているのは、シンシア嬢らしい。

 大神官様達は彼女と因縁があると知っているのだろう、会わせないようにしているに違いない。

 優しさに感謝しながらも、その分だけ大神官様に会えないことが寂しい。


 シンシア嬢のことは気になる。

 けど、彼女との婚約のために内定の話を吹聴しておきながら王家が私のことを断ち切ったことには、もやもやした気持ちが残っている。だから近づきたくはない。

 手ひどいことをした王子に憧れて、好きだと思ってしまった自分が恥ずかしくて。シンシア嬢と接したらそれを思い出してしまう。

 私は今、心の中を大神官様のことで一杯にしたいのだ。その時が一番幸せだから。

 何より王子と会うのはまだ怖い。シンシア嬢に関われば、先日大神官様に抗議をしに来た時のように、王子と会うことになってしまいかねない。


「あと一週間だから……」


 大神官様に会えるまで、我慢する。

 そう思って一日を過ごしたけれど、いつもよりやけに疲れてしまった。

 こっそり夜食を運んでいてくれたらしく、部屋の中には果物が盛られた籠がある。全て皮をナイフで剥かなくてもいいものばかりで、つまめばいいのだとわかっているのだけど、手を伸ばす気持ちになれない。


「婚約がだめになった時でさえ、夕食はしっかり食べたのに……」


 どうして、今回はだめなのだろう。

 頭が真っ白になったら、本能的にご飯を求めるようになるだろうか。このままじゃ食べる量が少なすぎて、聖霊術も発揮できなくなるんじゃないかしら?


 不安になって葡萄を少し口に入れてみた。三つほど食べたところでため息が出たけど、もう少しと口に運ぶ。

 お腹が苦しくはならないけれど、なんだか泣きたくなって手を止め、もう一度息を吐いた時だった。

 コンコンと叩くような音がする。ベランダに面した大きな掃き出し窓だ。

 何だろうと近寄ってカーテンからそっと覗くと、


「……っ、大神官様!」


 微笑んで立っている、大神官様がいた。

 何これ、私の夢!? と頬をつねったが痛い。現実だ!

 驚きのあまり一度窓から離れて、ああ大神官様を窓の外に立たせておいてはいけないと思ってカーテンをざっと引いて、急いで窓を開けた。


「夜分に申し訳ありません。様子を見たかったのですが、正面から出は人目について、貴方に王子が抗議しに行くようなことがあるかもしれなかったので。驚かせてしまうかもしれませんが、ベランダから失礼しました」

「いえいえ! こんな事までしていただいて、こちらこそ申し訳ございません! あの、宜しければ中に入って下さいませ!」


 けれど大神官様は動かない。


「女性の部屋ですからね。ベランダも褒められたものではありませんが、一応外ということで、お目こぼし下さいレイラディーナ殿。それより、あまり食が進まないと聞きましたが……」


 なんと、大神官様に私の食の細さが報告されてしまったらしい。心配をかけてしまっただなんてどうしよう!


「あの、ちょっと胃の調子が良くなかったみたいなのです。今夜食を頂いていたところです!」

「そうなのですか? 良かった。ではこれも夜食にどうぞ」


 大神官様が後ろ手に持っていた物を、私に差し出して下さる。蓋を片手で開けて見せて下さったが、中身は籐編みのバスケットに入ったパンとハムやチーズだった。

 大神官様が、私のために夜食を用意して運んでくださっただなんて。優しい心遣いにますます胸がきゅんとする。同時に、お腹もすいてきた。


「ありがとうございます! ぜひいただきますわ」


 御礼を言って私は手を伸ばした。

 けれどバスケットの受け渡しの際に指先が触れて、驚いた拍子に、バスケットを落としかけた。


「危ない!」


 食べ物が落ちてしまうと焦ったのだろう、大神官様がとっさに私の手ごとバスケットの持ち手を掴み直したのだけど。


「……!?」

「しまった!」


 大神官様の焦った声が響く中、私は浮遊感と周囲の景色が歪む光景に悲鳴を上げそうになる。

 けれど一瞬後には、足は床を踏みしめ……全く違う、見慣れた部屋の中に移動していた。


「え……」


 これはどういうことだろう。

 そこは、大神官様のお部屋だった。

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