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夢から覚めるのはいつも

 二週間ほどは、幸せな時間を過ごしていた。


 その中でも懸念があることはあった。

 実は、力の使い方を教えてもらったおかげで倒れなくなったのだけど、加減すると術の力が弱まってしまうのだ。

 具体的に言うと、見える聖霊はひよこ姿だけど半透明で、二匹ほど鉢をつつくとにょろにょろと芽を出し、花はつぼみ一歩手前までで成長が止まる。

 それでは、つぼみまで軽々とつけさせられるシンシアに負けそうだ。


 焦ったものの、シンシアの方も不調が続いているようだ。

 難しい顔をして、聖女候補が集められた花壇の前で花を育てるけれど、つぼみをつくる前に成長が止まってしまう。


「大丈夫、きっと大丈夫……」


 シンシアが成長した花を見ながら暗い顔をして言うので、周囲の様子に合わせて止めたわけではないようだ。

 私としては嬉しいけれど……。どうしたんだろう。


 その日も、シンシアの不思議な言葉を聞いて首をかしげた後は、聖女候補全員で食堂で食事を摂り、大神官様の部屋を訪問する。

 そこでものたりなかった分を食べ、大神官様の仕事に付き添うのだけど。

 最後に行った大聖堂での祈りの時間の時に、ある人の姿を見つけた。


 最前列は、貴族達が座る席になっている。毎日の祈りの時間にやってくることは少ないけれど、週に一度同じ第二曜日や第三曜日に、と決めて通う貴族はいる。そんな中に、いつもはいない王族の姿があった。

 ――ルウェイン殿下だ。


 やや陰のある表情に見とれたのか、離れた場所に座っている商家の娘達が頬を染めながら王子を見ている。

 大神官様に出会わなかったら、私はまたその顔に引きつけられたかもしれない。婚約を取り消されても、まだその姿を未練がましく追って……。

 しみじみと、あの時大神官様に出会えて良かったと思う。


 一方で、今まで顔を出さなかったルウェイン殿下が、どうして今になって現れたんだろう。何か神殿に用があった? だとしたらこの後大神官様と会うのかしら。

 私には、まだ間近で接するだけの勇気がない。

 会わないようにしたいけれど…と思ったが、ルウェイン殿下は予め接見の予定を入れていたわけですらなかった。


 祈りの時間が終わった後、ここ数日は大聖堂の近くの控えの間で大神官様は休んで行かれるようになっていた。その間は私とお菓子とお茶をご一緒してくれていたのだけど。

 そこにルウェイン殿下がやってきた。


「邪魔をする。大神官殿にお目通り願いたい」


 ノックもそこそこに入室したルウェイン殿下に、最初に非難の声を上げたのは、一緒にいた老齢の神官長様だった。


「失礼ですぞ! 王族の方と言えど、神殿内はこちらの指示に従っていただきたい」


 この方もお仕事中でも好々爺の笑みを浮かべている穏やかな方で、夕食後には果物などを私に届ける手配をしてくださっている、有り難い方だ。

 なのに今日ばかりは声を荒げていた。


 私はルウェイン殿下のやや睨むような視線も、荒げた声も怖くて、思わず身をすくめてしまう。

 そんな私を隠すかのように、大神官様は立ち上がって前に進み出た。


「私に、どういった用があっていらしたのですか?」


 自らそう申し出られた大神官様に、けれどルウェイン王子はややぽかんとした表情になる。


「あなたが……大神官殿、ですか?」


 一瞬、どうして疑うようなことを言うのかと思ったが、そういえばいつも大神官様は紗の布を被っていらした、と思い出す。

 顔を隠すのは、あまりに若すぎることを気にしてのことだと聞いている。

 貴族達などは、能力ではなく身分と年齢の上下だけで相手を見下すことも多い。貴族社会がそういうものだからだ。けれど神殿は違う。能力が無ければ、大神官などにはなれないから。

 貴族の中には、そういう神殿のあり方を頭を切り替えて受け入れられる人は少ないようだ。


 そして王族はある意味質が悪い。

 王族が神殿を庇護し、神殿が聖霊術で王国の安寧を助けるという相互関係という表向きが、庇護する王族側が上だという意識を作りやすいらしい。

 神殿としても、目に余れば王国への協力を止めてしまいたいが、信者達の生活を守るためとなれば、完全に停止することもできない。

 だからこそ大神官様は侮られにくいよう顔を隠していたようだ。


 大神官様は、とりあえず殿下を部屋の外へ追い出そうとした。


「なんにせよ、手順は踏んでいただきたいですね。別室を用意させますから、そちらでお待ち下さい」


 そう言って大神官様は神官長様に目配せしたが、


「すぐ終わります。一言抗議させていただきたいだけですので」

「抗議?」


 問い返す声に答えることなく、ルウェイン殿下は一息に言った。


「大神官殿が、一人の聖女候補だけをひいきされておられると聞きましてたので、改善をお願いしたい」


 ひいき、と聞いて私はうつむく。

 私のことだ……とわかってしまった。なにせ普通に仕事の見学について歩くだけではない。大神官様は食事にお茶の時間にと、私にかなりの時間を割いて下さっている。

 今までになく大神官様の部屋にお茶やお菓子などを運んでいれば、周囲にもわかってしまうだろう。それが聖女候補に伝わって……王族にまで話が伝播したのかも。


「預かった聖女候補に、必要な措置をとっているだけですよ」


 大神官様はそれでもかばおうとしてくださったけれど、ルウェイン殿下は引かなかった。


「でも、あなたも人間だ。特定の若い女性一人だけを側に置き、歓談の時間まで設けているとなれば、その令嬢に対して良くない噂が立つ可能性も考えなかったのですか?」


 大神官様が、その言葉に黙ってしまう。

 気の毒そうな視線一つ私に向けない殿下が、心配して言ったわけじゃないだろう。状況的には、シンシア嬢が大神官様付にならないことで、不満があったのだろう。

 普通なら、より高位の神官付になれた方が、選考で優位になれると考えてしまうから。

 貴族社会ならば、だけど。


「大神官様……」


 言いかけたが、大神官様は後ろ手に手を振ることで、黙るように私に指し示した。目立てば、私に殿下の矛先が向くと心配してくださったのだろう。

 そしていくじなしの私は、睨まれるのが怖くて押し黙ってしまう。

 そうして唇を噛みながら後悔した。


 もっと前に言っておけば良かったのだ。

 私の名誉なんてどうでもいいのだと。どうせ結婚などできない身なのだし、貴族社会で悪評が立ったところで痛くもかゆくもない。

 悪魔の力があれば、当日に倒れてでも有無を言わせぬほどの聖霊術を発揮して、聖女に選んでもらえるはず。そうなれば、本当に貴族社会から私は外れてしまうのだから。

 ……お父様とお兄様には、迷惑をかけるかもしれないけど。


 数秒黙った大神官様は、小さく息をついて言った。


「そういうことならば考慮はいたしましょう。ただ、私の側に置いたからといって、他の神官につくのと判定においては何ら加味されるわけではないのですよ。彼女がそれに足る者ならば、本人が力を証明することでしょう」


 ある意味、ルウェイン殿下の意見を受け入れつつ、けれど神殿が決定することだから王族の意見で状況を変えたわけではない、という言葉だった。


 それを聞き、私は察した。

 大神官様と、こんな風に一緒にいられる時間が……少なくなる、もしくはなくなってしまうかもしれないことを。

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